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最終話1


魔王が私を置いていくなら追いかけるまでと決めたはいいものの、やはりけじめとして父のことはすっきりさせておかなければならないし、なにより身分が奴隷のままはまずい。

父はどちらかというと無口で、余計なことは言わない人だった。だから法廷で叫んだという、「私は証拠を持っている」という言葉が口から出たでまかせだとは私には到底思えなかった。

もしも父の隠した証拠を見つけることができれば、それは立派な交渉材料になるだろう。

魔王を追いかけて別の国に行くにしても、魔物の森に行くにしても、まず何よりお金が必要だ。そして信頼できる護衛も。

それらを私一人で短期間に用意するのはほぼ不可能だ。

となると父の残した証拠をなんとしても見つけて、それを材料にユリウスと交渉するほかない。

ユリウスの目的は諸悪の根源であるカペル侯爵とその手下どもを政治の世界からきれいさっぱり排除することなのだから、私がこの国を出奔しても彼には何の問題もないはずだ。


考えをまとめてすっきりした私は、焦る気持ちを抑えつつ、ひとまず従順になったふりをした。

そして頃合いを見計らって、ユリウスと話す場を設けてもらった。

昨日の話をすっかり飲み込み、今は落ち着いている。

ユリウスの庇護下に入って、身分を回復させてほしい。

といった旨を伝えると、彼はほっとしたようだった。

「そうか。実はそろそろ僕も王都に戻らなくてはいけなくてね。君をここに残していくか迷っていたんだが、もう落ち着いたというならともに王都へ戻ろう」

渡りに船とはこのことか。

自分から言い出すまでもなく、王都に戻れそうだとわかって私は内心手を叩いて喜んだ。

「ありがとうございます。あの、一度自分の屋敷に戻ってもよろしいでしょうか?御厄介になるにしても、荷物をまとめていきたいので」

「ああ、そうだね。では君は一度屋敷に戻るといい。あとで迎えの者をよこそう」

言い終わらないうちに腰を浮かせたユリウスは、そうだと付け加えて言った。

「髪の毛、一つに縛っているのも似合うね」

いつもおろしている髪を縛っていたのがよほど珍しかったのか、彼は無邪気にそう笑った。

彼に対する感情は複雑だとしか言いようがない。

ずっと憧れていた。本当に慕っていた。

私たち家族を見捨てて国を、自分の目的を優先させて、魔王にけがを負わせて、そのことを恨む気持ちは確かにある。

けれどたぶんこの人のことを心から嫌いになることはできないのだろうと諦めのような悟りを得てしまい、苦笑してしまった。

「ありがとうございます」


こうしてとんとん拍子に話は決まり、夜通し馬車に揺られて、翌日の昼過ぎには懐かしき我が家へと帰ってきた。

王都は活気にあふれて、なにやらざわついており、今日は何か祭りごとでもあったか首をひねる。

監視として、私と魔王を監視するべく送り込まれていたあの几帳面なメイドさんも同行することになった。たしかユリウスは彼女のことをヘルガと呼んでいた気がする。

意外なことにヘルガは私の監視という名目で同行しているにも関わらず、私のそばにべったりと張り付くというようなことはしなかった。

おかげで私は自分の部屋からこっそり抜け出して、書斎へ行くことができた。

しばらくは書斎ではなく、自室の片づけをしていると思わせることができるはずだ。


「大切なものは目の届くところに……」

夢か現かに思い出した父の言葉をひたすら繰り返しながら私は部屋の中をぐるぐると歩き回り、本棚や家具の後ろに隠し扉はないか見て回った。

一度見たところも念入りに何回も確認する。

もしかしたらここではないのかもしれないという不安に何度も襲われるが、いつも目の届くところと言えば、ここしかない。父は寝るとき以外はほとんどこの部屋で過ごしていたのだからと自分自身に言い聞かせて探し続けた。

