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混沌世界に転生したら最弱武器使いの石像らしい  作者: KuKu
第一章 『貧民街の断末魔』編
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第二話〈仮面少女の帰る先》

 兵士たちは神近のことを見て顔をこわばらせながら、後退りした。その後の人々も皆、あまりに素直な驚きや嫌悪の表情を浮かべている。


「魔物は殺せ!」


 魔物という言葉を耳にした途端に、商店街の賑やかな空気は凍りついたように冷酷なものになっていた。顔すら見えぬ人混みの奥から卑怯にも上げられる声。腰の抜けな兵士たちに構わず、リンゴに似た赤い果物が投げ込まれる。それに続き、民衆からあれやこれやと物を投げつけられた。神近に当たるものもあれば流れ弾が少女に当たることもあった。

 不思議な体ではあったが神近はしっかりと物がぶつかる痛みを感じていた。しかも人肌のような柔らかさがない分、痛みもまた響くように伝わる。

 


「俺達の前から消え失せろ!」


 人混みの中から狂気に満ちた叫びが再び聞こえてくる。争いを防ごうとした自分が、今この場の争いの火種となっている。訳の分からぬままの酷い仕打ちに神近は言葉を失う以外に何もすることが出来なかった。

 途端にミチカは孤独に似た周りに何もかもがないという喪失感を感じる。見たばかりの世界で何が起こっているのかも理解できぬままだがその虚無は色濃くミチカの心を占めた。

 息が詰まる。苦しい。石の体が錯覚を起こす。


「ここは我々にまかせて、お早く避難を!」


 兵士の一人が民衆に叫びかけた。罵倒を聞いた後だと正義を働いているはずの兵士たちも悪人のように見える。兵士たちが気を取り直し、剣を構えたのを見た民衆たちは物を投げる手を止めた。冷たい視線を置き土産に民衆はゆっくりと後退し騒然とした場は一度ひとたび落ち着いた。

 しかし仮面の少女は未だ神近の横に佇んでいる。そしてその手はまだ腰に据えられた短剣に触れているようだった。


「魔物め、なぜこんな所まで来た! 何が目的だ」


ーー知らない。なんなんだこれは。なぜ喋ったり動いたりしただけでそんなに鋭い目で睨む。なぜ突き放される。自分の頭はもはや歯止めを失い空回りを極める。


「なにか言え。人間を殺すだけの絶対悪が!」


 兵士の一人は神近の方へ剣先を向けて一心不乱に突撃しだす。怒りや恐怖が入り混じって歪んだ顔をした兵士の一撃は嫌なオーラを感じさせた。ミチカの心は恐怖、その言葉がまさしくふさわしい。

 対して怒りと恐れと嫌悪、挙げに挙げても切りのない自分に対する敵意が今、剣にまとわりついて差し迫っている。

 

「ま、待てよ」

「――問答無用!」


 ミチカは震える声で言葉を絞り出した。自分の体がどうなっているかも知らず、またとっさの呼びかけに対する返答も交渉の余地ないままに、神近は身構えた。攻撃が体が石と仮定して損傷を受けるのか、推し量るには情報が少なすぎる。

 その横で短剣に手を添えたままやり取りをただ傍観しているような様子の少女。

 神近は驚きのあまり目をつむることも出来ず、向かい来る鋭い剣先を眺めた。


 ――しかし剣先は神近のもとへ届くこともなく、鈍い金属音を響かせ宙を舞った。

 少女は目にも留まらぬ速さで短剣を引き抜いていた。加えて短剣は、黒い稲妻のようなものを放ち、大剣へと姿を変えていた。少女の華奢な腕に不釣り合いな大きさにもかかわらず、彼女はそれを片手で支えている。何が起きたかを理解するのにいくらか時間がかかった。


「こいつはあたしが奪った品物だ。傷とかつけないでくれっか?」


 兵士たちの剣の折れた刀身が軽々しくレンガの地面に転がる。兵士たちは剣同士がぶつかった衝撃か、後へと跳ね返され捕食者の前のひ弱な動物の幼子のように震えていた。彼女は剣を振るうこともなく兵士を倒したのだった。


