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さんのいち


勇者に拾われたと思ったら、魔王だった。

何を言っているかわからないと思うが、私もわからないので安心してほしい。

まず勇者に拾われ、これからの人生に期待と不安を抱いていた私を待っていたのは、血なまぐさい洗礼と衝撃の事実だった。

街からつけてきていたとご丁寧に教えてくれた盗賊たちは、勇者の背中からにょろんと出てきた黒い触手のような、鎌のようなもので残らず首と胴体を切り離され殺された。

もう本当にそれだけでも気絶してしまったというのに、自分は本当は魔王と呼ばれる存在なのだとか言われた私の気持ちを考えてほしい。

しかもそのあと血がついて汚いとか言い出して、服を脱がされ洗われた時は怖いやら恥ずかしいやらでもう訳が分からなかった。


勇者、じゃなくて魔王は、自分が殺した勇者の体に入って人間の世界を観光しに来たのだと言った。

正直、意味が分からない。

というか魔王ってそんなほいほい遊びに出かけていいような身分なのだろうか。

ほいほい遊びに来られては人間としてもたまったものではないが、魔王がいなくなったら魔物たちもとても困るのではないだろうか。

だいたい本当に彼は魔王なのか。

色々な疑問はあったけれど、私はいまは奴隷という主人には絶対に逆らえない立場だったし、なによりせっかく拾った命をやすやすと捨てる気持ちにはなれなかったので、彼の話をひとまず信じることにした。

実際、魔王は六人もの盗賊を瞬き一つのうちに殺してしまったのだから、彼が魔物であり、私のような脆弱な人間がとうていかなう相手ではないことは明白である。

それにそんなに悪い人ではないと思ってしまうのは、私がちょろいすぎるだけだろうか。

魔王はひょうひょうとしていて、どことなく取っつきにくいというか冷たい感じがするのだが、そんなに悪い人ではないようなのだ。

奴隷市場でかけてくれた言葉は私に生きる希望を抱かせてくれたし、食べ物だってちゃんとくれた。いまのところ暴力を振るわれたこともないし、性的な関係を求められてもいない。盗賊が殺された時にかかった血を魔法で洗い流してもくれた。

まぁ、問答無用で服を脱がされた時はちょっとどころではなく嫌だったけれど、その代わりこの人に人間の常識というものを求めないほうがいいのだなということはわかった。

あと、綺麗な服を買ってくれたのだ!しかも、三着も!

昔の私だったら、ワンピースなんて寝間着みたいでいやだなんて言ったかもしれない。

しかし父が処刑されてかは本当にひどい生活を送っていたので、まともな新しい服を手に入れた、それだけのことでも涙が出そうなほどうれしかった。

それと同時に忘れていた女の子としての気持ちも取り戻せた気がした。

奴隷だった時はもう裸じゃなければいいと思っていたが、やっぱり人前に出ても恥ずかしくないレベルの服を着ることって精神の健康にすごくいい。

ひらひら最高!花柄最高!


というわけで服装を整えた私と魔王は国王のもとへ行き、魔王討伐の旨を伝えた。

一生懸命頭を絞って考えた設定もなんだかあっさり信じてもらえて、魔王は屋敷と爵位をもらえることになった。

そして与えられた屋敷は、なんと私たち家族が住んでいたタウンハウスだった。

屋敷は何一つ変わることなく、私たちを出迎えてくれた。

母とともに紅茶を飲んだテーブルも、父の書斎も、兄がよく剣の鍛錬をしていた中庭も。

すべてすべて変わらずあった。

……もう私以外、みんな死んでしまったというのに。

恥も外聞もなく泣き叫びたい衝動が私を襲った。

けれど不思議なことに涙は出てくれなくて、ただただ失った日々、失った家族への悲しさとやるせなさが募るだけであった。

そう思うと、またこの屋敷に戻ってこれたということが、この上もなくありがたいことに思えて、私は魔王にこれからもよろしくお願いしますと頭を下げたのだが、彼はどこ吹く風といった感じだった。

