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試験が終わってお披露目

 乾いた風が頬を払う。梅雨のない地域の夏は遅く、春の延長線上の温かさを引き連れてきた。半そでにはまだ早く、衣替えの必要は天候との相談で決まる。6月、緑の多さは春を覆い隠し、初夏へと気持ちを誘うが、露出した肌はより強い太陽光を求めていた。

 

 まりんのテストの出来は、上々であり頑張ったかいもあった。副委員長としての責任感が、実力を押し上げたのだ。委員長の緑川はトップ、溝手は惜しくも二位に甘んじている。溝手は不満そうな顔をしていた。自分が一番になる気概があったのだろうか。

テストが終わった解放感と共に、相棒のお披露目会が、まりんの頭を占領していた。


 情報通の朱理が教室に着くなりまりんたちに特ダネを知らせる。

 「6月の発表会は、川中島の戦いをやるんだって」

 朱理は、一息置いてから話を続ける。上杉謙信役が緑川和馬で、武田信玄役が三年生の誰かだそうだ。三年生の名前が飛ぶところが、そそっかしい朱理らしかった。日時は二週間後の土曜日、放課後になる。

 

 「騎馬武者姿が見れるね」

 朱理がとびっきりの笑顔で、声高く語る。期待に裏打ちされた発声は、はっきりとしたリズムで抑揚を響かせる。少し早口で舌ったらずな口調が、教室内を小さな輪を創る。

 「これ、前売り券とかあるのかな」

 事情を知らないまりんは、朱理に訊いてみた。なるべく前の方で見たいと思ったからだ。

 「そんなものないよ。先着順だよ。早い人は掃除サボって駆け付けてるよ」まりんは慌てて当番表を見に行く。幸い掃除当番は当たっていないようだ。貼られてから間もない当番表の印字は切り絵のように輪郭を際立たせていた。



 歴史研究会の当日。お披露目場所には、大道具として幔幕のような布が張られて、本陣を演出している。

まりんはHRが終わると、カバンなどを教室に置いたまま、校庭の隅へと向かう。足は開きがちで大股になる。気恥ずかしさより期待感が上回る。すでに見物人が十名ほど待ち構えていた。馬の体臭か、濃い動物の臭いが口の周囲を覆ったような気がした。馬術部の部員が馬を引き連れている。手綱を手にして長い顔が、まりんの頭の上を通り過ぎていく。思ったよりも背中が高い。茶色の体色がより暗く重い色彩として印象に残る。


 白い布が太陽光を吸い込んで眩しく輝く。緑川が裏頭(かとう)を頭にかぶり、鎧姿で現れた。初夏の陽気が凍り付き、血管が縮まるような緊張感が走る。と同時に女性たちの、満を持した歓声が帯になって空気を包んだ。


 信玄役の三年生には気の毒だが、役者が違いすぎるような気がした。彼は重そうな鎧を身にまとうと、気合を込めて腰を上げて歩き始め。本陣の座椅子に座りこむ。才気ばしった若さを重量感で抑え込むには、まだ貫禄が足りないような感じだ。もし、ここが本物の戦場なら、勝負はついているだろう。


 「本番行きまーす」部長の叫び声が、天空へと伸びる。ビデオ部がカメラを構えている。編集して、販売でもするのだろうか。近くにいた朱理に訊いてみようと思ったが、「しっ」と遮られた。


 緑川が馬にまたがって、一直線に信玄の元へと駆け抜けてきた。映画でしか聞いたことのない蹄の音が耳を通して頭に響く。馬は信玄の近くに駆け寄り、緑川演じる謙信が、太刀を振って軍配に切りつけようとする。


 その刹那、馬が暴れて緑川を振り落とした。音が止まり動きがスローモーションに変わる。驚いて目を見開く緑川の表情は、居合わせた観客の海馬にしっかりと刻み付けられた。茶色のグランドも幔幕も黒一色で塗り込まれたような幻想に放り込まれる。


 すぐに、「大丈夫か」との声が響き、顧問が駆け寄る。野島は緑川にどこが痛いか訊くが、緑川は返答しない。歯を食いしばって膝を押さえている。まりんは想い人の危機に、生霊を飛ばしてしまったがどうすることもできなかった。


 救急車が呼ばれて、緑川は病院へと運ばれていった。空気は魚鱗を逆立てたように乱雑になり、女生徒たちは集まって身を案じていた。まりんは、緑川の無事をただ祈るしかなかった。目を強くつぶってひたすら頭の中で「どうか無事でいてください」と念じ続けた。

 

 

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