第八話〈迷路》
ミチカには企てがあった。
本を買いあの反対の扉の少女にあげるというのは半ば自己満足に近い部分がある。それよりも何気なくただ棒をあげ、さらに堂々と買い物をする、その話を聞いたとき案の定見せたのフォルナの嬉しそうな様子が何よりの行動原理だった。ところで、
「これはかなり予想内の展開になってきたぞ……」
ミチカは暗くまた張り巡らされた迷宮のような路地裏を見てつぶやく。道を知ることもなければ声はめっきり聞こえなくなり、とうとう行き場を失ったという状態だった。
つまり道に迷ったということだ。
陰気な路地裏はさっきと対して変わらぬくらい様子でその不快感は甚だしい。
これは偶然かそれとも必然か。
少なくともナナが地図を求めた時点であの家に地図はない。それすなわち地図を入手するのは不可能だということを表す。
加えてフォルナは屋根をきっとぴょんぴょん跳んでいるだろうから道を知るはずもない。
「よしっ。俺悪くない!」
しかしよくよく考えてみれば何躊躇無くさっきのところまでたどり着いたのだからやっぱりフォルナは道を知っている。つまり聞けば教えてくれただろう。いや、ちがう。ミチカが聞かなかったのは、適当にフラフラしてれば大丈夫だなんて軽口叩かれたからである。やっぱり自分は悪くない
「――わけないよなぁ。道しっかり聞いておけばよかった」
今更後悔しても後の祭り、どうあがいても自力でこの大迷宮から脱出しなければならないのである。こういうのの一番の対処法は一心不乱に突っ走ること。ただし今のミチカがその手段を使おうものならものの数分でダウンしてしまうだろう。
では少し頭を使った方法、ひたすら右の壁沿いに進んでみるというやつを試してみるかと、ミチカは湿ったザラザラのレンガに手を伸ばし歩き始めた。いち早く商店街に出るのは重要、例えフォルナが仮面を外していてもその貧しい身なりと、あの金色の髪があれば感のいいやつは気づいてしまう可能性がある。
大して進みもしないうちに、道は右折している。
生憎ながらまだ通りは見えてこず、更にマイナス点をあげるとすればそれは強盗あるいは盗みがフォルナの専売特許ではなかったということだろうか。
「や、やべぇ」
こちらをまっすぐ見ているのは二人組のチンピラだった。それもひとりが肩車でもうひとりを持ち上げちょうど窓から家に侵入しようとしている。運良く彼らはこちらを恐れているようだった。
なぜだろうとしばらく考えたが答えは単純明快であった。フォルナの変装が原因だ。
「おいっ相棒、こいつもしかして」
「ああ。この仮面、あの大強盗のフォルなんとかだ……」
フォルナはどうやら相当なまでの有名人らしい。まあこうも目立つ仮面をしてれば有名になるか……。しかし貧民街まで捕まえにいかないのはなぜだろう。それほどまでにあの街は国から捨てられたも同然なのか。
考えるのはさておき今はこのチンピラ共の対処である。きっとすんなり逃げてくれるのだろうとミチカは軽い気持ちで立ち尽くしていたが、どうもそううまく事は運ばれないらしい。
「俺らってこいつの影が濃すぎて全然盗みに入ったりカツアゲしても捕まらないんだよな?」
「多分そうだ」
「ってことは邪魔者か?」
「そうなるな」
息ぴったりな様子はもはや漫才コンビに近いリズム感を感じてしまう。それより問題はなぜ自らの犯行が影に隠れることを良しとしないかだった。
「ちょっと待て、お前らどういうつもりだよ」
「兄貴、こいつ案外弱そうに見えね?」
「そうだな」
「こいつが消えたら俺ら有名人だよな?」
「そうだな」
もはやコイツラ本当に漫才コンビか何かを目指しているのではないだろうか。それはそうとしてもうちょっと強気でいったほうが良かったかとミチカはふっと出た言葉を省みる。そうは言っても合ってまだ間もない人間の演技をするのは一筋縄ではいかない。しかしそれを成し遂げなければもはやこの作戦は支離滅裂である。
