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審判受諾

 まりんは確かな手ごたえを感じていた。自分の特性を生かした出し物を調べ上げて朱鞠にぶつける予定でいた。みのりと相談して決めたテーマが彼女の気持ちを奮い立たせて心拍数を挙げている。持ち込みに来た新人作家の気分。3%の不安とそれを凌駕する期待が心を占めている。いつもより早い足取りで高校へと向かう。


 真夏の校舎は陰影を日航写真のように浮かび上がらせて日向では全ての物を焼き尽くそうと身構えていた。黄色い光に照らされた壁をつたいまりんは浮足立って校舎に入る。ドアが閉まると一転して日陰になりひんやりとした空気が沸き立つ心に冷水を浴びせた。日光を吸った煉瓦は多少の温度さにびくともしない。


 大柄な女性独特の足音が聞こえて、まりんが振り返ると大江戸朱鞠が影を身にまとって立っていた。彼女は肩を振るとロングヘアーがバサバサと揺れる。大ぶりのカラスが羽根をたたむような存在感を魅せるしぐさ。実績によって朱鞠は堂々としたふるまいを身に着けた事は容易に想像できた。


「できたみたいね」

「どうぞご覧になってください」


 朱鞠は原稿用紙の束を手に取るとじっくりと目を通した。彼女の手は固まったままページを中々めくろうとしない。


「ダメね。甘いわ」

「えっ」


まりんは驚いて朱鞠内の黒目を見つめている。射貫かされそうな眼力にひるむことなくじっとり注視する。心で思う「負けるもんか」と。


「私ぐらいになると書き出しで何なのかわかるのよ。これは伝説であって歴史ではない」

朱鞠はわざとホチキスを外して原稿用紙をばらまいた。『刑部姫』と書かれた表紙が空しく宙を舞い裏返しになって地面に降りた。主を失った木の葉のように弱弱しく。


「それに、ここには核になる話が何もないじゃない。お話にもならないわ。どうせあなたの事だから幽霊の出てくる話に安易に飛びついたんでしょう」


 探しぬいて選んだプランが無下に打ち捨てられたのを見て、まりんは唇を噛みしめるのだった。

大丈夫、想定内、まだチャンスはある。心に何度も言い聞かせて(ひる)む気持ちに支えを入れた。


「帰るわ」

「待って、まだ企画はあります」


まりんはもう一つの紙束を渡した。一筋縄では行かないことを考えて二番手を講じていたのだった。だが、幽霊が絡む事象はこれが最後だった。


「わかるわ。果心居士の話でしょう」

「えっ」

「だいたいの歴史的な出来事は伝承に至るまで把握しているわ。それにこの話マイナーじゃない」

「ええ、でも」

 やっぱり、相手は私の話なんか聞く耳を持たない。最初から受け入れるつもりなんてなかった。最後の望みの桁が根元から少しずつ崩れていく。引き下がれない食らいつかなきゃ、と心を奮い立たせた。


「私は和馬の別の一面を引き出して見たいのです」

「別の一面」

「カッコいい和馬、りりしい和馬だけでなく弱みを見せる和馬を見せたい」


 朱鞠は微動だにせず話を聞いていたが、口元がふっと緩む。

「面白いわね。あなた」

彼女は格好つけなのかモデルのような足取りで教室内をうろついた後、振り返って話を繋ぐ。また髪が揺れた。

「保留にするわ。企画会議にかけてみるから」


 冷たい教室から解放されて、外の空気に触れ元気を取り戻す。あとは運を天に任せるだけだ。まりんは、とりあえず最初の難関を突破したことに安堵した。


「みのり。一応受け入れてくれたよ」

電話の声が弾んだ。ただ安心はできない。

「その企画会議、まりんも参加するの?」

「あ。 なんか無理みたい」

「行ってプレゼンすればいいじゃない」

「あー、そっか」

 プレゼンって何をするべきか。まりんの頭はプレゼンを求めて始動した。

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