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異文化交流委員会 被験者A君  作者: 雨内 真尋
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1.出会い(訪問)

 朝日が昇り、人々が会社や学校へ向かう為家の中を慌ただしく動き回る時間帯。僕はまだ布団の中にいた。

 決して眠くて布団の中にいる訳では無い。というかむしろ昨夜は一睡もしていないので、起きてはいる。


「終わった……。僕の人生、終わった……」

「何馬鹿な事言ってるの!ほらさっさと起きて支度しなさい!遅刻するわよ!」

「はーい……」



 3月の初め、暖かな風が体を包み込む陽気。暖かい空気を吸い込むと、なんだか軽やかな気分にさせてくれる気がする。

 

 しかし、そんな陽気でも僕の沈んだ心を明るくさせるのは不可能だった。

 目の下に大きなクマを作り、どんよりとした暗い顔で絶望オーラを全身に纏わせ通学路を歩む。


「よお明日人、浮かない顔だな!明日は卒業式なんだからシャキッとしろよな!」

「う、うん」


 後ろから駆けてきた同級生に背中を強く叩かれた。彼としては気合いを入れ直してくれたつもりなのだろうが、申し訳ないが今彼ら同級生に励まされても僕には何も響かない。

 そもそも僕はなぜこんなにも気が落ち込んでいるのか。それは、1ヶ月前の受験が原因だった。


 結論から言うと僕は受験に失敗した。

 いや、正確にいうと僕は受験に失敗したのではなく、受験することが出来なかったと言うべきだ。

 受験2日前にして、僕はインフルエンザにかかってしまったのだ。通常インフルエンザにかかった生徒は、他生徒への感染を防ぐ為保健室で受験することが出来る。

 しかし僕は元々体の強い人間ではない。小さい頃から何度も入退院を繰り返していた。今は普通に生活できているが、元々の貧弱さはどうしても抜けきれなかったのだ。


 インフルエンザを発病してから2日が経った試験当日、既に学校にはインフルエンザであることを伝えていたので、保健室で受験を受ける手筈となっていた。

 しかし、受験の緊張に元の体の弱さが重なったのか急激に体温が上がった僕は、学校に向かう途中で倒れてしまった。

 その後は通行人の方に救急車を呼んでもらったらしく、目が覚めた時には既に夜、試験はとっくに終わっていた。

 その高校は追試を用意していない高校だったので、僕は受験をすることなく落ちたのだ。


 普通はこういう時の為に滑り止めを用意していると思うだろう。

 しかしあいにく僕の家庭はお世辞にも裕福といえる家庭ではなく、私立に通うほどのお金はないので、そもそも受験しても意味がなかった。

 僕は公立高校に全てをかけていた。大切な勝負の一発が、まさかの不発に終わったのだ。


 そんな中僕の同級生は、公立に落ちた者こそ何人かいたが、進路の決まっていない者など1人もいない。

 僕だけが進路が決まっていないのだ。周りはそんな僕を励まそうと色々してくれるのだが、どうにも立ち直ることが出来ない。

 皆には申し訳ないことは分かってはいるが、僕はここまで育ててくれたお母さんに恩返しがしたくて、ずっと勉強に専念してきたんだ。常に学年1位をキープし続け、高校も県内では1番の公立高校に受験する予定だった。

