第2章《蹂躙遊戯》四話 金色獅子
第2章開幕!!
彼の住処は、聖地クシナガラの中枢に聳える巨大ビル領区【パリニヴァナ】にある。
パリニヴァナに立ち入ったものは、森林に聳え連なる木々のごとく一面を埋め尽くすビル群に圧巻を覚えるという。
ここは本当にインドなのか、仏教が信仰され大仏を讃え僧侶が往き交い国民が沐浴を行なう、あの神聖的な国なのか?
疑いを覚えるほどの大都会、ここは古き良き歴史情緒を一切感じさせない。古き殻を脱ぎ捨てた、と言えば聞こえはいいだろう。パリニヴァナは、まさに時代の先頭を行く高度成長都市である。
そんなビル群の中で、さらに存在感を放つビルタワーが存在する。
例えるならば、森林深部に位置する樹齢四桁越えの大樹木。地層深くに根をはる世界の樹。
そこと比べれば他のビル群などあばら家同然と、荘厳かつ絶対的な佇まいは、まさに勝利者が住むに相応しいと思える金色の塔。
名を【ナラシンハタワー】全高617m。111階層。入口には数十種類のジュエルが宝飾されており、入ってすぐのロビーは全面純金で塗装されている。
想像の金満振る舞いを具現化したようなその住居は、何を隠そうたった一人のために建てられたものだ。
111階全てがその一人の所有物であり、彼は余すことなくそれを活用していた。
たった一人のために建てられたと言ってもそこには数百人の人間が生活しているらしい。
しかし彼らは一時的にそこに置かれているだけであり、所有主とは一切の面識がない。
ここでの生活費用は全て所有主であり、此処に集められた者は旅行気分で悠々自適に生活している。
彼らは全世界からとある通達を受け、この場に置かれていた。
【あらゆる格闘技の頂点に立つ強者よ。俺を満足させることができれば俺の資産を全て譲渡する。】
一通の手紙に加え、頭金としての1000万ドル。これらをちらつかされた多くの格闘家は即座にクシナガラへと渡来した。
「ウィンブル選手。ヴェルモンテ会長がご指名なされました。」
黒服を身に付けた巨躯が、同じく巨躯の男に声をかけた。
身長195cm、体重78㎏。赤色に染まった短髪がトレードマークのフランス出身ボクサー。ライト・ヘビー級王者に三度輝いた、ファンの間では知らぬものはいないスーパースター選手である。
整った容姿のおかげか、女性ファンも多い。最近はメディア露出にも力を注いでおり、モデルとしても活躍しているらしい。
そんな彼がここに来た理由は一つ。話題作りである。
ここで一山あげて一気にスター街道を駆け抜けようという算段で、出国一週間前に予定していた試合を一方的にキャンセルしたのだ。
もちろん、何の成果なしに帰国することは許されない。これは賭けでもあり、降って湧いたチャンスでもある。
「ああ、今準備しよう。」
黒服の声に応じ、水とタオル、マウスピースを袋に投げ入れ即座に準備を終える。
「では。」
黒服が黒の大理石で出来たドアを開け、ウィンブルを誘導する。
そうして彼は、天国と地獄の境目を一歩踏み越えた。
エレベーターの無機質な音だけが、内部に鳴り響く。
「・・・・。」
「・・・・。」
無駄に広い内部に二人だけという状況は、なかなか居心地が悪い。
黒服は話しかけても応答せずという態度を一貫しており、美人な女性でない彼に気を使うというのも気がひけるので、話しかけるそぶりも見せないヴィンブル。
「・・・・。」
「・・・・。」
無言。無言。無言。ーーーーーー
数分続いた無言の檻は、エレベーターの停止とともに解錠された。
「着きました。ヴィンブル選手、どうぞこちらへ。」
最上階に位置する会長室は、招待客にとっては決戦の舞台といっても過言ではない。
シャッター音やフラッシュで満ちた通路を歩く。全てウィンブルが呼んだマスコミ関係者だ。
「ウィンブル選手!今のお気持ちを!」
「ウィンブル選手!現在のコンディションは!!」
「ウィンブル選手!!相手はどのような方でしょう!?」
マスコミの質疑が投石の如く飛んでくる。それらを微笑で返し、彼は足を止めずに前へと進む。
現在の気持ち?優勝賞金をどんな風に使うかでワクワクしてるよ。
コンディション?過去最高だ。サポートが違うよ。最上級の時間を楽しめた。
相手?知らされてないが、どうせここの会長のボディーガードだろう?