「き、貴様、なぜ魔物などを守る」

「逆に守って何が悪い。せっかくの収穫だぜ?」


 大剣は再び黒い稲妻を放ち一瞬のうちに短剣へと戻る。少女はやれやれというように吐息を漏らしふっと振り返った。

 しかしその姿は今のミチカにとっては救いの女神様にさえ見えてならない。目を凝らしてもその目の前で輝きを放つ存在は嘘偽りなく立ちつくしていた。


「それにだ、早々に絶対悪と決めつけたがまだこいつは何もやってねーだろ。どっちが悪党かわかったもんじゃねえな。――まあ、あたしは悪党だろうけどよ」


「お前、人を襲うか?」

「……俺に言ってるのか?」

 

 振り返り際に癖の目立つ金色の髪がなびく。手入れが行き届いてるとは言えない髪だったがその様子は不思議と可憐に見えた。仮面の下に隠れたものを知りたい、そんな欲を駆り立ててくる。


「他に誰かいるか?」

「いない……か。そんなことするつもりはないけど……」


 白紙に近かったの頭の中を理解で描き直すのに、言葉を奪われ話についていくのにどこかおぼつかない様子になってしまった。気づけば自分は中途半端な体勢のまま、佇んでいる。


「だとさ。どうする?」

「……そのようなこと、うかつに信じるわけが」


 兵士の声は最後まで耳に入ることなく命綱が切れたかのように聞こえなくなった。


「ああ、そう」


 その言葉が聞こえた時少女は既に目の前にいなかった。

 気づけば彼女は兵士の一人の後に回り込み大きく足を振り上げている。そのままの勢いで豪快に回し蹴りしている。鎧が甲高い音を立てて凹み、兵士はそのまま前方へ地を滑っていく。

 陸にあげられた魚のように惨めに痙攣した以後、そのかたまりは死をも疑うほどにただ静かに動かなかった。

 残りの二人の兵士たちは腰を抜かしただ崩れていった。もはや一国の治安維持の一端を担うものとは誰が見ても思わない。それは蛇に睨まれた蛙であり、猫を前にしたネズミであった。

 この光景を見た自分が恐れを抱いているのかあるいは畏れを抱いているのか、ミチカは判断できない。しかし彼女の冷酷な様子はドライアイスを触ったときのようにひっくり返された暖かさのようなものを感じる。


「ほんと、お前ら懲りねえな。どうせ大したもの盗んでかないんだから、見逃せば怪我の一つせずにすむのによ。ところでそこの石像おまえ走れんのか」

 

 神近は自分の体を見回した。やはり表面は石のよう。人形であるようだが服の類いは着ていないようだった。何もついてないし石像だから問題なさそうだが……普通に寒い。体に力を込めてその反応を感じる。重さはあるが自然と速くは動きそうであった。ただし重さゆえ持久力はあるとは思えない。ところでこの仮面少女は何を企んでいるのだろうか。


「出来なくはなさそうだけど……。長距離は無理かも知れない」

「なるほど」


 少女は少し考えたような素振りをしたかと思うと短剣を据え直し、神近の方へ歩み寄ってきた。


「ちょっと失礼すっぞ」


 彼女がそう言うと視界が垂直に地面を眺めている状態になる。つまりは持ち上げられた。そのまま肩に担がれた状態になり平衡感覚が狂ったかのような浮遊感を感じる。


「おい、急に何すんだよ」

「失礼するってったろ。奪った物は持ち帰る。ってことで兵士さん達っ! 今回も捕まえられずだ。いい加減あたし達の街まで捕まえに来いよ。……返り討ちにしてやっからさ」


 少女はまた嘲笑をするかのように言い放ち、指でじゃあなというような合図を兵士たちに送った。

 兵士たちは腰の力が抜けたかのように崩れ込んだままでいる。回答になってねぇと神近は思ったがとりあえずこの騒ぎから遠ざかって落ち着いて現状把握ができるなら良いか、と思い脱力。脱力と言っても体はそのままの姿勢で動きはしない。

 羞恥心の欠片は在ったがそれが大きく発達することはなかった。

 現段階での状況を踏まえると俺は石像、それも意思があって動く石像な魔物という状態。少なくとも傍から見ればそうなんだろうと神近は思う。そして今この強盗少女が小太り商人から奪った代物なのだと。

