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混沌世界に転生したら最弱武器使いの石像らしい  作者: KuKu
第一章 『貧民街の断末魔』編
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第五話〈竜の呪い》

「生きてないって、どういうことだよ」

 

 体をかがめたままフォルナを見上げ、ミチカは震える声で言い放った。

 多少言うことはおかしかったが、生きてないと言われても現に目の前で話して、動いて、今の今面と向かっていた。そんな相手が生きていないなんて言葉を急に飲み込め言われても、口に毒物を押し込まれたようなものだった。

 ミチカは身が凍りつきそうな恐怖を感じる。


「そのまんまさ。さっきの商人の話の通り、アリシタリアって滅びた帝国があるんだよ。そこの生ける屍。何もわからねーお前に説明してやるとだな、そいつの生まれ故郷のアリシタリア帝国ってのは三〇年前にアンダインって竜に全員魂喰われて滅びちまったんだよ。そんでよ、魂なくなって肉体だけになったやつはこうしてその竜の呪いで生ける屍になって老いることもなくさまよい続けてるってわ、け、だ」


 あのヒステリックな響きが今度は一層耳に響いた。フォルナはゆっくり仮面を取り、鋭い緋色の瞳でこちらを見透かす。彼女は笑っていた。

 ミチカは似たような話をつい最近見た覚えがあった。最近と言っても客観時間ならば百年は経っている。さらに中身は全くの逆、肉体を喰われ残った魂は呪いで石の体の中に閉じ込められる、という代物。似ているようで逆な呪いに関連性など想像もつきっこない。

 

「それはそうとよ、見ーちまったな?」


 彼女はミチカの方を見下すように眺め、より一層恐怖に拍車をかける。その姿は今にも人を喰らおうとする鬼のようでもあった。彼女は一歩部屋へと足を踏み込む。


「み、見たって……」


 後退りするようにそのままミチカは崩れ込んでしまった。力を抜いても体は動かない。意図的に下がってしまうほどの恐ろしさだった。兵士たちはあの時弱そうに見えたが、彼女の気迫にあそこまで対抗していたのだから、たった今見直してしまう。石の体が震える時、地面と何度もぶつかり合い奇妙なビート音を奏でた。

 その様子を見たフォルナはとうとう……ふっと鼻から笑いを漏らす。それを発端にフォルナは腹を抱えて笑い泣きした。


「おまえほんとおもしれーな。べ、別にこいつ見たところで何もしやしねーよって」


 フォルナは言葉の終わり際に元気いっぱいのウィンクをする。突然の変貌ぶりに拍子抜けした。ミチカは溜まりに溜まった恐怖を安堵の息とともに洗い流していく。


「ふざけんな、怖すぎんだよ!」

「怖すぎるとは人聞きわりーな。あたしだってそんな言い草されたら傷つくぜ?」


 脅して騙して遊ばれていたとはなんとも腹立たしかった。そんな言い草と言われても事実は事実。からかってくれた対価にちょっと傷つくらい大したことはないだろうと、ミチカは思う。


「ってことはそこのガキは……」

「死んでるな。見た見てないの話以外はホントの話」


 フォルナはあっさりそう告げた。一度冷静になって考えてみれば、さっきの話の流れから言って別に見られたところでなんら不都合はなかった。早とちりした自分があとから思うと恥ずかしい。

 ところで死んでいる、というのはやはり驚くところはある話だった。ーー緩んだ心は再び締め上げられた。となるとまずはこの状況を知るために何を得るべきか、ミチカは考える。死んでいる。生きている。

 フォルナは何を知っている? この子供はどこから来た?


「――でもだとしてそんな大量に生ける屍なんてあったら……」


「あんさぁ、普通もっと聞きたくなるとこねーか? なぜに大量の死体の行方を気にする? えーっとたしか大体の死体はそのアンダインの取り巻きの飛竜に喰われちまってそのまま消えちまったらしいぜ。そいつは運悪く喰われなかったみたいだけどな。ってじじが言ってたぞ」


 人というのはある一定の題がある上で物事を考えるとき、ふと何も思いつかなくなってしまうものである。そしてくだらない質問をしてしまいがちだ。あらためて落ち着き直し何を問おうか決定する。

 人を助けたいそんなお節介は日本でも長短どちらでもあるところだと言われたことだった。


「こいつ助けられるのか?」

「助けるってもう死んでるんだぜ? 肉体が動かぬ記憶に動かされてるだけだ。こいつに対しての救いっちゃ、肉体を殺すだけ、でもこいつはきっといくら切り刻んだって動き続けるって聞いたぜ? あたしにはそんなことできっこねーよ。だからどうやって街まで来たかも知らねーけど、せめて人目に触れないよーにこの部屋に連れてきてやったんだ」


 そう言ってフォルナはミチカの腕を掴んだ。力強く握られた腕を引っ張られ部屋から引きずり出される。石の体は自分の意志以外では形を変えることなくそのまま引きずられた。それから軽く背中を叩かれる。流石に力はほとんど込められておらずむしろ反動が跳ね返ってしまったようだった。


