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聖戦のアヴァターラ  作者: 紅咲 時雨
第一編 聖戦前日録
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第2章《蹂躙遊戯》五話 米国紳士

闘気家が巡り会うとき、そこは戦地と化す。

いつだって私は、どこかに眠る未開拓領地フロンティアを望んでいる。


親愛なる祖国を離れるというのは、私にとって大いなる決断だった。

この世に生を受けて36年、偉大なるアメリカ合衆国での生活は非常に心地が良いものだった。

活気溢れる街並みにあらゆる流行の源泉。国民が自国を愛し、誇りを掲げている。全てに於いて強大で、何よりこの国は世界で一番強い国だ。強豪国は数あれど最強は常に1つ。故に私はUSAが大好きだ。


ならばなぜ、愛してやまない国を離れるという選択に至ったのか。

理由はただ1つ、USAを差し置いて最強を名乗る愚蒙なる集団が現れたからだ。

インドの二代中枢都市ーーークシナガラと名が付いた武道家達の繁華都市。

曰く、闘気家と呼ばれるものが一堂に集うらしい。

闘気家こそ、我が米軍の最先端軍事設備を超え得るほどのものらしい。

生身の人間が、科学技術に優るはずがない。優れた人類が長年かけて築き上げた叡智を、凡人如きの努力で乗り越えるだと?

笑止。そのようなものは夢物語と呼ぶことすら憚られる。重度麻薬中毒者の誇大妄想にすぎない。


確証ならばある。何を隠そう、私も【闘気家】の一人である。

私はひたすら、親愛なる米国に貢献することだけを考えていた。

イノベーションを興し、米国にさらなる飛躍を齎す。

米国に数多の勝利を捧げ、より素晴らしい国へと導く。

その為に私は時間を惜しまず、弛まぬ努力も、形に残る実績へと着実に変えていった。

人並みならぬ努力だっただろう、誰もが私を尊敬の眼差しで見ることなく、畏怖の対象として恐れていたほどには。

化け物と言われた。狂気的と罵られた。人間らしくあれと諭された。

それでも止まることなく私は突き進んだ。私の努力こそが、米国の発展につながると信じたから。

結果、いらぬ神に見惚れられたらしく、私は不純なチカラを得てしまった。

それが闘気と呼ばれていることを知ったのは、とある漢の引退会見でだった。


最強の座を降りる。その言葉を聞いて私は憤慨したことを覚えている。

何が最強だ、貴様程度が我々を差し置いてその言葉を口にするな。

クシナガラに在住しているという情報を聞き、敬愛なる米国を侮辱されたような感覚に陥っていた私は、いてもたっても居られなくなり、クシナガラへの便を予約し、それまでの期間は全て情報収集に徹し、あらゆる情報を持って私は米国を飛び出した。

全ては敬愛なる米国の名誉を守る為に、我が力を持って愚か者たちの思考を是正する為に。


ーーーー


チープな街だ。

無闇矢鱈と建てられた造形美のないビル群。背伸びする子供のように気取ったミーハーな市民。暑いのは気温だけで、街には熱気というものが感じられない。所詮ニューヨークシティーの劣化コピー。こんな国に最強が存在する?冗談にしても不快だ。

