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聖戦のアヴァターラ  作者: 紅咲 時雨
第一編 聖戦前日録
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第1章《戦士邂逅》一話 緑髪の闘気家

人は一人では生きていけない。

そんな常套句が浸透しきったこの世の中で、俺はそうとは思わなかった。

俺が考えるに、この世界には二つの人種が存在する。

一つは群れを形成しなければ生命の存続が危ぶまれるモノーーーつまりは弱者。

そしてもう一つが、何者にも縛られない絶対的な力を持ち、奔放に生きていける人種。つまり俺だ。

別に仲間外れにされたいじめられっ子の戯言なんかじゃない。俺は好きで一人でいるし、だからといって彼らが何か求めて来たら、それが俺にとって何かメリットになることなら喜んで引き受ける。

彼らが俺に何かを求めることはあっても、俺から彼らに何か求めることはない。

付かず離れずの関係が一番楽だ。友情とかそういうじれったい感情は、いつか自分の足枷になるって漫画で読んだし。

でも、俺はどうやら井の中の蛙だったらしい。

今日この日、俺は初めて人に頼らざるを得ないこととなったから。


俺が住むルンビィと言う名の村は、この時代では珍しい完全自給自足の村だ。

村民のそれぞれが各々の畑を持ち、家畜を育て、清流へ水を汲みに行き、自分の生活サイクルの重要なガソリンにしている。

何か欲しいものがあれば物々交換を行い、交友的に生活している。

ーーちなみに俺は村外に赴いて適当に野獣を狩って食ってるからそんなことしなくても問題ないんだけど。

まあそんな原始的な生活を送っているルンビィ村民だが、一応お金の文化というものは存在している。

ただ、あまり価値のあるものとしては扱われず、村の資産は俺の育ての親のサラス婆ちゃんが管理している。

おそらくお金についての価値はサラス婆ちゃんだけが知っている。まあ、この村に住んでいればそんなものなくても何不自由なく生活できるし、村民に一切の不満はない。むしろ率先して預けている…らしい。

らしいというのは、これら全ては騒動が起きた後に知らされたことだからで、今までこんな焦れったいことはどうでもいいと思って生きてきた俺には到底必要ない情報だったからだ。

故に、あんな馬鹿をやらかしてしまったのだがーーー。



村一番の村宅のとある一個室に、ヒリヒリとした静寂が訪れた。

壁に飾られたランタンの火がゆらゆらと柔らかな明かりを提供する。どうもこれは外来製で、村ではここにしかないレア物だ。

ランタンの真下にある箪笥には、3枚ほどの写真立てが均等に飾られていた。

「…」

部屋の中には2名。青年と老女が存在していた。

老女は座高より少々高いレザーチェアに座しており、デスク上には冷めかけたコーヒーと散らばった複数の資料の何枚かがあり、その資料を二、三枚ほど片手に持ち、青年をジッと見つめていた。

対する青年は、額に汗をかき、どこか居心地の悪そうに立ち尽くしていた。

緑の髪が、風で靡いた。

冷めたコーヒーの水面が、揺らぐ。


「全く。お前は昔から抜けている。いや、もはや穴だらけすぎて目も当てられんよ。」

「…ぅいっス。」

「ういっすじゃないだろう!全く…一般教養は叩き込んだつもりだったのだがな、なんだ?どれも三歩歩いて忘れたかこの鳥頭!」

「いや違うってば!いや厳密に言えば違くはないけど…てかそもそも受け流してた感じだし…」

「はぁあぁ?!なぁにが受け流してたじゃこのバトルジャンキーが!」

静寂から一転、室内は怒号に満ち、もはや先ほどの光景は幻とかしていた。

「だからってさ!わかんねえよそんなもん使う機会ないんだから!」

「それは一理あるが、だからと言って調べることぐらい容易かろう!私の書籍は村民に全開放していて、もちろんお前も例外じゃないぞ!」

「いやだってさ、本ってちょうどいい固さと高さだから…」

「寝てしまうとな?理由になっとらん!一理なし!」

手元に資料をぐしゃりと握りつぶし、デスク上に投げ捨てた。


「…まあ、悪かったよ。まさか外でここのお金が使えないなんて思ってもなかったからさ…」

頭をかきながら苦笑いを浮かべる青年ーーアールシュはそれでも!と枕詞をつけ

「本気なんだよ!だってここの村じゃ俺が強すぎて誰も相手にしてくれねえじゃん!退屈で仕方ないんだよ!」

「だからといって水泳一本で国境を超えて密入国犯として留置場に拘束されていい言い訳にはならないぞ。」

「いやでも、知らなかったんだもん。」

「なぁにが知らなかったんだもんだ!無知は罪!事前準備もない状態で何か行動を起こそうなど浅はかにもほどがあるぞ!」

ああ言えばこう言うといった感じでつねにサラスに気圧されるアールシュ。

それをを見かねたのか、溜め息を吐き、諭すように話しかけた。


「人はな、一人では生きていけぬのだ。特に現代社会は不自由だ。金や知識がなければ何をやってもうまくいかんのだ。確かに力は偉大だ。お前たちはその気になれば法にすら縛られぬ人間になれる。それでもお前にこれだけはと教えたな?その力を悪用するなと。お前はそれを守ってくれた。だからこそ留置場で私が来るまで暴れず大人しくしていた。そこは良いのだ。だがどうしてそうなったのか。こうすればああはならなかったのではないか。この知識を活用すればああなるのではいか。思考を巡らせ行動に移し、両方を不自由なく行うために金銭を使う。これが現代のスタイルなんだ。わかるか?」

しょんぼりとしたツラで、アールシュは頷いた。

「そうだ、お前は聞き分けは良い子なんだ。何も縛られる人間になれとは言わんしそうなっては欲しくない。だからお前の志は止めやしない。資金の援助もしよう。」

アールシュ顔を上げ、サラスを見た。すかさず、サラスは言葉を繋げる。

「但し、条件はあるがな。」

「条件…?」

そうだ。と頷き、サラスは彼の目をジッと見て、朗らかに微笑んだ。

「必ず実績を残せ。闘気家として、一人の男として。アールシュという名前を世界に広めてこい!」

その言葉を聞き、アールシュはぱっと明るい表情になった。

「勿論だ!婆さん!」

元気な反応に、よろしいと頷くサラス。

「さて、こんなこともあろうかと計画は立てておいた。早速だが出国は明日だ。この資料通りの行動をとりなさい。イイね?」

「了解!さてさてとーーー」

どたとだと元気な足音を鳴らし部屋を出るアールシュ。そんな彼を見届けるサラスの目はまさに母親のようであった。



ーーーー

三日後。聖地に足を踏み入れた男がいた。

彼は橙色の道着を見に纏い、青の帯を胴に締め、その姿は空手家を彷彿とさせる。

しかし彼は格闘技というものを一切習ったことがない。

全て独学で、卓越した武術を会得したのだ。

潮風が、緑の髪を靡かせる。


まるで、アールシュという男の上陸を祝しているかのようにーーーー。





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