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練習試合と不調

取り急ぎ、続きを書いたので、多少拙い所はあります。あとでまとめて手を入れたいと思うので。

今は更新を優先しました。ご了承ください。

 思った通りだった。溝手の調子が芳しくない。確か三日ぐらいで百人一首をすべて覚えた割には首をかしげたくなるような初動の悪さである。まりんは、札を読むのをやめて、理由を聞いてみた。


「慣れていないせいもあると思うんだけど、あまり動けていないみたい」

 溝手に失礼のない様に言葉を選んで話しかけてみる。貴重な助っ人なのでへそを曲げられて退部されたら困るからだ。


「前から気になっていたんだけど、音が聞き取れないんだ」

 少しくぐもった声で、彼はすまなそうに返答した。自分の運命に諦めているようなやるせなさが漂う。発達障害とはこんなにも人のやる気をそぐのだろうか。


「えっ。でも溝手君って聴覚障害じゃないよね」


発言してから、しまったと思った。相手の言い分を聞いてやらなければならないと気づいたからだ。否定してはいけないと気づいて、次からは受容の姿勢でいようと心に決めた。


「うん。聴力には異常はない。だけど現実にはよく聞こえない」

 溝手は自らの運命を呪うかのように、ややげんなりとした口調で返答している。自分の至らなさのもって行き場がないように見える。


「何か耳障りなものってあるの?」

競技かるたの試合中は、静寂が教室内を支配する。かすかな吐息が時を流れるだけの世界に、けたたましい物音が存在するはずはなかった。


「蛍光管の音、空調の音、廊下を歩く誰かの足音、ブラスバンド部の演奏が重なり合って聞こえない」

 彼にとっては、ごく当たり前の事を述べたに過ぎなかったが、居合わせた、まりんたち定型発達者にとっては驚きの連続であった。


「そんなかすかな音を拾うんですか」

 対戦していた下級生が、驚きの表情で声を上げた。目を見開いた能面がはりついてるかのような顔つきだった。


「これは昔からなんだ。定型発達者は、カクテルパーティ効果というのがあって」

「ちょっと何、定型なんとかっていうのと、カクテルなんとか」

 みのりも、溝手を見て慌てて口を挟む。そりゃそうだろう聞き覚えのない単語が二つも出て来たのだから。


「ごめんごめん。発達障害もなく普通に発達した人を、定型発達者と呼ぶんだ」

 彼は頭をかきながら、言葉を続けようとした。その言葉尻を抑えてまりんが声を出す。


「その発達は何の発達なんですか」

「精神や神経、全ての成長の事を指す」

 教科書を音読するように、硬い口調で説明を続けた。いつしか部員たちも溝手の方を向き、言葉を漏らすまいとしている。風の音だけが耳の友人だった。


「定型発達者は歪みなく、全体的に発達していく。一方僕らは、能力値にアンバランスさを抱えたまま成長して行く」

「つまりそれだけハンディがあるってことね」

「そう。年相応に持つべき能力が欠けてしまう事が多く、別の能力でカヴァーしている」

「それって誰にでもあるんじゃないですか。それに、発達障害と耳の聞こえの悪さとの関係がわからないんですが」

 部員の一人が苛立ったように声を上げた。急な専門用語をまくしたてられて、貴重な練習時間が失われることへの焦燥感だった。


「ちょっと待って話を聞こう」

 みのりのとりなしで、部員はしぶしぶ座って、次の言葉を待った。


「聴覚過敏は、発達障害者の多くに見られて、色んな音を拾ってしまう。定型発達者はそんなことはなく、聞きたい音だけを選んでより分けできる」

「だから、他の部員に比べて動きの切れが悪いのか」

「そう。どうしてもすべての音を拾ってしまうから、聞き取れないことが多いんだ」

そこまで説明すると、溝手は深いため息をついた。肺から押し出された吐息は、苦悩多き人生の生き証人だった。


「なんか対策はできないのかな。貴重な戦力が埋もれたままだと惜しいし」

みのりが溝手をおもんばかって話を進める。溝手は、話を聞いていないのか視線を宙にさまよわせていた。


「あの、部長さんの話、聞いてる?」

まりんは、気になって注意を促そうとした。次の瞬間、意外な言葉が返ってきた。


「ごめん。目を合わせて会話すると、頭に言葉が入って行かないんだ」

 すまなそうに説明する溝手。部員たちは、発達障害者が抱える様々なハンディの多さに、空間が歪むような眩暈を感じていた。


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