混乱しかけたミチカを放っておいてチンピラAは形振り構わず猪突猛進で拳を構えて殴りかかってきた。
「うわっ」
「あががぁ……」
あまりに唐突だったのでとっさにミチカは構えるが、大した痛みはこずまたやられたのはチンピラAである。なおチンピラAはさっきから疑問文担当だった方。トゲトゲの腕輪に不良のあのバカみたいに長いやつじゃなくて普通のリーゼントの筋骨たくましい男だった。
彼の指だらりとぶら下がり力なく揺れている。反動は凄まじかったらしい。むしろ頑丈な石を全力で殴ったらそうなるのも当然といったところか。とするとやっぱりフォルナは馬鹿力だけでなく強い。
「ここいつ人間の硬さじゃねぇ。コテでも着てるのか?」
「いや、何も着けてないっぽい。こいつどう見ても石だ」
「石田じゃねぇよ、神近だよ!」
「……」
渾身のボケのつもりだったが当たり前のごとくどうやら滑ったらしい。スーッと細く冷たい風が吹いた。
「こいつ、風魔法使ってないか?」
「いや、使ってないと思う」
チンピラBはロックミュージシャン風なロン毛を携え首を横に振った。どちらかと言うとこちらは細マッチョ、モジャモジャのひげそれはどうでも良くてミチカは少し傷ついた。チンピラAははそのまま地面に倒れかかったままで右腕をぐっと抑えている。
心配そうに優しくチンピラBはチンピラAに寄り添った。大変仲がよろしい。本当にこいつら強盗なのか、彼らの言動から犯罪行為は少なくとも読み取れるがなにかすごい申し訳ないような気持ちで心が汚染されていった。
「チキショオォ゛ォ゛!」
チンピラBは突如化け物じみた奇声を上げて殴りかかってきてしまった。これをかわし続けるのは体が持たないしかと言って殴らせてしまえば傷つけてしまう。どうやったらこの場を簡単に脱出できるか、それはすぐに脳裏に浮かんだ。
「すまないな」
ミチカはできるだけ力を入れずにチンピラBの腹を拳で突く。チンピラBはのけぞり後ずさりしたが今だ元気なようで多少の腹を抱えたあとまた威嚇の視線を向けてきてしまった。
「ナニ゛ガズバデエダダ!」
もはや彼の言葉は聞き取れたものではない。目を充血で真っ赤に染め上げさせ青筋が浮かび腕の血管もまた太く浮かび上がっている。狂戦士じみたその様子には少々では物足りない、ドン引きだった。その眼には涙が浮かび相当なチンピラAへの思いが伝わってくる。ホントなんなんだよコイツラとミチカは心の中でつぶやいた。これから何が起ころうかというところで、
――ミチカもチンピラBも動きが止まる。
「ええ? いい年した男二人でこんなか弱な女の子ひとりいじめるとは情けないこった」
立場的にはまるで早くもセカンドヒロイン登場のように見える。しかし、残念ながら目の前にいるのは紅い腰まで届くほどの長髪を持ったおっさんであった。ミチカ達の理由もよくわからない争いに乱入してきたのはおっさんであった。
か弱な女の子とは自分のことだろうかと思うと複雑な気持ちだ。そのうえ劣勢だったのはむしろ相手、どちらも盗みをする悪人という立場以上助けられるのは彼らのほうが正当な気がする。フードと仮面とマントでほとんど何も見えないのに少女と言えるということは彼もきっとフォルナの存在を知っているということだ。なおさらこのチンピラ二人組が可哀想でならない。
おっさんは剣士的な服装だが小型のゴツゴツとした肩当て、にドクロのネックレスなんていかにも悪人そうな格好をしている。
「さあ、嬢ちゃんは引っ込んでな。この大人げない奴らは俺がぶちのめしてやるからよ」
なんなんだこのおっさんは。




