幕間
「あれは彼じゃなかった……」
凍えるように体を丸めて、リーゼはうわごとのように繰り返した。
ユリウスの屋敷に戻ってくるなり、糸がきれたように彼女はその場にへたり込んでしまったのだ。
「あれは彼じゃなかった……」
ユリウスは落ち着き払った声で、どう違ったんだいと促す。
「彼のあの瞳……金色だった。最初はもしかしたら何か理由があるのかもしれないと思ったんです。だってリーンハルトの瞳は綺麗なグリーンだった。あんな、あんな気味の悪い金色なんかじゃなかった!」
夢から覚めたようにリーゼは泣きはらした顔でユリウスを見た。けれど彼女の悪夢はいままさに続いているのだろう。
ずっと待っていた恋人が別人になってしまっていたのだから。
勇者の瞳の色が違うという噂をユリウスが耳にしたのは祝賀会から一週間ほど経った頃だった。
覚え違いをしているのだろうと相手にしなかったが、ユリウスは何か引っかかるものを感じていた。
そしてリーゼの存在を知った。
勇者に疑念を抱いていたユリウスは彼女を呼びよせ、今朝、勇者のもとへ彼女を連れていくことにしたのだ。
リーゼは美しく繊細な肩を震わせて、何かにとりつかれたようにあれは彼じゃなかったと繰り返す。
「君がリーンハルトが別人であると確信したのは、蜂が原因だね」
リーゼはこくこくと頷き、両手で顔を覆った。
「彼は蜂が嫌いだったんです。蜂ごときを勇者が怖がってちゃ格好つかないなって、照れ笑いしていつも誤魔化してた」
いくら記憶がなくなっていても、苦手なものが変わるとは思えない。
「だけど見た目は本当に彼だったんです。手の甲には、ちゃんと子供のころつけた傷跡だってあった!」
困惑して、訳の分からない現象に恐怖しているリーゼの肩に毛布を掛けてやって、ユリウスは一人遠くを見つめる。
彼の目は玄関わきに飾られた花を見ていたが、本当はずっと遠く、別のところを見ている。
その闇の中には、金色の瞳が二つギラギラと輝いている。
「お前は、誰だ」
そう低い声でささやき、ユリウスは眉根をぐっと寄せる。
その顔はいつもの穏やかで正義の青年貴族然とした彼の姿からは想像がつかないほどに、険しく鋭い。
「リーゼ、君に頼みがある」
唐突に頼みごとをされたリーゼは困ったような、けれどユリウスがなんとかしてくれるかもしれないという根拠なき期待をもって彼を見上げた。
「あるものを盗み出してきてほしいんだ」