5.扉の向こうへ(渡界)
僕と山口さんがヘリに乗り込むとすぐに飛び立ち、そのまま道のない山をあっという間に越えた。
しばらく飛ぶと、山の中に1つのビルが見え始めた。大きさからすると恐らく5階建て程度の大きさだろう。
「山口さん、あのビルは?」
僕はヘッドギア越しに山口さんに問いかけた。
「あれは異世界の扉が現れた時に建てられたものだよ。異世界のお偉いさんと会議をする時なんかによく使われるんだ。まぁ最近は会員が寝泊まりに使うことが多いけどね」
「そうなんですか」
「さぁ!そろそろ扉が見えてくる頃だよ!」
「扉?もしかして異世界の――って!何ですか!?あの馬鹿でかい扉は!?」
「はっはっは!いい驚きっぷりだね!」
ビルの影に見えた扉は、高さも幅もどれもが規格外だった。作りは古びた木を使った木造で簡素な印象だが、それがまたこの場に相応しくない歪さを強調させる。
扉は両開きの2枚扉で既に開いており、、その奥は映像で見た通りに捻れたような暗い空間が広がっていた。
あそこにこれから入るというのは事前に分かっていたことだが、それでもこうして目の当たりにするとどうにも戸惑ってしまう。
「本当に命の危険はないんですよね?」
「初めて見る人はよく怖がるけど大丈夫だよ。実際に私も何度もあっちの世界に行ったことがあるからね!」
山口さんは不安がる僕に強引に肩を組んで励ましてくれるが、どうにもこの人の言葉は軽くていまいち信頼出来ないでいる。
しかしここまで来てしまったのだから、今更引き返す訳にも行かない。
1人決心を新たにしていると、次第にヘリが高度を落とし始めた。下を見てみると1箇所平らに整地されている場所があった。あれがヘリポートなのだろう。
「降りたら少し本部に寄ってからすぐに異世界へ入るけど、準備はいいかい?」
「はい、大丈夫です」
「いい顔だ。まぁそう気張らなくても別に怖い場所じゃないからね」
山口さんは親指を立ててニヤリと笑い歯をギラつかせた。無駄に緊張している僕をほぐそうとしてくれてるのだろうが、やはりどうも胡散臭さが残る。たぶんこの人はそういう体質なのだろう。
「さぁ降りるぞ!」
「はい」
色々考えているうちにいつの間にかヘリは着陸した。ヘリを降りると、山口さんが先導してビルの中へと向かっていった。
「異世界へ行く前に取り敢えず会長に挨拶してもらうから」
「分かりました」
山口さんに案内され、ビルの5階まで上がると、重厚な扉の前に立たされた。
「会長、例の被験者の暁星 明日人君を連れてきました」
被験者というのは、今回の異世界の学校へ通う僕のような学生のことを指す。僕以外にも別の学校に被験者として通う学生は何人かいて、その内の1人が僕だ。残念ながら僕の通う学校は僕1人らしいが、他の学校では複数人で行く人達もいるらしい。
「入りなさい」
「失礼します」
会長の許可がでて、山口さんは扉を開けて入っていったので、僕もそれに続いた。
「失礼します」
入ると大きめの執務机の前に立つ、黒髪ロングの女性が1人いた。この人が委員長なのだろう。勝手に小太りの中年男性を想像していたので、女性だったのは少し意外だった。
「はじめまして、私は異文化交流委員会会長の野崎 茉莉です。よろしくね」
「暁星 明日人です。よろしくお願いします」
会長の野崎さんは柔らかく微笑んで手を差し伸べてきので、僕はそれを両手でしっかりと握り握手を交わした。
「今回は異世界との交流の第1歩となる、最初の被験者組として参加してくれてありがとう。急なことで不安もあるだろうけど、私達がしっかりサポートするから安心してね!」
「いえ、こちらこそ進路が決まらず落ち込んでいたところを声をかけて頂けて助かりました」
「そう言ってもらえると助かるわ。それじゃあ早速だけど異世界の方へ向かってもらいましょうか。山ロ、後は頼んだわよ」
「承知しました」
