第1章《戦士邂逅》三話 闘気
人類は、誰しもオーラというものを身に纏っている。
普段は無色透明かつとても薄く、妄想の産物として怪しげな商売や悪どい活動など悪用されていた。
だがそれは突如として変異を遂げた。
最初にその恩恵を授かったのはクシナガラに住む武闘家だった。
当時はまだ無名で開発の一切も進んでいなかったクシナガラのさらに辺境の地にて、その武闘家は孤独の中で地獄のような鍛錬を重ねていた。側から見ればそれは狂的で、ゴールもなければ報酬もない、なんの形にも残らぬそれに人生を賭ける彼を様をみて、共感意識を持てるはずもなく、その付近には誰も立ち寄らなくなったそうだ。
そんな彼が人生を賭けてたどり着いた領域ーーーそれこそが闘気の具現化である。
闘気が発現してからというものの彼の身体能力は人間の限界を容易く超越した。
曰く、連なる山々を拳一振りで薙ぎ払ったという。
曰く、底の見えぬ深淵を脚一振りで作り上げたという。
曰く、一度飛翔すれば標高3,000メートルを容易く越えたという。
曰く、闘気を放つだけで大気が揺らぎ天候が荒れたという。
ーーーーこれらは全て彼の伝説から抜粋した一部である。
そんなことが人間に可能か?そう考える者もいるかもしれぬ。
断言しよう。これらは全て不可能だった。そう、彼が闘気を発現するまでは。
彼が闘気を発現させてからわずか一年、とある集落に住む若者が、同様の闘気を発現させたのだ。
それからは連なる様に各地で闘気を発現させることのできる人間が出現していったのだ。
だが同様に、発現せぬ者は発現しなかった。
才能、と言えば陳腐だが、あながち間違いではなかった。
【自分を最強と信じる】この想いが人百倍強い者だけが闘気を連鎖的に発動していた。
この想いを信じ、強く在ろうと己自身を追い込める者だけがこの領域に到達できた。
それにいち早く気づいたのが原点にして頂点の闘気家、今では伝説として語り継がれ、クシナガラにて没したと云われる益荒男 ガーシャ・アヴァターラである。そして闘気所持者は彼に敬意を示し、闘気の名称を【アヴァターラ】とした。
そんなアヴァターラの二番目発現者は今なお生きして存在している。
彼はある部族の長の長男として生を授かり、運命の子、英雄の生まれ変わりとして愛され育ってきた。
彼の類稀なる戦闘センス、戦況把握能力、そして禍々しい紫の闘気。
彼を一言で表すなら【神に愛された男】が相応しいだろう。
天は二物を与えぬと言えど、彼にとってそれは例外だ。
力、知性、精神力、運命力、整った容姿、愛する家族、大切な妹。
全て彼の味方となり、彼もそれに磨きをかけんと努力した。
真の天才とは、その甘えを受動するだけではなく、絶えない研鑽・鍛錬を以って昇華させることができるモノを指す。
やるべきことが全て上手く進み、思ったことが現実となって形作られているように歩める人生。
誰もが求める、最強にのみ与えられる特権。
齢25にして、彼は人生を、己の在るべき姿を理解した。
自分は総ての上に立たねばならない。あらゆる苦難は己がパワーの前では砂壁同然。なら砂壁を超える苦難を新たに探し出さねばならない。
ゆえに彼は今、最もアツい格闘技であり己の様な選ばれしモノを求め【格闘気】への参加を決意し、クシナガラへと飛行機を飛ばしたのだ。
それが彼ーーーーダン・D・ゴンザレスという男の素性である。
ーーーーーー
現状、圧倒的劣勢に立たされていたのは強盗集団の方だった。
数では優勢ーーーしかし、塵が数十積もったところで聳え立つ山には到底届かない。
銃火器の有無ーーーーしかし、極致に達した闘気家の前ではオモチャでしかない。