ああ、楽しみで仕方がない!最近は周りが弱すぎていろんな活動に手を出して時間を潰してはいるが、対戦でワクワクするのは久々だよ。
どんな奴が出てくるだろう?剛体のバケモンだと嬉しいな。なにせ圧倒的格上に一発KOをかましてみろ。最高に盛り上がるぜ。
「着きました。それではヴィンブル選手。お疲れ様でした。」
ーーーー?
お疲れ様でした?そこは健闘を祈ります…だろ?
巨大な純金のドアが開扉した。眩しすぎる室内の光がこちらへと侵食する。
「ーーーー。」
そこにいたのは、金色のローブを肩にかけた、サングラスを付けた男だった。
「ヴェルモンテ様。彼がヴィンブル選手でございます。」
深々と頭を下げる黒服。よく見ると額から水滴が垂れていた。
(こいつ、緊張してるのか?)
あの機械的な男の人間的側面を垣間見て、彼は心の奥でなにかが芽吹いたことを感じ取った。
「お前がヴィンブル…ねェ…。なんだってあれなんだろォ?全試合1発KOで、三連覇。すげェじゃん。」
「…世辞はいいですよ。招待、感謝します。」
「なんだよおめェ。せっかく俺が褒めてやってんのに、もう少し歓喜してみせろよォ。褒め甲斐ねえなァ。」
悪態を吐くヴェルモンテ。どうやら気に入らなかったらしい。
「御託はいりません。早く始めましょう。さて、私の対戦相手は…」
辺りを見渡すヴィンブル。すぐそばに5.5㎡のリングがあるがそこに選手の姿は見当たらない。
奥にいるわけでもなけれは、背後から奇襲を仕掛けられることもない。
まさかーーー黒服が?
室内のメンバーは俺とヴェルモンテさんと黒服しかいない。
なら、そう考えるのが普通だろう。
「おいおいおいおいおいィ…目の前にいるじゃねえかァ。さてはおめェ、盲目かァ?」
視界が全て彼になった。
「なぁおいィ。テメエ冷める真似してんじゃねえぞォ?俺が近づいたことに気づかねえような反射神経じゃ、おめェも期待外れって感じじゃねえかァ!」
怒号が室内に響き渡るーーーーーー
死ーーーーーー
脳裏によぎる、死の恐怖。
ただガンをつけられただけで、怒鳴られただけで、走馬灯が駆け巡る。
死ぬーーーーここで死ぬーーーー。
「…さっさと上がれや。リングでならおめェもヒーローだろ?おら、やんぞォ。」
気づけば彼はリングの上で俺を待ち構えていた。
「っ…すみません。」
随分と弱気になってしまった。これじゃあとんだ恥だ。せっかくマスコミが俺の勇姿を世界へ拡散しようとしているのに。こんな間抜けを晒したままでは終われない。
「ルール説明だァ。時間無制限、相手が再起不能になるまで続ける、以上だァ。」
「ーーー!!!」
なんだよそれ、再起不能?嘘だろ…?それ以外のルールは、まさか…ないのか?
「アヴァターラ…って知ってんだろ?」
「…闘気家の…大会ですよね。」
「ああ、それと同じルールだ。」
闘気家、最近よく耳にする、オーラを纏った武人たちのことだろう。
巷では流行っているらしいが、あんなのパフォーマンスだろう?
