暗雲
全日〇かるた協会の競技規程細則を見て、自分の判断を元に話を書き上げました。
初夏の日差しを無きものにしてしまうかの如く、分厚い鉛色の塊が濃淡を筆で押さえつけ存在感を増したまま鎮座している。現状の打破に向けて浮足立ったかるた部のメンバーを戒めるように、天候は暗い影を落としていた。
教室に入ると、みのりが額にしわを寄せ、少しセットが乱れたような髪型をして、まりんを迎える。第一声にやつれが見えた。
「協会のホームページの規約を見たけど、ダメっぽそうね」
落胆した音階は、あきらめのメロディを奏でて、心を暗くさせた。まりんの期待感は、日に当てられたコーティング式のチョコレートケーキが崩れていく様をみせていた。
「え、それどういうこと。規約にしっかり書いてあったの」
目を大きく見開き、時々しばたかせる。もう少し詳しく訊かないと、思い込みかも知れない。まりんは追及の手を休めずにはいられなかった。
「相手に負傷させる恐れのある物や、面前で揺れるものはダメなんだって」
みのりはまりんの目を見据えて、ゆっくりと言葉を伝えた。
「ヘッドホンはぶつかるとやばいよね」
「イヤホンならいいんじゃないの」
「イヤホンはコードが揺れるから駄目だと思う」
「コードレスにすればいいじゃない」
「コードレスだとヘッドホンタイプになってしまうのよ」
ここまで話して、内容が堂々巡りになっていることに気づいた。二人は話をやめて、机にあごを乗せた。身体を支えていた緊張が抜け、だらりとした心象が胸を支配した。
「おはよう。読唇術かなり興味ないから」
溝手の声がする。内容を聞いて、憤りの感情がうねりをおびて押し寄せてきた。
「何言ってるのよ」
まりんとみのりの声がハモる。溝手は、表情を自室に置いてきたような顔をしている。
「あれ。だってノイズキャンセラーがあるんだろ」
あくまで他人事のように語る彼に対して、苛立ってしまったが、そこは落ち着いて話を進めようとした。
「どうも協会の規約で使えそうにないみたい」
真相を告げると、溝手は立ったまま固まっていた。しばらくして、「あとで相談しよう」と小声で言うと自分の席に戻った。ぎこちない足音が緊張を告げていた。
HRが始まり、担任の声が流れてくる。まりんは半分聞き流しながら、これからの策について思いをはせている。彼が読唇術に興味を持たなかったのは、ノイズキャンセラーに頼り切っていたからだと考えていた。
(部活で話せば、重要性について理解してくれるはず)とまりんは思っていたのだが、学級委員の集まりがあると告げられたので、全てはみのりまかせになってしまった。
学級代表の集会が早く終わりますようにと、まりんは祈ったが。意に反して会議は長引いた。大丈夫、部長のみのりがなんとか溝手君を説得してくれる。そのことを祈りながら、時間の過ぎるのを待った。
会が終わると、緑川が話しかけてきた。かってこの男子に胸をときめかせていた事は、病室でのできごとを目撃してから、記憶の彼方へ過ぎ去っていた。代わりの男子はまだ見つかってはいない。
「今日は、気分がそぞろみたいに見えたけど大丈夫かい」
黒目がちの瞳で見つめられると、心が見透かされたように思えた。それと同時に、希沙の映像がスクリーンに上映されるのだ。
「ちょっと考え事をしててごめん」
映像を脳裏から振り払って、もう一度緑川を見る。もしかすると私は、まだ彼に未練があるんじゃないだろうか。その思いがよぎると全身の血が逆流する音がした。
「と、とにかく教室に戻って、今日のまとめを作ろうねっ」
想いが燃えさしの中から炎を上げようとしている熱を感じてしまい。まりんはうろたえていた。
(やっぱり凛としたたたずまい、水をくぐらせた刃のような存在感はただものじゃない)
まりんは、てきぱきと資料をまとめる緑川を見て、彼の魅力を再確認するのだった。




