第2章《蹂躙遊戯》七話 激闘《後編》
蹂躙遊戯編、完結!期間開けてしまってごめんなさい!
「一体、何がどうなってるんだ。」
激戦化した紛争地のように惨憺たる光景に、逃げ遅れて余波を喰らい、気絶していた野次馬はそう呟いた。
止まぬ衝撃波、遅れて鳴り響く鈍い打撃音。
もはやそれは肉眼では追いきれぬ、人知を超えたバケモノの狂乱。
金色の獅子と白亜の星柱は、限界という足枷を破り、己が全力を以って殺し合っていた。
ヴェルモンテは空間ごと拳を握りつぶし、超加速でスターマンの鳩尾を狙い定める。
「キィィイイイイイッッ!!!」
歯軋りなのか、はたまた歯が割れかかっているのか。かつて有り余っていた力をこの一撃に込めるかのように全てを込める。
「オオオオオオオァアアアア!!!!」
咆えたのはヴェルモンテではなくスターマンの方だった。
闘気を爆炎の如く揺らめかし、右腕と左腕に集中させる。
剛健な筋肉からはち切れんばかりの血管が浮かび上がっていく。闘気の色も相まって、まるで巨大な金剛石を彷彿とさせた。
否、断じて金剛石のような柔さはない。スターマンの筋肉は現在、この世の何よりも硬い物体と化している。
「来いッ!ヴェルモンテェエエエエエ!!!」
「オオオオオオオオオオオォォォォォッッッ!!!」
ヴェルモンテが振りかざすのは、まさしく牙というにふさわしい、鋭い殴打だった。
迸る稲妻、亜光速で放たれる殺意の刃。もはや人から出るそれでは無く、魔人の域に達した絶技。
究極の矛と、究極の矛。それらが衝突するとなれば、推測される結論はただ二つ。
どちらかが崩壊するか、どちらとも崩壊するか。
その答えはーーーー
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ギォオオオオオオッ!という金切り音が広範囲に響き渡った。
鼓膜を破るほどの轟音、衝撃によって皮が剥がれ、肉が捲れ骨が崩れるーーーー程の風圧。
それを浴びたものは、まず心臓が停止する。
圧力、恐怖心、真空状態。数多の条件が挙げられるが、辿る思考はただ一つ。
【死ぬかもしれない。】
何もしていない、ただそこにいるだけで感じる死への予感。
唐突にきたそれを受け入れることができる間もなく、生命活動の核部は動きを止める。
程なくして、心臓は役目を再開するが、それを受けてしまったものは漏れなく気絶していたという。
ただ一人を除いてはーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
無音の街。
パリニヴァナはもはや見る影もなく崩壊し、死屍累々という言葉が似合う廃墟と化していた。
「…ありえない。」
小ぶりな少女はこの光景を見てなおそれが現実であるとは受け止めきれていなかった。
もちろん、何があったかは薄々理解できる。
これらは闘気家が引き起こした聖戦の亡骸、本来制御されていなければならない力が解放されてしまったが故の悲劇。
「ーーーーーー 。」
少女は唖然としたまま、その場を動くことができなかった。
なにせ、自分がかつて見た最強の男たちの激闘は、事実本気ではなかったと知ったから。
加減をした上で殺し合っていたという、なんとも気味の悪い状況が生まれていたから。
自分の視野の狭さに、酷く落胆したから。
「鉄野さん、私は貴方達がわかりません。」
少女は憧れの男の名を呼んだ。
見ていた世界が違うと知ってしまった、敬愛なる最強の名を。
「私は、覡はどうすれば…」
震える手を抑え、小さくうずくまる。
何故彼らはこんなにも残虐なのだろう。
弱き者は視野に入れない、故にどんな被害を受けようと何の感傷に浸ることはない。
例えば、弱気を護り、悪を挫く闘気家がいたとしても、闘気家である時点で蹂躙者に成り得る。
故に少女は闘気を纏えても、闘気家ではない。
彼女は弱い。どの闘気家よりもーーーーー圧倒的に弱い。
金色の獅子に貪られる縞馬のように。