 この世界において、魔物は人間から嫌悪される存在であるということも想像がついた。

 そんな彼の考察を遮るように少女の「行くぜ」という声が聞こえる。


 なにか言葉を発する間も無く、重い体が重力に逆らい浮かび上がってゆく。少女は地面を強く蹴って斜め上に跳んでいた。壁に当たるたびに蹴り上がる。それを繰り返し屋上まで上がっていく。

 彼女の細い腕からは想像できない力で体を支えられていたり、壁を蹴るだけでうえへ跳ね上がったり、この身体能力は人間離れしているというべきだろうか。

 そのまま屋根伝いに走り出した。


「ところでお前、どっから来た? よく検問通れたな」

 走りながら少女は問いかけてくる。


「それが分かったら苦労しないんだよ。ちょうどさっきの取引の時にお目覚めで俺も訳がわかってない」


「ふーん、変なやつ。喋れる魔物って珍しいけど名前とかあんの?」


 神近淳士、と言っても良いところだがなんだか世界観ぶち壊しな気がしてならなかった。やはりここは無難に、


「俺、魔物じゃないんだけどな。名前ならミチカだ」


と自分のキャラクターの名前を言う。馴染み深いからあまりそう呼ばれても違和感を感じない名前だった。しかし少女は、あ? と斜め前にあるミチカの顔の方をみる。 


「それってお前のオリジナルの名前だろ?」


 少女は小馬鹿にしたように小さく笑った。


「オリジナルって俺がオリジナルなんだけど……」

「嘘こけ。勇者ミチカは100年も前に魔王ガルモンドと相打ちになって死んでるんだぜ? それとも何だ? 魔王に石像にされたーとでもいうか?」


 100年という言葉に、ミチカは呆気にとられる。石像の呪い、確かゲームをやっていた最後に魔王がそんなことを言っていたのを思い出した。なんとなく自分の置かれた状況がわかった気がする。

 つまりはゲームの中で呪われ石像となった。その時何らかの原因でガルモンドも倒れた。そして石像の中に魂を放り込まれてそのまま100年眠りっぱなし。そしてそれに俺の意識が宿っている。ミチカはそう仮説を立てた。

 それはそうといつまでも強盗少女じゃあれなので、


「信じてもらえねぇか。ところで強盗少女、お前は?」

「その呼び方やめろ。あたしだって好きでやってんじゃないんだから」


 口調が少し強く、だがどこか寂しげに変わってしまった。

 あまり考えずに言ったことだったことも相まってミチカはもやもやとした罪悪感を感じてしまう。


「まあいいや。あたしはフォルナ。分かったら石像らしく黙ってろ。あたし人と話すの好きじゃねーんだ」


 色とりどりの屋根が視界を過ぎ去ってゆく。浮遊感は遊園地のアトラクションのように恐怖と興奮を与えてくる。


「ところでフォルナ、今どこ向かってるんだ?」

「おまえあたしの言ったこと聞いてたか? あたし達の街、旧検問所があった先、まあ俗には貧民街とか呼ばれてるとこだよ」


 しばらく黙っていると街をぐるりと囲う巨大な壁が近づいてきた。一見するとその内側には貧民街らしきものは見当たらない。壁に近づくにつれて街の活気は失われていった。


「一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なんだよ、手短に頼むぜ」


「なんで魔物ってだけであんなに人は……」

「――それなら簡単、神様が決めたからさ」


 フォルナは壁の手前の道に降り立ち、ミチカを肩からおろした。自分の意志意外で体の形が変わらないから地に足をつけるのは一工夫必要で、バランスを取り直すのに手間取った。


「こっから先は歩きだぜ。さっきは急に持ち上げて悪かったな。目的地は門の外だぜ」


 城壁に空いた穴、古びた木製の門、周囲の住宅には人気ひとけがなく警備もいないようで容易に城壁の内側と外側を行き来できるようだ。無人の関所、その先に広がる道は広く物流の出入口であったかのような、空の木箱などの残骸が転がっている。しかし今は荒れ果て、静まり返っていた。

 フォルナが歩き出したのに続いて門をくぐり抜ける。


 ところどころ落書きのようなものがあったかと思えばその先には、エネルギーの感じられない静かな街が広がっていた。

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