文化部対抗戦
突然の他校生の来訪に色めき立つクラス、小鳥たちの群れの中に紛れ込んだ一羽の渡り鳥が異なる和音の羽ばたきを響かせたために、群れたちがざわめく様に似ていた。
それぞれ、市来の来訪について「ツインテがかわいい」から「対抗戦って何かしら」という温度差の離れた会話が、教室中に飛び交い紅葉しかけの森を描写するように様々な絵の具が飛び交って、モザイクのような表情を見せている。
「詳しくは帰りのホームルームで知らせるから、今は大人しく静かにしよう」
野島は、通りの良い声で、波だった水面を静かにさせた。咳き止められた声はくぐもったエコーを残した後、口中に封じ込まれる。何か言いたそうな舌が、口腔内で動きを止めた。
「では、緑川君席に戻って」
長身の彼を席に戻すと、野島は仕切りのための礼をさせて、教室から出ていった。統制が取れなくなったサファリパークでは、様々な生き物たちの憶測が声の矢羽となって飛び交い始める。
「つまり、あの子はうちに挑戦状をたたきつけたのね。目的は何なのか知らないけどさ」
朱理に告げられて、まりんは目的については黙っていようと考えた。おそらく、市来はまりんのマネジメント能力を測りに来たのだ。
今までは、歴史研究会の出し物のサポートを市来がやっていた。そこにまりんが出て来たのだから、自分の方が上だと誇示したいのだろう。おそらくこの対決の趣旨は、市来抜きで歴史研究会の出し物が成功するかどうか決着をつけるために仕掛けて来たのだと思える。
おそらくヒュッテマリア女学院の側も、歴史的な寸劇をぶつけてくると思える。その他の部はどこが選出されるかわからないが、もし念努高校が負けたら市来はまりんに手を引けと言ってくるに違いないだろう。
そんなことをぼーっと考えていたら、みのりが口を開いた。「可能ならその対抗戦にうちの部が立候補するわ」みのりは溝手の方を見据えて、柔らかく切り出した。
「溝手君にも戦力になってもらいます」
「いや読唇術は興味がわかないから」
「学校同士の対抗戦なら、ノイズキャンセラーの使用も説得できるんじゃない」
「難しいと思う」
溝手は興味が無さそうにかぶりを振ると、一時限目の教科書を読むそぶりを始めた。あまり、関わりたくないようであった。長居する客を帰すためにシャッターの一部を閉め始める食堂の給仕にも似ていた。
「どうしてそこでがんばりますが言えないの」
まりんの生霊が傍らに飛んだ。溝手は教科書を伏せて霊体のまりんを見つめる。数秒後あわてて本人が溝手の机の横に駆け寄った。
「何かやろうとする時に、ダメな可能性を一番に考えるんじゃないわよ」
とだけ語って、まりんは振り向くと自分の席に戻って行った。
「こえ~おんな」とのヤジが聞こえたが、まりんは無視をした。今の言葉は溝手に響くのだろうか。まりんは気にしつつ、勉強した発達障害に関する書物の一節を思い出していた。
『他の人と違うことが多く失敗も重ねていくので、難関に出くわすと避けて通る傾向があります』
その一文を噛みしめながらも、溝手の変化を願ってやまなかった。
*
昼食が終わった休憩時間、緑川とまりんはプリントのコピーを頼まれた。内容は市来希沙が提案した文化部対抗戦の中身とルールである。
「文化部から二組代表を出して二戦」とのルールに教室内はどよめいた。闘牛場の興奮が直輸入で持ち込まれたようにわめき立つ箱。時間差で校舎内から驚嘆の声が上がる。
「相手は最初から二勝するつもりでいやがる」
「ずいぶんうちも舐められたもんだわ」
「逆転して目に物を言わせてやりましょうよ」
いきり立つ生徒をなだめながら、野島は、判定方法についてはこれから調整して決めるといった。対戦はお互いの学園祭に文化部が遠征して、その場で決めることになっている。審査員は各校から一人ずつと中立の立場の人物を選出して行われるようだ。
「市来希沙、勝負ね」まりんは心の中で呟いた。鳥肌がドミノのように沸き立って、真上に引っ張られるような気配がした。