塩の柱に溶かされる蛞蝓のように。
ギャングの抗争に巻き込まれれば重傷を負い、殴られれば痛い、刺されれば出血もする。
なら、少女は何故闘気を持っているのかーーーーーーー
「ーーー私が止めるほか、無いのですね。」
覚悟。
魔人の殺し合いを止めるという強靭な意志。
少女は弱い、確かに弱い。
でもそれは、迷いが生じていたらの話だ。
彼女が発現させた闘気、それは身体に影響を及ぼすものではなく、精神を絶大に強化する闘気である。
疼くめた身体を直立させ、黒い長髪をなびかせ前へ進む。
もはや先程の風貌はどこにも見られない。震える手はビシッと止まっている。
憧れに届く為、最強を理解するために。
覡は歩みを進めた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ぁはァ…はぁァ…ハァアアァ」
「…ふふっ…」
魔人の狂乱の一幕は、双方軽症で決着がついた。
「闘気ってのはァ、不思議だよなァ。何で俺の本気でこんな傷しか食らってねえんだよォ。」
擦りむいた指の皮はすでに治癒しており、しかし僅かに残る痛みにヴェルモンテは少なからず興奮していた。
「相殺…闘気を使用した戦闘での絶対法則の一つだ。闘気同士の衝突は互いのエネルギーのぶつけ合いだ。それらが衝突し合うことによりエネルギーが分散され消失する。そして最後はエネルギー量が多い方が闘気をまとった攻撃を打つことができる。」
淡々と解説するスターマン。彼の傷も修復されており、被害の規模に反し彼ら自体は何ともなくだった。
「必中の法則、分散の法則、階層の法則。闘気を扱う上で欠かせぬ知識だぞ。どこまで強さにしか興味がないのだ。」
呆れた表情で叱咤するスターマン。
「お前はよォ…闘気家嫌いなくせにィ…何で俺よりも詳しいんだよォ…。」
苦笑いで応じるヴェルモンテ、彼は自分より強い人間と戦うことを是とするが為、自分の持つ闘気という素質に興味を持っていなかった。
「嫌いなものを嫌いであるために、俺は自分の意思を強く保つためどんなものであろうと仮説のみで行動しない。事実関係を調べ尽くし、それにより判断する。…だがまあ、直感的に嫌悪したものは大抵知った後も同様の感情を抱いているがな。」
眈々と語るスターマン。続けて彼は口を紡ぐ。
「見た感じ階層は同じか。これは長丁場になるな。」
「元よりそのつもりだろうがァ…。殺し合おうぜェ…?パリニヴァナなんてぶっ飛ばしてェ…俺たちだけでェ…この地球に荒野を残してやろうやァ…!!」
昂るヴェルモンテは今にも喰って掛かろうという眼でスターマンを凝視する。
それに賛同するように、スターマンは構えた。
「上等だ。まずは一人目。貴様を葬り去りこの地に我がUSAこそが最強を刻もう。」
刹那、迅雷が迸る。
「ッ!」
スターマンは腕をクロスさせ真っ向から受けてたつも、超加速で繰り出されヴェルモンテの拳は減速を知らず、腕を貫く勢いで抉っていく。
空気圧とヴェルモンテに挟まれ、巨大な壁に挟まれるかのような窮屈感。歯を砕く程に踏ん張り、スターマンは雄叫びを上げた。
「オオオオオォォォォォォオオオオオオオオオ!!!!!」
腕を振り切ると同時に闘気を解放する。白き衝撃波は極大な風圧を乗せヴェルモンテを振り払った。
是を好機と捉え、ヴェルモンテに向かい空振りで数発の拳を放つ。
「グォ…ボァ!!」
質量を持った拳は追尾弾の様にヴェルモンテに命中する。
「これが定石。使える手段は全て使い、そして勝つ!それこそが敬意であり、最強を示す証明となる!」
音撃波を放ちながらヴェルモンテに距離を詰め、胸倉を掴み地面へと放り投げる。
「グォッッッッ!!」
ドゴォォ。と砂煙をあげながら底へ落ちていく獅子を見下げ、スターマンは足を振りかざし叩き落す。
刃の如し鋭利さを持った闘気は、まるでギロチンの様にヴェルモンテに向かって落ちていく。
ーーーーが。
「舐めん…なァアア!!!」