なんだかなぁという感じだったけれど、そのほどよい無関心さがありがたい気もした。





「もっと効率よく人間のことを学ぶ方法はないものか……」

屋敷を手に入れたその日の晩。

市場で買ってきたパンをかじりながら、魔王はそう言った。

使用人はまだいないので、屋敷には私たち二人しかおらず閑散としている。

少し埃っぽかったので、使用人がやっていたのを思い出しながら見様見真似で掃除した部屋はピカピカとまではいかなくともなんとか人が住んでいけるレベルにはなっている。

とにかく明日は使用人を探しに行かなければなるまい。

あと国王が勇者帰還と魔王討伐の祝賀会を開くと言っていたから、魔王にマナーや立ち振る舞いを教えないといけないし……。

などなど明日からやることを考えてぼんやりしていた私の額を魔王の指がコンコンとノックする。

ちょっと痛かった。

「聞いてる?」

「ごめんなさい。えっと、効率よく人間のことを学ぶ方法、でしたっけ?」

「そう」

そんなこと急に言われても……。

下手なことを言っても、きっとこの妙に素直な魔王は真に受けてしまうだろう。

人間のことを学ぶ、か……。

ああ、それなら、

「本を読まれてはいかがですか?」

「本って、あの箱みたいなやつ?」

壁の飾り棚も兼ねている本棚に差し込まれた本を指さし、魔王は金色の瞳をきょろきょろさせる。

食事中に席をたつのはマナー違反なのだが、そういう細かいことをいう人はここには誰もいなかったし、奴隷となった身でそんなことをいちいち守るのも馬鹿らしい気がして、私は本を数冊とって食卓に戻る。

魔王は興味深そうに革の表紙を撫でて、適当にページをパラパラめくった。

古い本の埃っぽいような甘い匂いが鼻をかすめる。

真剣に本を読んでいたと思ったら、魔王は大変だと眉間にしわをよせ呟く。

「ど、どうされました?」

なにか機嫌を損ねるようなことでもしてしまっただろうか。

不安でドキドキする心臓の音を聞きながら魔王をうかがうと、彼は真面目腐った顔でこう言った。

「文字が読めん」

そういう表情があまりに真面目なので、なんだかおかしくなってしまって私はしらずしらずのうちに笑いをこぼしていた。

すると魔王はちょっとむっとしたように口の端をひん曲げる。

「ごめんなさい。魔王様ってもっと怖い方だと思っていたんです。でも凄く優しいし、素直だから、つい」

慌てて弁明すると、彼は気をよくしたのか、そうだろう。そうだろうとも。自慢げに繰り返した。

魔王がこの国で何をしようとしているのかとか、本当に人間を滅ぼしにきたのではないのかとか、色々考えなければならないこともある。

けれど彼と一緒にいると、少しだけ楽しいと思える。拾ってもらった恩義もある。

それにこの国がどうなろうと知ったことかと思った。

だって私たち家族が没落したとき誰も助けてはくれなかった。

確かに父は重罪を犯し、王女の婚約者と大勢の兵士が命を落とし、国民の暮らしも脅かされた。

だけど私たちも石を投げられ、罵られる必要はあったのだろうか。

私はおろかな人間だから、その時のことを思い出すとこんな国知ったことかなんてひどいことを思ってしまうのだ。

だから私は魔王に尽くすことにした。

それが私の仕事なのだから。

それで何か恐ろしいことが起こったとしても、どうせ罪人の娘が、本当の罪人になるくらいなのだから。

私は奴隷として魔王に買われた時に胸に刻まれた契約印を服の上から抑えた。魔法によってつけられたその印が、痛むはずがないのになぜかチリチリと少しだけ熱を持っているような気がした。