雑多な街に繰り出しつつ、私は手元の資料を確認した。

クシナガラにて目撃情報が確認された闘気家は約三名。

一人目は大柄でこんがりと焼けた肌が目立つ、国籍不明のダン・D・ゴンザレスという男。

大会への出場記録はないものの、現在SNSで小規模だか拡散されている情報によれば、人質に一切の負傷をさせずに中規模の強盗集団を制圧したという。

さらにそこに居合わせたもう一人の闘気家。名をアールシュというらしいが、彼も前述通り制圧の補助をしたという。


しかし、私が思うにこれらが事実だとしても、彼らを脅威とは思えない。

たかが強盗を制圧した程度、我が米国の警備システムでは朝飯前だ。

この程度で囃し立てられるなら、我が米国に現状以上の賞賛を浴びせるべきだ。


そしてもう一人の闘気家、ドイツ出身のーーーーー


「うぁあああああああぁぁぁぁ!!!!」


男性の叫び声が響く。どうやら中心街で何かあったらしい。

「行ってみるとしよう、何か情報がつかめるかも知れない。」

私は早足で現場へと向かった。


「キャァハァ!!」

「ヒヒェァ!!」

「オラァああ!!」

現状を説明するならば、数十人程の団体(おそらくギャングかチーマーの類だろうが)が血気盛んに抗争している。

なんと低俗なことだろうか。猿以下の連中が戯れあっている様子は目が腐るほどに情けない。

殴る、蹴る、叩く、潰す、投げる、刺す。

ただ己の強さを証明するべく、群れ合い争う意味のない抗争。

ーーー何が聖地だ。カッコだけを取り繕ったスラム街のそれではないか。

苛立ちが膨らむ。今にでも乱入して蹴散らしたいという想いは強いが目立つことは避けたい。寸前のところで堪える。


「…一か八かァ…行ってみるかァ…。」


真横から独り言が聞こえた。まるで飢えた獣の様な、それでいて気高さが垣間見える声が聞こえた。

声の主は、一切の躊躇いなくその場から足を進めた。

金色の髪が、靡いていた。

「ーーーーッッ!!」

私はこいつを知っている、正確に言えば、こいつと思わしき人間を知っている。

クシナガラにて超高層タワー【ナラシンハタワー】を根城にし、日夜各国のプロ格闘家と拳を交え、彼らのプライド叩き割る。通称【巨人喰らう獅子】と呼ばれる闘気家ーーーードイツが生んだ百獣の王、ヴェルモンテ・デットコード。

最も情報が集まったのがこの男であり、現に米国の誇り高き格闘家もヴェルモンテの歯牙にかけられたという噂もある。

もしこの成金風の男がヴェルモンテその人だとするならーーーー

この場面は、価値がある。


「なァ…お前らァ…随分と暴れてくれてんじゃねえかァ…。いいぞォ…戦闘本能ってのはブレーキが効かねェもんなァ…。」

歩みながらチンピラに語りかける成金男。

どこからか現れた乱入者に何人かのチンピラが反応した。

「んぁ?テメェ…何割り込んできてんだオラァ!」

「テメェどこのもんだぁ?ナメてっとぶっ殺すぞ!」

数人のギャングに絡まれる成金男。それでも彼はニヤついていた。

「お前らに名乗るほど俺の名前は安くねェ…。お前らも名乗らなくていいぜェ…どうせ覚える気ねェからよォ…。」

いかにも動き辛そうなローブを揺らめかせながら、成金男はそう吐いた。

「アァ!?テメェ死にてぇらしいなぁ!!ア?」

巨躯に刺青を入れている如何にもなチンピラが男にメンチを切る。それでも一切怯むことはない。

「なァ…いい加減仕掛けてこいよォ…。お前らにこういうの求めてねェんだわァ…。」

「って、テメェ…。ーーーああ、上等だ。ぶっ殺してやる。」

何かが切れたのか、チンピラは右拳に鉄のアーチ状の武器を装着した。

「ナックルダスター、メリケンサックとかって言い方もあるかもなぁ。しかも俺のは特別性でな、骨すら容易く粉砕できる品物だ。」

自慢げに話す刺青男、ほかのチンピラはニヤつきながら後ずさる。見た感じ刺青男の取り巻きらしい。

「…来いよォ…。」

終始不敵な笑みを浮かべる成金男。

刹那ーーーー

「オラァあぁあ!!!」

ナックルダスターを嵌めたチンピラの右拳が、金髪の成金の頭部を殴打したーーーーー。


ーーーーー


誰もがその現実を前にし、彼の安否を心配した。

2m強の剛体のパンチ、それに加え側面が鋭利になったナックルダスターが加わればそれは相当な凶器と化し、バットやバールで殴られた衝撃以上の衝撃と裂傷が対象に襲いかかる。