動物みたいにうろうろ歩き回るのも馬鹿らしくなって、父の真似をするように椅子に座ってみる。

分厚い一枚板で作られた書き物机の天板はつやつやとして、撫でると少しひんやりしていた。

こんな調子で見つけることなんてできるのだろうか。

もう時間もあまりない。

私は頭もよくないし、勘だっていいわけでもない。

やっぱり無理だったんじゃ……。

「うるさい!」

ゴンッと机に頭を打ち付け、負の連鎖の思考を無理やり終わらせた。

代償として額に鈍い痛みをおうことになったが、むしろ痛みで頭がすっきりしたような気がする。

天板の裏や引き出しの側面を指で確認していきながら、なんとはなしに引き出しを開けてみた。

中には魔王が置いていった書類や文房具がまばらに入っている。

一段目から順番に開けて行って、四段目まで開けたが何もない。

落胆しながら四段目を元に戻そうとして、インク瓶が引っかかって上手く引き出しが戻せないことに気が付いた。ガタゴトとしばらく格闘して、なんとか引き出しをもとに戻す。

違和感を覚えて私はもう一度四段目を開けた。

そしてインク瓶を取り出し、今度は三段目に入れてみる。すると三段目の引き出しはスムーズに戻すことができた。

「もしかしてここだけ底が浅い?」

床に這いつくばるような姿勢になって、四段目の引き出しをよく見てみると、前板だけが少し大きく、正面から見た時よりも実際の底が浅いことが分かった。

私の指二本程度だが、四段目の下には空洞が存在する可能性が出てきたのだ。

底に手を這わせて、継ぎ目に爪をひっかけてみたり、押し込んでみたりと色々と試したが上手くいかず、気が付くとすっかり息が上がってしまっていた。

一旦落ち着こうと額の汗をぬぐう。

一度机を横に倒して、底を直に見てみるとか?倒せないこともないだろうけど、大きな音を立てずにとなるとかなり難しい。

汗だくになって必死に無い頭をひねっていると、まるで机に笑われているような気持ちになってくる。

笑う?机が?