会場がなにかしらの演出をこなして、派手なバトルを繰り広げているように見せる。一種のエンターテイメントだ。
言い換えればインチキ武闘会。最近それのスターが引退したらしいが、もはやどうでもいい。
ーーーなるほど、アヴァターラに出るのか。つまりそれに出るための参考に、巨額の資産を払って俺たちを雇ったと。
何を緊張することがあった。これは言って見れば八百長試合。もはや勝ちも同然。精々演出に力を注げば十分なわけだ。
「なるほど、わかりました。ならばこれ以上の話は無用です。さ、やりましょう!」
構えをとる。出来るだけ力を抜きつつ戦った方がいいよな?1発KOだと画面映えもしないだろうし。
ヴェルモンテさんがローブを脱ぎ捨てる。なかなかいい身体をしている。格闘家としてもボディビルダーとしても及第点だろう。
まあ、俺の方がどちらも優れているがーーーー。
「さて、おっぱじめますか。」
先手必勝。彼の頭部目掛けてジャブを飛ばす。
「おっとォ。」
ヴェルモンテさんはそれを交わし、軽く距離をとった。
(躱せる速度だ。これは演出。さてーーー!)
続けてジャブを飛ばす。今度は右肩目掛け、当てるつもりでーーー!
「おい、なんだそれ。」
彼はまた余裕の表情でそれを躱した
「ーーーー!!」
流石に予想外。彼は、なかなか経験が豊富なようだ。なぜ俺のジャブを躱せる人間なんてそうそういないのに。
「本気で来いよォ。せっかくの舞台だァ。遠慮なんかすんなァ!」
ーーーー疾い!
即座に退避する。あの速度から攻撃を仕掛けられたらタダじゃすまないだろう。
「ーーわかりました。だったらもう遠慮なしです。死なないでくださいよッ!」
二歩前へ踏み出し、全力でラッシュを飛ばす。
右右左斜め下右左斜め上下右ーーーー
良い感触がする。これはジャストーーー
ーーーしまった。全発的中させてしまった。
これはまずい。試合ですら使わないようにしていた技をつい使用してしまった。
同級のボクサーですら俺の拳1発で沈む。一般人がそのような衝撃を受けて、無事で済むだろうかーーー。
そっと様子を見る。ーーーー
「…終わり…カァ!!!!!!!」
衝撃ーーーーーーー。
音が遅れて耳に届く。
痛みは、さらに遅れて痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
「おい、まだだぜ?」
刹那ーーーー衝撃が
衝撃が、衝撃ーーーー衝撃ーーーーー!!!!!11
計5発の衝撃が、俺の鳩尾に叩き込まれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
とんだ期待外れだァ。また一人、壊しちまったァ。
ああ、サンドバックにすらなんねェ。なんでお前ら、こんなに脆いんだァ?
泡吹いて倒れてるーーー名前の思い出せねえ男を蔑んで、俺はリングから降りた。
「おい、イルジオォ。こいつ外に捨てとけェ。」
「御意。」
イルジオは一つ返事で頷き、アレを担ぎエレベーターへ乗り込んだ。
ーーー。
マスコミどもがお通夜ムードだ。情けねえな。あっけにとられてやがる。
「おい、テメェら。」
ビッックッッ!と揃いも揃って勝機を戻しやがった。笑えるぜ。
「全部映してんだろ?じゃあお前ら、今から言うことカットすんなよ。」
揃いも揃って頷く。バカみてえ。
「視聴者諸君。お前らの中に腕自慢がいたらいつでも俺んとこ電話かけて来いィ。高待遇で出迎えてやるゥ。強かったら俺の元で何不自由なく生活させてやるよォ。金や暴力ゥ、性欲ゥ、支配欲ゥ。なんでも満たせてやるよォ。根性あるやつは至急電話くれェ。以上ォ。解散!!」
即座に、駆け足でエレベーター方面へ走り出すマスコミ各位。くだんねぇ。
「さぁてェ。次は誰にしようかなァ。」
カタログを開き、新たな好敵手を探す。現在1328勝0敗。本当に、くだらねえ。
誰か俺を滾らせてくれ。対価なら最高級のをくれてやる。もし誰もいねえってんならーーーー。
やっぱ、アヴァターラに賭けるしか、ねえのかなぁ。
感想よろしくお願いします。