凡人ならば重症は間逃れない。ある程度場数を踏んでいる経験者でもそれは脅威だろう。

ーー終わった。

野次馬は凄惨で目も当てられない光景が広がるであろう未来を察し、思わず目を伏せ出した。


だが一人、同じく金髪の偉丈夫は一切視線をそらすことなく、事態の行く末を見張った。

闘気家として、それ以前に一人の漢として、彼は注意深く凝視していた成金男の変化に気づいていたからだ。

ーーー今、笑ったな。

男の余裕の笑みを見て、私の目に間違いはなかった、コイツがヴェルモンテその人だと確認できたスターマンは、その僥倖に思わず笑みを漏らした。

ーーーさて、お手並み拝見といこう。

実際、先は見えていたのだが、彼がどのようにチンピラ供を蹂躙して魅せるのか、スターマン自身のお眼鏡に適う程ーーー米国の世界最強戦力を単体で凌駕するレベルの戦闘力の持ち主かどうかーーーの人間なのかどうか。所詮はオカルト的な噂話か、それともーーー

それを測るにはチンピラではとんでもない物足りなさを感じるが、そこはスターマン自身の選別眼が見極める。

なにせ同じ闘気家だ。第六感で物事を測るのには慣れている。

ーーー動くか。

ヴェルモンテの髪がさらりと揺れる。チンピラ男の間抜け面は、先の地獄を暗示しているかのようだった。



「ーーーーなァ、本気でその程度なのかァ…?」

先程殴り飛ばしたはずの成金はーーーその場を微動だにしていなかった。

鋭い眼光はサングラスの奥からでもわかるほどにギラついており、その色は怒りと失望に満ちていた。

怒りといっても、殴られたことに関する怒りではない。

「わざわざ殴打たせてやってんだァ。あんま失望させてくれんなよォ…。」

「ォ…なんで…。」

「なんでってお前ェ…見てわかんねェのかァ?」

ヴェルモンテはチンピラが拳に身につけていたナックルダスターを握りーーー

「ェーーーーォァアッ!」

4本の指をへし曲げて奪い取った。

「こんなおもちゃでもよォ…人は殺せるんだろォ…?ならこれ付けてるお前はよォ…一般人よりかは強いはずなんだよなァ…?」

「ひッッ…ア゛ッ…。」

形状が変化した鉄塊を眺めながら横目でチンピラを見るヴェルモンテ。

指の骨が折られ恐怖と絶望で憔悴しているチンピラに、もはや価値はないと悟ったのか、弄んでいたナックルダスターをホイと投げ返した。

「こんなんじゃァ…遊びにすらなんねェ…。」

壊れたおもちゃに興味はない。そもそも彼が望んでいるのはおもちゃなどではなく、狂気と狂喜に満ちた殺し合い、それを己に経験させてくれる最強で最高の人間だ。

それのためならいくらでも財産を投入するし、人生の全てを捧げたって構わない。


ヴェルモンテは無象のチンピラ達に目を向けた。

「次は誰だァ…?俺を楽しませてくれよォ…。」

彼の目は飢えていた。血肉に飢えた獅子のような眼光で、子鹿のように震えるチンピラを睨んだ。

「ぉ…て…テメェぇぇぇぇ!!!!」

一人の取り巻きが雄叫びをあげながら突進する。怯んではいるものの恐怖に打ち勝てたのは脳内麻薬の作用か、はたまたプライドか。

「オァァァァァァ!!!」

喧嘩に離れているはずだ、しかし力任せな大振りでヴェルモンテに襲いかかる。

故に当然ーーー

「そうだァ…それで良いィ…が。」

突進するチンピラに向かい歩き始める。にやけてはいるがどこか冷めた表情で距離を詰めていく。

それに反比例するように速度が落ちていくチンピラ、足の震えが目に見えるようにわかる。

1秒後、彼らが接触するまでにかかる時間はこのくらいにまで縮まっていた。

その刹那のうちに、ヴェルモンテは拳を握りしめてーーー

