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市来希沙とお茶だっ!



市来希沙は、こちらを振り向き、まりんの手に抱えている書籍に目をやった。


「へえ、あなた『発』なの、それじゃあカズくんの相手は無理よね」

「いいえ私は……」

「ここじゃあ、声を立てるとまずいから、近くの店でお茶しない」

 希沙から珍しい提案が出た。確かに図書館で長話はまずい。それに緑川との仲も気になる。まりんは彼女の提案に乗った。


 図書館からすぐ近くにある喫茶店『アウフヘーヴェン』店名の意味はまりんにはわからなかった。聞いたことのないクラシック音楽が流れる中、希沙はメニュー表を見て、何を飲むか決める。


「ウェイターさん、私はウィンナーコーヒーをお願いするわ。あなたは?」

「わたしも同じものでいいです」

注文してから後悔した。まりんはウインナーコーヒーがどんなものかわからなかったからだ。


「きれいな曲ね何かしら」

「ドビュッシーの『月の光』よ。基本じゃないこんなの」

 まりんは、ちょっと言葉に棘のある子だと、希沙と会話して思った。


「あなたが発とは、確かにきれいだから発かもしれないわね。でも私には負けるわ」

「いいえ、私じゃなくて友人が発達障害何です」

「そうなの、つまらないわね」

「発達障害についてご存知なんですか」

「同級生に一人いるのね。何考えているかわからなくて、いつもぼーっとして、そのくせ学校の成績は優秀なの。腹立つよね。なんであんなボケナスに負けるのかって。勉強はできるけど仕事とかやらせるとヘマをするんだよね」

 発達障害者に対する酷い言葉がポンポン出てくる。まりんは、溝手の悪口を言われているようで腹が立ってきた。


「障害者をそんなに悪く言うことはないと思います」

「あなた、きれいごとが好きなようだけど、同じ部活に発がいたら耐えられると思う? そいつはあさっての方向に考え、必ず大失敗をやらかすのよ。おまけに人のいう事は絶対に聞かない」

 みのりは溝手の事を思い出してみた。能力があってヘマをするようにはみえなかったけど、考え方は普通とは違っていたし、札の仕舞い方にこだわりがあって、彼の頭の中では純然たる秩序があるみたいだった。それに読唇術を覚えることに対する頑なな拒否、過去の騒動が頭の中を駆け巡る。


 ウインナーコーヒーが運ばれてきた。生クリームの乗ったただのコーヒーだった。まりんはウィンナーソーセージが乗っていないので安心した。


 希沙は、コーヒーをスプーンでかき混ぜると話をつづけた。


「普通の利口な人は、発達障害者には近づかないわ。なんで迷惑をかけられるかわかったものじゃないもの」続けて希沙は念を押すように声のトーンを低くした「私のカズくんにも近寄らないで」


 緑川からは、希沙のことは聞いていた。でも恋は、本人の認識によって形作られるところもある。希沙の正直な思いを聞いてみたいと思っていた。


「緑川さんとはどこまで進んでるんですか?」

「バッカねえこの子は、こんなところで言えるわけないじゃない!」

 先ほどまで挑戦的だった希沙は、急に顔を赤らめてもじもじし始めた。表情には狼狽の跡がうかがえる。彼女は犬かきが空振りしたような手つきで、まりんの言葉を遮ろうとしている。(大胆な割にはうぶな所があるじゃん)まりんはちょっと悪戯したくなった。


「関係してるんですか?」

「ちょっと、やめてよ。恥ずかしいじゃない。なんなのよあんたは」

 前よりも大分照れている。全身で質問を拒否しようとして、身体が揺れ、コーヒーカップの中身が少しこぼれた。

 「嫌だなあ、恋愛関係ですよ」

 希沙は急に大人しくなり、コホンと咳払いをした。その後、おもむろに口を開いた。かすかな吐息のような声で。「まだ、間接キスまで……」


 間接キスとはおそらく病室での行為の事だろう。つまりまだそれ程までの仲ではなく、勝機は十分にあると、まりんは踏んだ。


「そ、それよりあんた歴史の勉強はしてるの? 歴史に詳しくないと彼女は務まらないわ」

 やっと立場を立て直し、希沙はマウントをとろうと話題を選び始めた。


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