3.中学生最後の登校(友情)
2話連続投稿です。2/2
山口さんが帰った後、お母さんは再度僕の意志を確認してきた。
「ねぇ明日人、本当にこの学校でいいの?」
お母さんは不安そうな表情で僕に尋ねてきたが、これ以上に今の僕に家族に貢献できることは無い。僕にとっては最高の選択肢だ。
「うん、ここなら生活費も出してくれるって話だし、僕達にとってはとっても都合がいいと思うんだ」
受験に失敗した僕は、お母さんに申し訳なさを感じていた。だから今回の件でお母さんに少しでも楽になって貰えるなら僕は喜んで異世界に行くつもりだ。
しかし、そう答えた僕にお母さんはとても寂しそうな顔をしていた。
「家族にとってなんて言い方はやめて。あなたはまだ子どもなんだからもっと好き勝手していいのよ。もう一度聞くわ、明日人自身はこの学校に行きたいの?」
「僕は……」
そう聞かれ僕は考えた。本当にこの学校に行きたいのか。異世界に行きたいのか。その結果、僕は1人で行くことに無性に寂しさを感じていることに気づいたが、それよりも異世界がどんな所なのか、どんな人達が住んでいるのかという好奇心の方が強いことにも気づいた。
「僕自身も異世界に行ってみたい。そりゃもちろん寂しさあるけどさ、でもそれよりも行きたいって気持ちの方が強いんだ」
「そう……、ならもうお母さんは何も言わないわ。寂しくなるけど頑張るのよ!」
「うん!」
お母さんに応援され、僕はさらに異世界へ行く決意を固めた。
そうしてお母さんと軽く雑談をしていると、玄関の扉が開く音がした。恐らく部活を終えた妹の綾香が帰ってきたのだろう。
綾香は1つ歳下の妹、現在は中学2年生で陸上部に所属している。部活に入っていない僕とは違い、綾香は運動神経抜群で短距離では全国大会に何度か出場していて、街の新聞でも取り上げられたことがあるほどの実力者だ。
恐らく来年はどこかの強豪校に推薦で入学するのだろう。その為にも僕に多くのお金を費やす訳には行かない。それも私立を受験しなかった理由の1つだった。
「ただいま〜。お母さんお腹すいたー」
「はいはい、すぐご飯にしましょうね」
お母さんはキッチンに向かい夕飯の支度を始め、綾香は帰宅してそのまま風呂場に直行した。
「お母さん、僕も手伝うよ」
「あら、ありがとうね」
こうしてお母さんや綾香と生活できるのも今日が最後なんだ。明日からはしばらくは会えない。それならせめて残りの家族との時間を大切にしないと。
お母さんの料理を手伝い、食卓で家族3人での食事を楽しんでいると、僕の今後についての話になった。
「え!?お兄ちゃん明日から1人暮らしするの!?」
綾香は僕が1人暮らしをする事に物凄く驚いていた。しかもそれが明日からなんて急な話なのだから、驚いて当然だろう。
「うん、通う学校が遠くにあってさ、明日からそっちで暮らす事になったんだ」
「なんで急に!いつ決まったの!?」
「今日だよ」
「そんな……、大丈夫なの?」
「大丈夫だよ、僕だってもう中学生じゃないんだからさ」
「まだ中学生でしょ!」
こんな感じで綾香と軽口を叩きつつも、どういう経緯でそうなったのかを淡々と説明していった。その内容に妹は驚きつつも取り敢えずは納得してくれた。
「そう……、明日からいなくなっちゃうんだ」
「ごめんね」
「あーあ、これからお兄ちゃんに宿題手伝ってもらえないじゃーん」
「それ目当てかよ」
「こら綾香、あなたも少しは1人で頑張りなさいよ!」
綾香も最初は驚いて寂しそうな顔をしていたが、最後には笑いあって話せた。
異世界へ行くことも食事中に伝えたのだが、その時綾香は目が点になっていた。この話は全部嘘なんでしょ、と疑われてしまったが、山口さんに借りた映像やパンフレットを見せることでどうにか信じてもらえた。
食事を終えた後は、明日は卒業式の後すぐに異世界へ出発するので、僕は手早く荷物をまとめ早めに眠りについた。
翌日、最後の制服の袖に手を通した僕は、家族よりも一足早く学校へと向かった。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい、後で行くから頑張ってね!」
玄関で見送るお母さんを背に僕は自宅であるマンションを出て、歩き慣れた通学路を進んだ。
見慣れた風景に昨日と変わらない天気、唯一昨日と違うのは僕の気持ちくらいだろう。昨日までは受験の失敗をいつまでも引きずって、ずっと下向きに暗い顔をして歩いていた。