折れたーーーー。断罪の刃は、彼の獣爪に似た闘気によって相殺された。
「ーーー本気だからこそ。俺はお前を殺しにかかっている。」
「…こんなのでェ…、殺されるほどォ…俺は柔じゃねェ…。」
口元では笑みを浮かべ、睨みをきかすヴェルモンテ。スターマンも同様だった。
そして双方構え直す。まだまだ遊戯は終わらない。
「「さあ、まだまだこっからだァァァァアア!!!」」
「そこまでですッ!!」
二人の世界に亀裂を走らせたのは、厳かで可憐な少女の声だった。
ーーーー
凄惨な街の光景は、彼女の心を揺らがすには足らない。
戯れた獣が二匹。何を恐れる必要がある。
私の信じる最強はただ一人。彼に比べれば知性のない彼らによって繰り広げられる遊戯は陳腐でしかない。
ただ迷惑な、チンピラの喧嘩だ。規模が大きいだけでその他は変わらない。
故に、震えることなく、遠慮することなく。覡の声は彼らの世界に亀裂を走らせた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
静寂の世界。覡は遠慮なく言葉を発する。
「貴方達、ここをどこかご存知ですか?闘気家の聖地、穢れ無き至高の天。クシナガラ中枢の地にして発展の象徴で有るパリニヴァナに何という狼藉、不敬極まりない!悔い改めなさい!」
激昂する覡。しかし彼らは意識を向けても、彼女に対してなんの興味を抱いていなかった。
「貴方達は甚大な規模の被害を起こし、民衆の安寧を阻害しました!ルールなき戦闘はただの破壊行為!貴方達は誇り高き闘気家に有るまじき行いをしているということを恥じて悔いるべきです!」
「なァ…」
最初に彼女の言葉に反応したのはヴェルモンテだった。
「テメェ…死にてェのかァ…?」
怒気。憤怒。赫怒。激憤。ブチギレた獣は、殺意の渇望を心意に宿し、少女を堄視する。
その圧が具現化したのか、猛烈な暴風が吹き荒れた。
「俺達はなァ…聖戦に興じてんだァ…今後の人生でェ…二度とあるかないかのォ…殺し合いなんだわァ…わかんねェかァ…?」
一歩、一歩と覡に近づくヴェルモンテ。もはや相手がの弱者であろうと関係なく、生き様を愚弄されたことに瞋恚の念を抱いている。
「おい、ヴェルモンテ!冷静になれ。お前の性格上、弱者には構わないのではないのか。」
スターマンはすっかりと冷めている様子で、もはや少女に一撃喰らわさんと言う覇気を放つヴェルモンテに対し抑止を促しているが、それすら意味を成していない。
対して覡は微動だにせず、ひたすら真っすぐに見つめ返している。
「どうしました?図星を突かれて逆上しましたか?一端の、しがない少女の説教に?大の男が情けない。所詮何かを傷つけることでしかどん罪証明のできない哀れな賊。それも仕方ないことなのでしょうね。」
「君も煽りが過ぎるぞ!ああ、確かに今日に乗りすぎたことは謝罪しよう。しかし今は燃料を投下するな!今のやつは何するかわからんぞ!」
一切怯むことなく煽りを続ける愚かな少女に、紳士、スターマンは苛立ちをあらわにした。
小柄な少女と、スターマンほどではなくとも大柄なヴェルモンテ。
距離はギリギリまで詰まり、その体格差は言わずもがな、それでも覡は怯む様子を見せなかった。
(…肝が座った少女だ。闘気抜きにしてもあんなチンピラに凄まれて一切の恐怖を露わにしてない。女性の闘気発現の例はデータには無かったが…しかし妙だな。闘気を発現しているならば疑わずともそれが感覚で理解できるのだが…彼女自体からは身体的な強さを感じない。)
スターマンは状況を考察する。もはや抑止は無駄と悟り、場を観察しだした。
(私とヴェルモンテの実力差は私が少し上回っている程度、彼女を守りながら闘うのは至難の技だ…ーーーーークッッ!!)
突如、スターマンの脳が削られる様な痛みが走った。
(クソっ…今になって【コレ】が来たかッ…!まだだッ!醒めるな私の記憶ッ!せめて今日だけは乗り越えろッ!)
