部活紹介
体育館で1コマ授業を潰して行われる部活紹介。退屈な授業に挟まれた四月の高校生活で、唯一、期待に胸が躍るイベントである。まりんは、昨年、この大事な日に、三日ばしかに罹って休むという不運なめぐりあわせで、緑川の艶姿はもとより、他の部の紹介すら見ていない。なので彼女は帰宅部にならざるを得なかった。
それでも、課外活動に憧れがあるのか、みのりの誘いで、競技かるた部の読手をしていた。ただし、声を出すのは得意だが、暗記物は不得手だったので、部活動には参加していない。
体育館の窓という窓にはカーテンで覆われて、体育館の壇上にスポットが当たるようになっている。選ばれた天界の間のように、光が注がれて、プラカードを持った部員たちが、放送部員に呼ばれてやってくる。副級長のまりんは、最前列で待機していた。委員長の緑川は、部活の中心的存在なので、そちらの方を優先している。
スポーツ関係の部が最初に呼ばれてユニフォームに身を包んでやってくる。壇上に上がれるのは三、四名で、世間的に知名度の高いスポーツは、活動内容が一目でわかって有利である。文科系の部は、スポーツと比べると不利になる。果たして緑川はどのような格好で来るのだろうか。
競技かるた部は、和服で登場してきた。みのりも部員獲得に向けて攻めに来た。白衣に身を包んだ生物部の後に、歴史研究会が呼ばれる。場内が歓声に包まれる。まりんは、自分の耳を疑った。
水色の着物に身を包んで和馬と部員たちがやって来る。月代は青々としているが、かつらなのだろうか、ちょんまげ姿が、笑いを誘わず、彼の引き締まった表情にマッチしていた。短く刈り込まれた眉毛に均整の取れた眼、高くて一直線の鼻筋、そして引き締まった口元は、現代に蘇った侍の姿をしていた。
「新選組」というかすかな話声を聞いて、時代物に疎いまりんは、やっと役柄を理解した。おそらく彼は
沖田総司なのだろう。その人物ぐらいなら名前だけは知っていた。間近で見るいつもと違う彼。普段自分のそばで仕事をしている彼と別のオーラをまとってそこにいた。
運動部から順番に、部活の概要を紹介し、入部の案内をする。運動部は、声が聞き取れない人も多いが、外見で得をしている。競技かるた部も、みのりが声を張り上げて、新入生に呼び掛けていた。
「ブームに乗り切れていない小さな部ですが。やる気はどこにも負けません。新入生の皆さんどうぞ」
みのりは緊張と慣れない着物で、上気だつほど汗をかいていた。火照った肌が、緊張の度合いをサーモグラフィのように照らしていた。生物部が、当たり障りのない部員募集の口上を述べた後、いよいよ真打の登場となる。
歴史研究会の緑川が中央のマイクに向かって歩く。草履の静かな音が体育館にかすかに響く。壇上に立った和馬は刀を抜いて見栄を切るパフォーマンスをしたのちマイクに語りかけた。
「時代を切り取り、現代に咲かせる。歴史研究会です。よろしく」
腹の丹田から出したような、よく通る声を体育館に響かせた。女子の嬌声が、木霊のように後から追いかけてきた。体育館の両側に並んで起立している教師陣も苦笑いをしている。
歴史研究会侮りがたし。その歴史については知らなかったけれど、ある日、時代劇好きな演劇部員が、歴史研究会として立ち上げたという話らしい。そして今は、文化部の中では一番、いや下手なスポーツ部よりもファンが多い部活動に成長した。そんな話を、珠里から聞かされていた。
体育館からクラスに戻ると、まりんは、気もそぞろに相方の日常への帰還を待っていた。しばらくして詰襟に着替えた緑川が帰ってくると。教室は歓声で彩られた。同級生の女子の見る目が、アイドルを目の当たりにした時の視線に変わっていた。こんなすごい人と一緒に委員長の仕事をする喜びと緊張感の波を同時に被ったまりんは、頭が宙に浮き、胸はNゲージの蒸気機関車のピストンのように速く動くのであった。
歴史研究会の次の活動はいつだろうか。まりんは、緑川の活動を近くで見たくなった。もし文化祭まで待つとしたら、それまで我慢する自信がなかった。彼女はおそるおそる相方に尋ねた。
「こ、今度の活躍はいつですか」
緊張して、活動という所を活躍と間違えてしまった。毛穴まで真っ赤に染まったような気がした。和馬はと見ると、にっこり笑って穏やかに答えた。
「テストが終わった後に、発表会が屋外であります」
それを耳にして、文化祭まで待たなくて良かったと安堵の表情で固まるまりんだった。しかし、まりん以外の同級生は、歴史研のスケジュールは把握済みなのだ。ライバルは多く、道は険しい。