人質など、この男にとってはどうでも良いのか、はたまた彼らに危険が及ぶ前にカタをつけるつもりか。
彼の思想はわからない。だがハッキリと分かっていることがある。
【俺たちはこいつに勝てない】
それだけは明確に理解できた。銃火器を以ってしてこの有様ならば己が素手で挑もうとも結果は変わらない。
叫んで逃げ出したい。先程の余裕は泡沫に消え恐怖だけが彼らを蝕んでいた。
圧倒的な殺意の豪雨を諸共せず、硝煙すらも彼を忌避していた。
彼に纏わりつく邪悪な色彩。紫色のオーラはこの場にいる全員が可視できた。
「…まさかお前…ッッ。」
何かを察したのか、怯えが止んだ構成員。気付くのがあまりにも遅すぎた。
もしいち早くこの事に気付き、一目散に逃げてさえすれば、彼がこの様な戦況に陥ることはなかっただろう。
自業自得が生んだ災難、悪行を犯せば回り回って返ってくる勧善懲悪の摂理。
構成員にとって、ゴンザレスは恐怖の権化と化した。
「闘気家…なのか…?」
「ああ、やっと分かったか。気付くのが遅え…と言いたいが仕方ねえ、デビュー戦はまだ先だしな。だがこれだけはハッキリしてるーーー。」
闘気家、この言葉を受け彼は自信満々に宣言した。
「闘気家最強にして世界最強の男、ダン・D・ゴンザレス。此度よりクシナガラに推参!お前ら運が良いぜ?何せ俺の活躍を生で見れてるんだからな!」
ーーーーー
ぽかーんとした空気が、本来あり得ぬ場に起こった。
「…ッッ!お前ら!なんだその反応は!」
流石に羞恥心が勝ったのだろう、黒光りの肌が赤くなった。
そんな茶番が長く続くわけはなく、切り替えだけはゴンザレスに優った構成員の一人がアサルトライフルを人質に向けた。
「アァァァァアア!!!!舐めんなアァァァァアア。」
刹那、忘れられたもう一人の男が始動した。
「ーーーーーえっ。」
鉄の塊が、宙を舞う。
その光景に呆気を取られた構成員は、またもや刹那の合間に意識を失った。
衝撃を感じ取り間も無く、ただ白目を剥き、泡を吹いてーーーーー。
「ったく、状況を考えろよ。ゴンザレス。」
「ーーーーー。」
この状況に一番驚いたのはゴンザレスの方だろう。
彼はアールシュを守護せねばならない対象と認識していた。
それがまさか、彼も自身同様にーーーー。
「お前も、使えるのか…?」
彼の問いに、アールシュはしたり顔で答える。
「何って、闘気のことか…?当然、なんでお前だけが使えるって思ってたんだ?」
「ッッっ!!!」
ゴンザレスは己を恥じた。力量を見誤ってしまった自分の愚かさに憤激した。
そうじゃないか、このクシナガラに来航した格闘家、銀行強盗を前にしてのあの余裕。そして何よりーーー
彼は、自分の行動を全て目で追えていたのだ。
常人には捉えることはおろか認識すらままならない自分の行動を、まるで映画でもみているかの様に楽しんでいたのだ。
故に取れた行動、あっけにとられてないが故に出来た対応。簡単なことじゃないか。
「アールシュ…お前ってやつは…」
「ああ、それと。」
ゴンザレスを遮り、彼は言葉を紡ぐ。
その光景は、どこか既視感を感じるものだった。
「闘気家最強、もとい世界最強はお前じゃない。この俺だ。」
自信満々に、アールシュはそう答えた。
「ーーーーっ。」
彼の様子を見て、ゴンザレスは思わず苦笑した。
とんでもねえ奴が居たんだなーーーー。
それからは彼らの独壇場だった。
一人ですら圧倒していた状態でさらにもう一人の化け物が投下され、相手に何ができようか。
警官が駆けつけた時にはすでに構成員は全員お縄にかかっていたという。
彼らを捕まえた二人について警官が尋ねるがもうこの場にはいないと人質の一人が説明した。