「あんま深く考えるなよって! 今日はゆっくり寝な。これからのことはあたしも考えてやっから!」


 フォルナは暗い部屋の扉を閉じ、右手前つまりは埃の部屋の隣へと姿をくらませていった。

 よくよく考えればじじ、つまりはルゼルは呪いのことがわかるなら自分の呪いのこともわかるかも知れない。聞いて見る価値はあるように思える。だがそもそも信じられる話なのだろうか。冗談に振り回された直後だとどうしても疑心暗鬼に為ってしまう。

 どうにもこうにもしようがないのでミチカは渋々部屋へと戻っていった。

 証明は部屋に入ると自然と灯った。その様子は魔法を想起させるが誰が施したものなのだろう、ミチカはあまり気に留めず疑問をその場に置き去りにする。

 よく見てみれば汚れてはいるものの部屋としては家具も揃っており何一つ変わったところはなかった。

 仕方がないのでホコリまみれのベッドに寝転がると案の定、煙のように埃が舞い上がる。しかしながら煙たさや息苦しさもなく、ふと自分は呼吸すらもしていないことに気がついた。とすると声はどこから出ているのか不思議なものだが事実口を動かし話しかけたことは相手に聞こえていた。匂いもわかった。そのうえため息なんかも感覚で動作だけはしてしまう。不思議なものだ。

 何より嗅覚があって味覚がないのか残念すぎる。

 石の肌に乗っかる細やかな埃の一つ一つはこそばゆかった。

 それからじっと蜘蛛の巣の張られた天井の木目を眺め考えふける。


「今するべきことはなんだろな。……少なくとも俺の現状を一番知っているのはガルモンド。あいつは消えてしまったって話。けど勇者ミチカがこうして生きている、少なくとも今存在しているようだからガルモンドが生きてる可能性だって充分ある。とすると今の目標はガルモンドを探すことか。はたまたその呪いに詳しそうなやつを探すか」


 仰向けになったまま独り言をつぶやいた。この体にとって、寝転がるというのは大して楽な姿勢でもなく立っているときとあまり変わらない。ミチカはそのままに考え続ける。彼にはもう一つやりたいことがあった。あの謎の幼女が気がかりで仕方がなかった。軽く流されてしまったが無駄な正義感がこういうときだけ黙っていない。

 ミチカはフォルナに言われたことなど無視して頭を回した。


「そんなことよりあの死んだっていうガキを助ける方法ないのかよ。こんなまともに状況把握も出来てないやつに何ができるかって言われたら何も出来ないのなんて目に見えてるけどよ……それにしたって死んでるって残酷すぎやしないか? あんなに普通に話して、生き物の形をしていて、だけどずっと時間が進まないまま生きたように動き続けるなんて。そんなん簡単に信じられるかってんだ」

 

 ミチカは天井の模様を掴み取ろうと手をのばす。

 段々と柔らかに引きずり込んでくる睡魔の中、弱々しい声を思い出した。睡魔と人を助けたいという純粋な正義感が葛藤した。本を欲しがっているのだからたとえ意味がなくても本をあげたい。極論を言えばそんなことでも助けになるだろうか、という考えもあった。しかし正義感の裏には同時に自分自身のヒントが見つかるかも知れない。そんな一面も隠れた多面体な動機でもあった。


「そういやあのガキなんか本読みたいとか言ってたな。なんだっけか、勇者フロイドとやらが龍を倒す話だったか? ゲームの中じゃそんな過去編存在しないけど架空の物語かなんかなのか? この世界は俺の知る以上ってこともありうるな。よし、決めた……」


 独り言をつぶやきながらミチカは眠った。意識は闇へと落ち込んでいく。石の体も睡眠はするようだ。夜更かしオンパレードはできなさそうだった。

 静かなこの世界で一つ目の月が空へと昇りまた地平線へ沈んでいった。


 ――差し込む光によって窓のヒビが輝き、さらに奥には朝焼けで赤く染まった空が広がる。

 新たな世界での朝は情熱的だった。石の体はなんと朝起きても伸びをする必要がないのだ。

 ミチカは昨晩決めたことを原動力にして、部屋を出ると足早に階段を下り居間へと下りていった。石の体のバランス感覚は微妙な不安定さがあるから一瞬転びそうになりどきりと心拍が上がる。

 朝日が差し込む部屋はまぶしい。早起きな老人は既にもう起床しており昨日と同じ位置に座り込んでいた。長い銀髪は太陽に照らされ神々しく輝く。


「おや、誰かと思えば。フロイド様かミチカ様か存ぜぬが、その心の輝きは魔物たる私の眼には少々キツく写りますかな……」


 老人はこちらを見ることもなく、平然と言った。朝一番の言葉に一旦、目論見は置いておく必要がありそうだとミチカは悟った。

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