でも、情けない話だが自分の将来に希望が見えた今は、久しぶりに前を向いて外を歩いた気がした。
「明日人君おはよー」
「平崎さん、おはよう」
通学路を歩いていると、クラスメイトである平崎 佳奈さんと出会った。この道を通っている時に今まで会ったことは1度もなかったのだが、今日の僕は普段よりも早く家を出たのでそのせいだろうか。
「平崎さんも家はこっち方面だったんだね。今まで会ったこと無かったから知らなかったよ」
「え……、あ、ああ!うん、そうそう!私いつもは部活とか色々あって結構早く登校してたから会わなかったのかな〜」
「そうなんだ」
なんか今日の平崎さんの反応はいつもと違う気がする。いつもはもっとおっとりとしていて、静かなイメージだったけど。急に慌てて何かあったのだろうか。
「ねぇ、なんか今日はいつもと印象がちが」
「さあ!今日の卒業式頑張ろー!」
「え、う、うん。頑張ろうね」
平崎さんは拳を突き上げて気合十分だった。さっきから僕が話そうとした時、遮られた気がするのだが……。気のせいだろうか。
「あれ?明日人君なんだか今日は明るいね」
「ごめん、普段の僕ってそんなに暗かったかな……」
「違うの!ここ最近は元気がなかったから気になって……」
あー。確かにここ最近の僕は受験の影響でずっと暗かったかも。そのせいでクラスメイトにまで心配をかけていたなんて。教室に着いたら皆に謝っておいた方がいいかな。
「ごめんね、心配させちゃって。でももう大丈夫だよ」
「良かったー。今日で最後なんだし皆笑顔でいたいもんね」
平崎さんは最後までクラスの事を考えていて立派な人だ。僕なんて周りを気にしている余裕なんて一切なかったのに。僕も平崎さんを見習ってもう少し周りを見れるよう頑張らないと。
「何かいい事でもあったの?」
僕が自分の世界に入り1人考え込んでいると、平崎さんは顔を覗き込むようにして聞いてきたが、突然平崎さんの顔が目の前に現れて、僕は思わず脈が少し跳ね上がった気がした。
「な、なんでもないよ。あ、そうだ、僕学校に通える事になったんだよ」
「えぇ!?ど、どこの高校!?」
僕の答えに今度は平崎さんが驚いていた。こんなに驚くほど僕のことを心配してくれていたのかと思うと、なんだか嬉しくなるな。
「詳しくはまだ……。ただ遠い学校だから1人暮らしになるんだ」
「遠い学校……。そう、それじゃ卒業したらあんまり会えなくなっちゃうね」
平崎さんは僕の進路が決まった事を喜んで微笑んでくれたが、その目は何故か寂しそうだった。
確かに僕も仲の良かった友達と離れ離れになるのは寂しい。それでも僕は異世界へ行くしか道がないし、これが最善なんだから今更変える訳には行かない。
「でも、夏休みとかは帰って来れると思うし、一生会えない訳じゃないからね」
気休めにそんな事を言ったが、平崎さんは意外なことを口にした。
「それなら、私も明日人君と同じ学校に転校しちゃおうかな〜」
「え!?な、なんで!?」
「ひどーい、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」
平崎さんはぷくーっと頬を膨らませて怒ったような表情をしていたが、目だけは笑っていた。
どうやら僕はからかわれたらしい。平崎さんは普段はとても優しい人だが、たまにこういった冗談で僕を驚かしてくる事があるからびっくりする。
「驚かせないでよ。全く、平崎さんはそうやっていつも僕をからかうんだから」
「ごめんごめん!怒らないでよ〜」
こうして僕らは笑い合いながら最後の登校を楽しく終え、学校に到着した。
「本当に転校しちゃおっかな……」ボソッ
「ん?平崎さん何か言った?」
「ううん、何も言ってないよ!ほら、早く教室に行こ!」
「そうだね!」
平崎さんに背中を押され、僕達はせこせこと教室に向かった。
教室には既に多くのクラスメイトが登校していたので、僕は教室に入るなり教卓の前で皆にこれまでの事を謝罪した。
するとクラスは一瞬静まり返ったかと思うと、どっ!と笑い声が上がり、何人かが僕の肩を叩きながら「そんな事気にしてたのかよ!」、「お前はほんと真面目だよな!」などと思いっきり励まされてしまい、思わず卒業式が始まってもいないのに涙が込み上げてきて、早すぎだと余計に笑われてしまった。
ともかくクラスメイトとも最後に笑いあえて良かった。これで最高の卒業式が迎えられる気がする。これもぜんぶ平崎さんのお陰かな、そう言えばさっき平崎さんが何か言った気がしたのだが、気の際だろうか。