彼らは凄かったと、何をしているかさっぱりわからなかったと。
でも、それでもわかることがある。
彼らは世界一の闘気家で、一人はアールシュ、もう一人はゴンザレスと名乗っていた、と。
警官は、聞いたことのない名に首を傾けた。
ーーーーーーーーー
事件現場から少し離れた銀行に、アールシュとゴンザレスは立ち寄っていた。
紙がパラパラと捲れる音、機械的な音声が室内に響いている。
アールシュはゴンザレスに引き出し方法を教えてもらい、一ヶ月は生活に困らないであろう金額を引き出した。
「色々あったが、目的は達成された様で何よりだ。」
「全くだ。とんだ災難だった。けどーーーー」
アールシュはくしゃりとポケットに薄い札束を突っ込んで、彼はどこか愉快な表情をしている。
「お前が闘気家ってわかっただけで、チャラになるくらいの収穫だったよ。」
「それは同感だ。いくらここが闘気家の聖地と言えどなかなか見つからないもんだ。ここにきて数ヶ月経つがお前で二人目だよ。」
「…二人目?」
立ち止まり、ゴンザレスに顔を向けるアールシュ。
「ああ、俺が見つけたのはな。だがもっと驚け、最低でもあと六人は闘気家がこのクシナガラに存在している。」
「マジか!?!」
喜悦の笑みを浮かべ、武者震いするアールシュにゴンザレスは苦笑する。
「バトルジャンキーか、お前は。よし、今度暇ならそのもう一人の闘気家ってのに合わせてやるよ。」
その提案にアールシュはさらに高揚した。
「マジか!!!うぉっしゃあ!」
「おい、まだ銀行内だぞ、静かにしろ。」
銀行内にいる客の冷たい視線を浴びながら、彼らはそこを後にした。
太陽は既に地平に落ち、夕暮れとなって街を照らしていた。
ポツポツと電気がつき始め、街並みは大人の時間へ移り変わっている。
アールシュとゴンザレスは夕陽に差されながらそんな街並みを歩いていた。
「ところでさ。ゴンザレス。」
「どうした?」
「銀行強盗の一件で言ってた、デビュー戦ってなんなんだ?」
アールシュは疑問を投げかけた。
するとゴンザレスはポカーンとした様子でアールシュを見た。
「…お前まさか、アヴァターラに申し込んでねえのか?」
「…アヴァターラ?」
闘気の名称がアヴァターラということは承知しているが、それに申し込むってどういうことだ?
疑問がさらなる疑問を呼んだ。
「いや、お前…闘気家最強名乗ってんなら出ねえ手はないってくらいの大会だぞ!?世界中から最強を自負している闘気家が集う力の大会。それがアヴァターラだよ!!」
「…ちょっと申し込み方教えてくれ。出てやるから…。」
「はぁ!?なんだその上から目線。ほんとクッソめんどくせえ性格してんな!!」
騒がしい声が響く街の夕暮れ。
次第に街は夜に落ちていく。
地中の奥底に、その部屋は存在している。
生命の気配を感じれぬ無機質な部屋にはモニター8台。規則的な光を発するコンピュータの塊が数台だけ存在していた。
画面は夜に移り変わろうとする街並みを照らしている。その画面の一つ一つには必ず一人以上の人間が存在していた。
誰も彼も筋肉質で、自信に満ち溢れた目をしている漢達。種族民族人種は多種多様。
その様子を監視する痩せぎすの男が一人。彼は画面の右端に移る二人組をニマニマと凝視していた。
「こレは…コれハ…オモシろいコとにナりソうデスネ…。」
虫が這い寄る様な不快感を覚える声が、室内に響く。
が、それ以降彼は言葉を発さず。機械からなるジジジという機械音だけが部屋に鳴っていた。
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