 なのにこんなことになって、結果的にお母さんの負担を増やす事になってしまった。

 僕はそんな自分が不甲斐なくて、情けなくて許せなかった。


「次、中島 優太!」

「はい!」


  卒業式を明日に控えた僕達はもう何度目かも分からない、リハーサルを繰り返す日々を過ごしていた。

  苗字がア行の僕は最初に呼ばれるので、皆と動きがちょっと違い面倒だったりする。


  ここ数日は卒業式のリハーサルのみの日程で、3年生は午前中に学校が終わる。

  もう最後の給食も先月には終わってしまった。

 これまでは特に意識して食べていなかった当たり前な給食も、いざなくなると意外と名残惜しく感じ始めた。


「それじゃあこれで最後のリハーサルを終わる!皆、明日は本番だから、3年間の集大成として立派に頼むぞ!」

「「「はい!」」」


 学年主任の初老の男性教師による激励を受けた皆は、最後の登校に嬉しさ、悲しさ、寂しさ等様々な感情を顔に隠すことなく談笑していた。

 だが僕は皆のような気持ちにはまだなれず、彼らから1歩引いて眺めているだけだった。


「明日で最後か……。僕、これからどうすればいいんだろ」


 将来のことを考えると、自分の未来が真っ暗なのに気付き余計に絶望して帰路についた。


 太陽は空高く昇り正午を過ぎた辺りで、僕は家に着いた。


「ただいま〜」


 昼過ぎの誰もいない家だか、無言でいるのも虚しくてつい無駄に大きな声で帰宅を家に告げた。


「はぁ、いい加減立ち直らないと……」


 今の僕は何をしても無気力になっている。しかし、いつまでも落ち込んでもいられない。

 編入試験を受けるなり、就職を考えるなり、そろそろ何かしら行動に移さないと本当に未来が無くなってしまう。


 冷蔵庫の中から適当に食材を取り出し、昼食を作りながらぼんやりとそんなことを考えていた。


 昼食を終え、特にすることもない僕はただテレビを垂れ流して時間を潰した。

 家はお金はないのでゲームなど暇を潰せる娯楽品はほとんど無い。本はあるが何度も読み返したものしかなく、ページをめくる前から次の内容が分かってしまう程読み込んでいるのでつまらない。

 勉強道具なら嫌という程あるが、今はまだ気力が戻っておらず、そんな状態でやっても全く頭に残らないので、勉強もしない。

 というか、やろうとしても恐らく家族に止められるだろう。


 インフルエンザが治って退院した直後、僕は何を思ったのかご飯も食べず寝もせずひたすらに勉強し続けて、あまりの狂気にお母さんに勉強道具を取り上げられてしまった程、狂っていたからだ。

 今はもうそんな事にはならないと思うが、でも今は僕自身のやる気が起きないので結局勉強はしない。

 そんな訳で今の僕はテレビを観るしかやることが無い。


  ピンポーン!


 テレビも飽きてウトウトしてきた頃、静かな室内に突然インターホンが鳴り響いた。


「なんだろう?」


 お母さんからは荷物が来るとは聞いていないし、通販なんて僕達家族は使わない。となると後は何かのセールスか宗教の勧誘か。まぁどちらにしろ普段の僕なら勉強時間が惜しいから居留守を使うところだが、今はあいにくと全く忙しくないので、モニターへと足を運んだ。


 モニターを見てみると、そこには真っ黒なスーツに身を包んだ、黒髪を丁寧にワックスでセットした若そうな男性が立っていた。

 しかし、せっかくスーツと髪型は整っているのに、ネクタイだけが妙に派手な民族衣装の様な模様で、無駄に目立っている。


「どちら様ですか?」


 僕はインターホンの通話ボタンを押し、妙なネクタイの男に応対した。


「ああ、どーも初めましてー!私は異文化交流委員会の山口という者ですが、暁星 明日人君でしょうか?」

「異文化交流委員会?っていうかなんで僕の名前を……!?」


 異文化交流委員会というよく分からない委員会の人が、なぜ僕の名前を知っているのか。 最初はスーツ姿にセールスだと思っていたが、どうもそんな感じではなさそうだ。


「すみません、勝手ながら明日人君の近辺調査をさせて頂きましたので」

「近辺調査?な、何でそんなことを……?」


 近辺調査というまさかの単語の登場に驚きを隠せないでいると、妙なネクタイの男山口さんはインターホンのカメラにぐいっと顔を近づけて言い放った。


「明日人君、君に通ってもらいたい学校があるんだよ」

「え……」

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