それから毎日はめまぐるしい勢いで過ぎていった。

慣れないながらも使用人を雇い入れ、財産の管理を行い、生活の基盤を整えていった。

魔王を倒した勇者の帰還はあっという間に広まり、王都はお祭り騒ぎに。

勇者の話を聞こうと様々な種類の人たちがやってきたりもした

その客人らに勇者は魔王の呪いで記憶を失っていて、仲間の死のこともあり、いまはとても話せる状況にないと追い返すだけでも本当に大変な仕事であった。

中には私が奴隷だと知って露骨に嫌な態度をとる人もいたが、ぐっとこらえてひたすらに頭を下げた。

私が奴隷なのは覆しようのない事実なのだと。子爵令嬢だったアウレリアは死んだのだと。何度も自分に言い聞かせて。

しかしなにより大変だったのは、魔王の相手をすることだった。

人間界を見に来たというだけあって魔王の好奇心は旺盛で、すぐ街へ飛び出していこうとするから変装させて、目立ちすぎないようにフォローする必要があった。

自分をたたえる祭りだとか言うことは気にも留めず、真新しい物は何でも手に取り、食べ物は手当たり次第に食べ、見世物が開かれるとあってはすっ飛んでいく。

まるで五歳児だ。

かと思えば、昼間せわしなくしていた反動のように夜は黙々と読書をする。父が仕事をしていた書斎で。

そのすきに私はくたくたな体に鞭打って屋敷のことをする。

彼が籠っている部屋をたまにのぞくと、魔王は背中からあの黒い触手を出して一度に三冊読んでたりしているので、使用人が間違って入らないように追い払ったりもした。

とはいえ遊び惚けてばかりいても人間界のルールは身につかない。

それも仕事のうちと考え、食事時の前後に私が教えられる範囲でマナーや立ち振る舞いを教えた。

魔王は意外にも頭がいいらしく、文字だってすぐに覚えたように、一度教えたことは難なく覚えてしまう。

なかでも彼は読書の次にダンスが気に入ったらしかった。

最初は私がリードしていたのに、いつの間にか私がリードされる側になっていて、本で読んだとかいう難しいステップを今度はこちらが覚えさせられる始末であった。

そんな忙しい日々を送るうちに、ついに王宮から祝賀会の招待状が届いた。





祝賀会が開かれる日、どういうわけか私は高価なドレスに身を包んでいた。

いつもは一緒に働いているメイドにコルセットを限界まで絞められたときはいじめかと思ったが、着付けをしてくれているメイドはどちらかというと職人気質なところのある人で私がアウレリアだとかそういうことよりも、自分の仕事をまっとうすることへの執念がすごい人だった。

もちろん屋敷で働く使用人たちは、私のことを知っている。

罪人の娘、元子爵令嬢のアウレリアを。

そして今は魔王の奴隷だということも。

時々やりづらい時もあるし、陰口をたたかれるときもあるけれど、この屋敷の主人である魔王が私を重宝してくれるおかげでなんとかやっていけている。

そうでなければこの屋敷を私が回すことなどできなかっただろう。


それにしてもどうして、ドレスを着せられているのか。

本当はまともなワンピースを着ることも、こんな高価なドレスに身を包むことも二度とないはずだったのに。

厚手のドレス生地はつるつると肌触りがよく、撫でる手が少し震えた。

「どうして……」

「お前が俺の準備にばかりかまけて自分の用意を忘れているようだったから、変わりに用意してやったぞ。俺はできる魔王だからな」

なんて言って、魔王は胸を張った。

ぱっきりとした黒地に細やかな金の刺繍。金の細い装飾用の鎖がしゃらしゃらと涼しげな音を立てる。

髪や瞳の色も含めて、黒と金でそろえた夜会服に身を包んだ魔王は、勇者というよりも夜の国の王子のようだった。

服を見立てたのは私なのだが、抜群に似合っている。これは自画自賛してもいいだろう。

そんな王子にせっかくドレスを用意してもらったところ申し訳なのだが、私は自分の用意を忘れていたわけではなかった。

というか奴隷ごときが国王が主催する祝賀会に出られるわけがない。

そう率直に伝えると魔王はフクロウのように首をかしげて、眉尻をしょんぼりと下げる。

「一緒に来たくない?」

「そういうわけではありません」

「ではなぜ」

「……私は奴隷です。奴隷がお祝いの場などに顔を出しては、他の方が気分を悪くするでしょう。それに魔王様の評判も」

「だから何だ」

「え?」

「俺は観光に来たんだぞ。飽きても別の国に行くし、お前を連れ歩いて居心地が悪くなるようでも別の国に行くだけだ」

「それは、そうでしょうけれど……」

実をいうと、私自身が祝賀会に出たくなかったのだ。

だって私は曲がりなりにも元子爵令嬢で、本当に半年前までは貴族の一員としてふわふわと生きていたのだ。

それが今や罪人の娘で、しかも奴隷。

そんな自分が祝賀会なんてところに行ったら、どんな目で見られるだろう。

どんなみじめな思いをすることになるのだろう。

そう考えると怖くて辛くて悲しくて仕方なくなってしまう。

黙り込んでしまった私に、魔王は途端に興味を失ったように、まぁいいけどと言った。

あ、いいんだ。とちょっと拍子抜けしてしまう。

行きたくないのは本心だけれど、そう簡単にまぁいいけどなんて言われるとちょっと寂しい。

我ながら面倒くさい女だな。

「だが王宮まではついてこい。本のおかげで人間界のことはわかったつもりだし、大概のことは記憶喪失を言い訳になんとでもなるだろう。それでもやはりわからないことはある。だから従者として連れていくし、困ったことがあったら呼ぶ。そしてお前はそれを解決する。いいな?」