「おおおおおォォーーッッゴホォッ ーーー。」

鳩尾に照準を定め、相手の加速を利用しながら少量の力で吹き飛ばした。


何と一方的な戦況なのだろうか。

先ほどまで猿のように粋がっていたチンピラは、戦々恐々し、今では見る影もない。

向かうものは何人も薙ぎ倒され、最終的に彼に向かうものは誰一人いなくなった。、スターマンは哀れみに似た視線をチンピラに向けた。

ーーーが、それよりも。

この戦いの主役と化したヴェルモンテという男を観察し、理解できたことが2つあった。

1つは、彼は戦意の削がれた相手には一切興味を持たないこと。

弱者をいたぶることをしないのは良いことだとは思うが、それがあまりにも露骨に出ている。

そのざっくりとした性格故、プライドで成り上がってきたような輩には身体的ダメージもさることながら精神的ダメージも計り知れないだろう。

2つ目は、素の戦闘能力に高さ。

この戦闘中、彼は一切の闘気を解放していない。

闘気家は闘気を放ってこそその強さが現れる。闘気を放たなければただの人間と何ら変わりない。

確かに闘気家になる条件として、限界を逸脱した努力を重ねるというものはあるが、それを抜きにしても彼の戦闘には一切の無駄がない。

これは努力ではなくセンスが大きく影響する。彼は相手の力量を即座に見極め、必要最低限で全て終わらしている。

それを行うために何の動作をしているわけでもなく、ただ流れでそれを行えている。

戦闘時の体力維持、余計な立ち回り、迷いが一切ない。

ーーーだが、対象があまりにも弱すぎて当てにならん。

それだけが唯一残念で仕方ない。こんな幸運、これからあるかわからない。

ーーーそうだ、対象が物足りないなら、私が身をもって尺計れば良いのではないか。

単純かつ単調な思考ではあるが、それが一番手っ取り早かった。


ーーー


退屈で退屈で仕方がない。

せっかくの暴動、血気盛んな輩がわんさかいるからもしかしたらーーーと思ったのだが、やはり所詮は素人。無駄な期待を抱いてしまった。

さて、残りのチンピラもこっちに向かってくる気配はない。ならばここにいる意味もない。

これ以上時間を浪費するわけにもいかないし、さっさと帰るかーーーーー

「ヴェルモンテ・デッドコード。」

「ーーーァ?」

名を呼ばれた。この期に及んで、俺の名前を呼ぶ奴がいた。

「退屈か、飢えているのか。血肉を欲してたまらぬか?弱者を蹂躙し尽くして満足か?」

野次馬の波が、割れる。残された一人がこちらに向かい歩みを進める。

「遊戯でしかないだろう。いや、もはや遊戯ですらないかもな。なにせお前は楽しんでいない。常に冷めている。」

タンクトップを着用し、金色のオールバックが似合うイカした漢が、淡々と言葉を投げかける。

「喜べよ金色獅子。哀れなお前を見かねて最強の国が生み出した最強の漢が直々に相手してやろう。」

恥ずかしげもなく、彼はそう言い放つ。

そして、真正面に立ちはだかり、巨体は俺を見下ろした。

「私の名はスターマン。偉大なるアメリカ合衆国に生を受けた、地上最強の闘気家だ。」

闘気家ーーーーーーその言葉が電流のように俺に刺激を与える。

「ーーーーそうかァ…。やっとかァ…。」

「そうだ、やっとだ。」

二人を中心に、静寂の波紋が広まっていく。


「愉しませてくれェ…なァ!!!!」


音を置き去りにするほどの素早い蹴りをスターマンの頭部に叩き込む、ヴェルモンテは彼の果たし状を受け取ったのだ。

この瞬間を以って、最強を掲げるもの同士の激闘が開幕した。

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