ふらつきながらも強く、2人を見続けた。
「なァ…」
吹き荒れる暴風の中。金色の獅子は牙の様に彼女を睨みつけた。
「テメェのよォ…その根拠ねえェ自信はよォ…どっから沸き出てんだァ…?」
強烈な圧力、空間にミシミシという効果音がなりそうなほどの重圧が彼女へと容赦なく襲い掛かる。
「自信…ええ、なぜ私が貴方と対峙して平常心を保てるか、答えは二つ。一つは貴方の様な見せかけの人間には幾度となく絡まれてきました。ですので慣れ…が解答にふさわしいでしょうか?」
それをもろともせず、覡から距離を詰めた。
「二つ目は、そうコレが私を支えてくれる柱。事実、貴 方 よ り も 強 い 人 を知っている。」
「ーーーーー!!!」
ヴェルモンテは驚愕した。
彼女のそれがハッタリではないと、強者が宿す芯のある眼を見て理解したのだ。
「名を鉄野拳。私達【闘真会】が誇る最強にして無敗の闘気家。 急所無き無双の益荒男。そう、貴方の全てに勝る最強の男です!」
「ヘェ…なるほどなァ…良いぜェ…。お前じゃァ…到底俺の怒りを収める事は出来なさそうだしなァ…代償はァ…全部ソイツにィ…支払ってもらうかァ…。」
ニヤつき、先程の怒りが嘘かの様に目を輝かせているヴェルモンテ。
「なァ…そいつも出るんだろォ…?【アヴァターラ】によォ…?」
「ええ、出ます。しかしアヴァターラはトーナメント式。一回戦で貴方と当たるとは限りませんよ?」
挑発的に答える覡。それに乗っかる様にヴェルモンテは
「上等ォ…。そいつがいるとこまで行ってやるよォ…。覚悟しなァ…。」
「ーーーその前に。」
覡は先程の表情に戻り
「パリニヴァナで及んだ破壊行為の全てを弁償しなければ、参加は認めませんよ?」
と言い放った。
「…あァ、わかったァ…。」
くるりと振り替えるとヴェルモンテは自身のビルに向かい歩き始めた。
「ーーーー俺もそこに出る。とは言わずともわかるな?」
道中、スターマンはヴェルモンテに出場の意思を示した。
「…ずっと言いたかったんだがよォ…。あの女ァ、日本人だろォ…?それ繋がりでよォ…お前に言いてェコトがあるんだわァ…」
回答になっていないヴェルモンテの言葉に、スターマンは首を傾げた。
「ちょっとの間日本に居たコトがあってなァ…そこである程度語学は身に付けた訳なんだがァ…、スターマンって名前よォ…日本語に訳すとなァーーー。」
ニヤついて、続け様に彼は
「〈ほしおとこ〉だぜ?何ていうかよォ…間抜け、じゃねえかァ?クククッーーー。」
「ーーー貴様の笑いのツボがわからん。」
最後の最後の会話がこれとはな。スターマンは呆気に取られながらヴェルモンテを見送った。
ーーーーー
スターマンはパリニヴァナから離れた小さな宿で身体を休めた。
「ああ、非常に良い記憶だった。これはアヴァターラも私が求める《フロンティア》になり得るだろうな。」
そう呟き、すぅっと睡眠へと沈んでいった。
彼はアドレナリン、つまりは興奮物質が異常なまでに分泌されると記憶の一部が欠損してしまうという奇病を患っていた。
それを完治させるには記憶の欠損すらも超越するほどの興奮を滾らせなければならず、それを第二の目的とし、今大会への参加を決定したという理由もあった。
結局の所、彼も闘気に魅了された男の1人だったのだろう。
ーーーー
「本当に怖かったんですよ!!あの人がバトルジャンキーだったから良かったものの、ただのチンピラだったらと思うと…今考えただけでも悪寒が…。」
先程の威厳は何処へやら。和風な宿の一室には簡易な寝巻きを纏った少女が半泣きで1人の男に喋り散らかしていた。
「はははっ…そりゃ災難だったね、カンナ。でもまぁ、幾ら闘気を纏えるからと言っても君は弱いんだからさ。無理な試合は程々にね?」
ガッチリとした肉体で、胴着を纏った好青年が少女を宥める。
「むぅ…言いにくいのは分かりますけど、カンナって呼ぶのはやめてください…。」
「何でさ、伝わるんだからいいじゃないか。それともあれか?唯一無二の呼ばれ方はミカだけのも「あああああ!!!もう!」
彼の言葉を叫び声で誤魔化す覡。
「しかし、ヴェルモンテにスターマン。いやぁいいね!こりゃ本番が待ち遠しいや!さてと、俺も負けらんねえし、特訓すっか!」
「えぇ?今何時かご存知でないのですか!?」
「日が変わって2時間…休憩して今が五分か。ちょっと休みすぎたかな?」
「…本当に、異常ですよ…?」
じぃっと好青年を睨む覡。そして男ーーー鉄野拳は帯を締め直して彼女を一瞥した。
「異常だからやってるんだろ、闘気家ッ!俺にとっちゃ願ったり叶ったりだよホント!」
窓を軽快に開け、約3階程の高さから飛び降りて、彼は消え去った。
感想よろしくお願いします。