どこかで似たような言葉を聞いたような……。なんだったっけ……。

「ああ、数え歌か」

二本脚の机、引き出し叩いて笑ってたという、意味のわからない歌詞を思い出して、すっきりする。

二本脚じゃグラグラしてとても立っていられないだろうに。まぁ数え歌なんてそんなものなのかもしれないけれど。

そういえば魔王はこの歌は数え歌じゃないと言っていた気がする。数字が順番に並んでいないし、四までしか出てこないからおかしいと。


三つ子の子猫、手袋なくして泣いていた。

四本指の手袋なくして泣いていた。

二本脚の机、引き出し叩いて笑ってた。

四本指の手袋なくして泣いていた。

母さん猫に、大事なものから目を離しちゃいけないって言われてたのに


その瞬間、私はなぜ父がこの歌を私たちに教えたのか気が付いた。

興奮か緊張かで震えそうになる手で最初に三段目の引き出しを開けた。次に四段目。二段目。そして最後に四段目。

カタンと軽い音がして、引き出しの一番底が外れた。底と一緒に数枚の書類と紐で閉じた冊子も落ちている。

父はこの歌を数え歌だと私に教えた。

確かにこの歌は数え歌だった。

隠し引き出しを開けるための、数え歌だったんだ。

誰かにとられるわけでもないが、慌てて書類をひっつかみ、急いで中身に目を通す。

「お父様……」

そうしてようやく私は父の本当の姿に辿りついた。





書斎で見つけた書類と冊子を大切に布で包んで、貴重品とともに懐に抱えた私は監視役のヘルガに促されるまま迎えの馬車に乗り込んだ。

馬車はいつもよりもずいぶんと人通りの少ない大通りを進んでいく。

夕日の中濃い影は長く伸び、街を飲み込もうとしているように見える。

ドォーンと間延びした音がして、私はぎょっとして音のしたほうを見つめた。

もう一度ドォーンと腹に響く音がして、東の空に赤い煙が昇っていく様子が見えた。

この音はおそらく、空砲だ。

ということは何がしかの催しがいまから始まるのだろう。

この時期に祭りなんてなかったはず。

嫌な予感に、皮膚の下がざわざわと波打つようだった。

何より私を不安にさせたのは、東にある催し事に使われるような場所と言えば、決闘場しか思いつかないことだった。


「……今日は何かお祭りごとでもあったかしら?」

冷えた指先を握りしめて問いかけると、ヘルガはちらっと外に目をやり、常にこわばったように固く引き結んだ唇を開いた。

「ええ、国内に入り込んでいた魔物の処刑が行われます」

車輪が石をかんだのか、大きく馬車が跳ねた。

血の気が一瞬で引いたのがわかった。

勿忘草を置いて消えたのって、まさか、そんな。

「止めてください!」

御者席に通じる小窓に飛びついて叫んだ。

しかしぐっと後ろから羽交い絞めにされて座席に押し込まれてしまう。

「馬車を止めて!」

半乱狂になって暴れる私に圧し掛かって、ヘルガは相変わらずの無表情で言った。

「あなたが行ってどうなるというのですか。あの方を逃がしますか。そうして他の人々が殺されたとしてもかまわないと?」

「あの人はそんなことしません!」

「それを証明できますか?心優しい魔物だなんて口先だけの言葉を誰が信じますか?」

「それは……」

一瞬言葉に詰まる。

なぜなら私は魔王が人を殺したり、食べたりするところを実際に見たことがあったから。

けれど彼はそれを自らの食欲や娯楽のために行ったわけではなかった。

そりゃ私を殺そうとしたカールを丸のみにしてしまったのを目の当たりにしたときは、もうこんな恐ろしい生き物と一緒にはいられないと思ったけれど、元をただせば私を助けるためであったのだ。いやでも、食べるのはどうかと思うけれど!

少なくとも魔王は基本的には誰も殺したり傷つけたりしないよう気をつけていた。

それはきっと彼自身が本質的にそういうことを好まないからで、生き物を、人間を好ましく思っているからなのだ。

「ともに暮らしていてあなたは彼を恐ろしいと感じたことはなかったはずです。……確かにあの人は確かに恐ろしい魔物です。私たち人間など塵芥に等しいでしょう。でも心までもが怪物なわけじゃない」

「だとしても、あなたに何ができますか?」

まっすぐに見下ろしてくるヘルガの視線から逃れたい気持ちを押し殺し、私は彼女を見つめ返した。

「私はもう大切な人がいなくなってしまうかもしれない時に、何もしないで黙って見ているなんてしたくありません。何もできないかもしれないし、私がすることは間違いかもしれない。それでも私は行きます。あの人を助けたいから。まだ可能性はあるから。……約束します。絶対にあなたの主人の不利になるようなこと、この国を害するようなことにはならないって」

しばしの間にらみ合いが続いた。

誰かに向かってこんなふうに自分の意見を述べるのは初めてのことで、脳が発熱したようだった。

先に視線をそらしたのはヘルガだった。

彼女は御者席に通じる小窓を少し開け、馬車をいますぐ止めるよう告げる。

「ヘルガさん……」

「具合が悪くなったので、少しの間馬車を止めさせていただきます。私は目をつむって休みますので同乗者が静かに降りてしまったら、しばらくは気づかないかもしれません」

先ほど暴れて乱れた私の髪や服をてきぱきと直した彼女は、屋敷でともに働いていた時の顔と同じ顔をしていた。

「ありがとうございます」

思わぬ親切に鼻の奥がツーンとして、涙が出そうになる。

そんな私を見て、彼女はほんのわずかに目尻を下げて苦笑いのような表情を浮かべた。

「私は魔物がこの国に入り込んでいたことが恐ろしくて、少し気が遠くなっただけです。感謝されることではありません。……そうですね、付け加えるなら、あなたが魔物ではなく、勇者様に会いに行かれるのはまた別の問題だと判断したまでです。それだけです」

そうしていつもの不愛想な顔に戻った彼女は、まるで私などいないかのように目を閉じ座席に身を預けた。

彼女にはもう見えていないけれども、深々と頭を下げて私はそっと扉を開けた。

御者がこちらをみていないのを確認して、素早く馬車から飛び降りる。

思ったより高低差があって足がじんと痺れた。

よろけつつも書斎で見つけた証拠を包んだものを抱え直して、私は走り出す。

時々すれ違う人々が、髪を振り乱して走る私を驚いたように見ていた。

普段全く走ったりしないせいか、すぐに息があがってしまう。

ぜぇぜぇとみっともなく喘ぎながら、それでも私は走った。

足がもつれて転んでもすぐに起き上がる。不思議なことに転んでも痛みは感じなかった。

早く。早く。

急き立てられるように、私は走った。途中肺がねじ切れそうなほど痛くなって、足がとまりそうになったりもしたけれど、間に合わなくなってしまう恐怖に駆り立てられてよろよろとよろけながら走り続けた。

髪の毛を縛っていてよかった。そうでなかったら邪魔で邪魔で、きっと引きちぎってしまいたくなっていたことだろう。

ああ、早く。

もっと早く。

走らなきゃ。



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