それなら従者の控え室までだし、友達だった令嬢たちと顔を合わせずにも済むだろう。

……きっともう彼女たちは私のことを友達などと思ってもいないだろうが。

「わかりました」

そう答えると、魔王は無表情でいることが多いその美しい顔をほんの少し和らげた気がした。もしかしたら私の見間違えだったかもしれないのだが。


従者用の控室でも事情を知っている者はいて、正直あまり居心地はよくなかった。

「罪人の娘がうまいこと勇者様に取り入ったものね」

「勇者様に何と言って同情を引いたのかしら。いやだわぁ」

「何をたくらんでいるのやら」

などなど。

ヒソヒソと、だけどわざと聞こえるくらいの悪口に胃がキリキリしだしたころだった。

会場のほうから一段と大きな歓声が聞こえてきたのだ。

何があったのだろう。

そうぼんやり会場のほうを眺めていると、少し経って王宮の侍女がやってきて勇者様が呼んでいると教えてくれた。

侍女に案内されて急いでいくと、魔王は王宮の庭の隅、ひっそりと佇む東屋で私を待っていた。

「ど……アウレリア!」

……いま一瞬奴隷と言いかけなかっただろうか。

いや、気にしないでおこう。

むしろ私の名前をちゃんと覚えてくれていたことを喜ぶべきだ。

魔王は本を読んでいるときも、使用人を雇った時も、人の名前が覚えられないとさんざんぼやいていたのだから。

「どうなされたのですか?」

「面倒なことになった」

「はぁ、面倒なことですか」

「ああ、王女と婚約することになった」

本当に面倒だと思っているのか疑わしい無表情だったので、一瞬へぇ王女と婚約することになったんですねーなんてのんきな返答をしそうになった。

へぇー、王女……。

王女?

お、王女!?

「えー!?」

思わず叫ぶと、うるさいと顔をしかめられる。

だけど、だって、王女様と婚約なんて、そんな。

「婚約することになるなんて聞いてないぞ」

こっちだって聞いてない。

「ど、どうしましょう……」

どうして気が付かなかったのだろう。

王女の婚約者であった公爵は、私の父のせいで死んでしまっている。つまり王女の婚約者の座は空席になっていた。

そこに勇者が魔王を討伐して帰ってきたとなったら、そりゃ婚約させるに決まっている。

魔王を討伐したってことにして報酬をもらっちゃえばいいじゃない!なんて浅はかなことを考えた奴は誰だ!

……うう、私です。


「断るしかないだろう」

「こ、断るって……」

そんなこと許されるのだろうか。

国王の命に背くことになるのだ。

いくら勇者でも……。

それに王女はこの国一番の美少女だ。それを何の迷いもなしに断るなんて。

「いや、待てよ……」

それまで憮然とした面持ちでいた魔王は、突然あごに手を当て何やら考え事をし始めた。

「魔王様?」

黙っていろと横目でにらまれ、慌てて頭を下げる。

どうしたのだろう。

何かいい考えでも思いついたのだろうか。

それともやはり魔王。何か恐ろしいことを……。

その時、東屋に新たな人影が現れた。

よく考えたら先ほどの会場から聞こえてきた歓声が王女との婚約を発表したものに対してだったとして、魔王こと勇者はそこから抜け出してきたことになる。

誰かが迎えに来たのかもしれない。

とっさに首を垂れた私に、その人物はなぜか驚いたように体を硬直させた。

「アウレリア?」

それは一番聞きたくなくて、本当はずっと聞きたかった声だった。

恐る恐る顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。

すらっとした細身に魔王とは対照的な白を基調とした優雅な夜会服をまとい、金糸のような美しい髪は緩く束ねて肩に流している。中世的な整った顔には、知性を秘めた青い瞳が輝いていた。

「ユリウス様……」

私の元婚約者であり、大好きだった人。

そして父を告発し、私たち一家を破滅させた、正義の貴族。

ユリウス・フォルトナーがそこにいた。



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