手短に挨拶を済ませ執務室をあとにした僕達は、いよいよ異世界への扉の前に立った。会長は色々と忙しいようで、僕達には同行しないらしい。
ビルを出た僕達は扉の前へとやってきた。
覚悟は決めてるがいざこうして空間の歪みを目の前で見ると、思わずたじろいでしまう。息をのみ、額にはいつの間にか汗が滲んでいた。
だが同時に未知の世界に対する好奇心も僕の中にはあった。この先にどんな世界が待ち受けているのか。それを知らずに引き下がることなんて、今の僕には出来そうにない。今になってこの話しは無しで、なんて言われたらたぶん断固拒否してしまう自信はある。
「いよいよ扉をくぐるけど、心の準備は出来たかい?」
「はい、いつでも行けます」
「よし!さぁ行こうか!」
山口さんの横に並び、僕は遂に異世界への扉に足を踏み入れた。
扉の中にある歪む空間はトンネルのようにどこまでも続いている。なんて想像をしていたのだが、扉の先は本当にすぐ目の前にあった。それこそ、某アニメの青だぬきの出すピンクの扉の様に僕のいる世界と異世界を扉で無理やり繋げたような、そんなイメージだ。
扉をくぐると視界は一瞬光に包まれ何も見えなくなったが、それもすぐに収まり目の前に広がったのは先程と同じ山の中だった。元の場所に戻ってきたのかと思ったが、目の前に立っている人物を見てここが元の世界とは違う異世界だと僕に告げた。
そこにいたのは、きらびやかな銀髪に額から2本のツノを生やし、瞳は真紅の炎の様な赤眼で、背中からは大きな翼を生やした無骨な男だ。
一見作り物のように見えるが、翼は微かに動いており、さらによく見れば腰の辺りから尻尾が揺れているのも見えた。明らかに僕達の世界では再現出来ない、異世界ならではといった人物が出迎えてくれた。
「初めましてだな、異界の少年よ。我が名はケイロン・ソル・ゴルディノート、魔人族にしてゴルディノート魔人国の王である!」
扉の前で待ち構えていた人物は、まさかの異世界の5つの国の1つである魔人国の王だった。つまり彼は魔王という事になる。そんな方に出迎えて頂けるとは、この異世界交流の被験者はそうとう重要な使命を背負っているのだと実感させられた。
魔王ゴルディノート様は、腕を組み翼を大きく広げてその豪傑な存在感で僕を圧倒した。極太の腕は僕なんか簡単に握り潰せそうなほど筋肉が満ちみゃくうっている。
「は、初めましてゴルディノート様、僕は暁星 明日人です。これから3年間こちらの世界にお邪魔させて頂きます」
僕は慌てて深々と頭を下げて挨拶をしたが、ゴルディノート様は軽く手を振っていた。
「ふむ……、そんな礼儀はいらぬぞ!暁星殿とはこれから親睦を深めていかねばならぬのだ。そなたに「様」をつけて呼ばれては距離も縮まらぬわ!」
ゴルディノート様は豪快に笑いながら僕に近づき、肩に手を置きながらそう告げた。
しかしそう簡単に王様相手に言葉遣いを軽くしてもいいものなのか戸惑い、思わず無意識に一瞬だけ山口さんに視線を送ってしまった。
「……いきなりは難しい様だな。ならば目上の大人と接するように我とも接してくれればよい」
どうやら僕が山口さんを見た事をゴルディノート様は見逃ず、それだけで僕の気持ちを察してくれたみたいだ。こういった気遣いが出来るからこそ、彼は王様なのだろうか。よく人を見ていて、僕なんかにはとても真似出来そうにない。
「お気遣いありがとうございます。それでは……、ゴルディノートさん、でよろしいでしょうか?」
「よかろう!さて、いつまでもここで立ち話をしていないで、学園のある街ザハラハまで向かうとするか!」
「ええ、案内お願いします」
「よろしくお願いします」
「ゆくぞ!山ロ殿、暁星殿!」
こうして僕と山口さんはゴルディノートさんに先導され、数人の魔人に周囲を護衛されながら学園のあるという街ザハラハへと向かう事になった。初めての異世界で初めての魔人。驚く事ばかりだがこの世界で生きていく為には、早いうちに慣れた方が良さそうだということが早速身に染み初めた。