三話 街
◆◆◆の後からソウ視点です。
「やっほーレイ―! ひっさしぶりー!」
「久しぶりじゃない、一昨日も会った」
「……なんか、この会話、既視感……ありますね」
この前来た時と全く同じ軌道を描いてソウは地面に着地した。白い翼に白いTシャツがまぶしい。
「で、今日は何の用?」
「今日は休み! ということで、買い物に誘いに来た! リョウ君のものとかいろいろ必要でしょ」
そうだ、確か次ソウが来た時に買い物に連れて行ってもらえと言った気がする。
「だからリョウ君、行こう!」
ソウは言いながらリョウの肩に手を置く。
リョウは戸惑ったように言った。
「え、でも……死者って、毎日でるから……休みとか、ないんじゃ……」
「あるのよそれが。一週間に一回」
「リョウ君は真面目だねー。俺だったら休みって言われたらすぐ遊びに行っちゃうよ」
「それはソウが不真面目なだけ」
だが、リョウが真面目というのもまた事実だろう。
昨日は、仕事、というか研修初日にもかかわらずスムーズに“審査〟を済ませて、空き時間に掃除やら壊れた棚の修理やらまでやってくれたのだ。
「というわけでリョウ、遠慮しないで楽しんできなさい。昨日はあんなに働いてくれたんだし」
「ええと、じゃあ……」
よろしくお願いします、とソウに頭を下げる。リョウはこういうところ本当に隙がない。
「お願いされちゃうされちゃう。レイは?」
「私は行かない」
「オッケーオッケー。よし行くぞリョウ君! 街は……どっちだっけ」
ソウが、親戚の子供に会って喜んでいる独身のおじさんに見えてきた。ソウの歳は確か私とあんまり変わらないけれど。
テンションを上げるだけ上げておいて道がわからないようだからそっと指摘してやる。
「まっすぐ行って分かれ道を右」
「街は、まっすぐ行って分かれ道を右だ!」
「あの、レイさん……」
何か言いかけたリョウの言葉はいつのまにか先を歩いていたソウにさえぎられる。
「遅いよリョウ君! 早く行こー!」
「はい!……じゃあ、えっと、行ってきます」
「ん、行ってらっしゃい。今日は丸一日休みだから、疲れたら帰ってきな」
二人の後姿を見送って小屋に入る。
私は街があまり好きじゃない。理由はもちろんこの翼だ。白黒の翼は、白の翼と黒の翼の人混みに紛れるとほとんど全く目立たないが、それは遠くから見た話だ。
すれ違う人、入った店――いたるところで視線を浴びるのはもうごめんだ。
ソウもそこら辺の感覚をわかってくれているのか、断り続けてからはあまり強く誘われなくなった。
電気をつけていないせいで薄暗い階段を上って自分の部屋に入り、掛布団を頭からかぶる。掛布団の重みと薄暗さが心地いい。
今まで――リョウが来る前の休日も、ずっとこうして過ごしていた。私は華やかな街を歩くより、うずくまってひっそりと生きている方が似合うのだと思う。
◆◆◆
俺の後ろを、リョウ君が足音も立てずについてくる。
時折歩みが遅くなり俺との距離が離れたことに気付いて、ててっと小走りになり、の繰り返しだ。
話題を探しながら、綺麗に舗装されているクリーム色の道を歩いていると先が二つに分かれた。どちらの道も、全く同じ見た目だ。色も同じ、幅も同じ、どこまで続いているか道の先が見えないのも同じ。
「ありゃ。どっちだっけ」
レイが教えてくれたんだけど、忘れてしまった。
リョウ君がためらいがちに口を開く。
「多分、右……です」
「こっちか。詳しいんだね、リョウ君。来るの初めてだよね」
「さっき、レイさんが、言ってたので……。ていうか、ソウさんはなんで、わかんないんですか……」
「いやー今まで飛んで行ってたからさ。空から見ると街がどこか一発でわかるし、方向とか意識したことなかった」
くすっとリョウ君が笑った気がした。すぐに元の表情へ戻っていたけれど。
「なんで、今日は……飛んで行かないんですか……?」
「だって、リョウ君まだ悪魔じゃないから羽がないじゃん」
そう言うと、ああそっか、と彼はつぶやく。そのあとはまた黙ってしまった。
控えめな子だなあ、と思いつつ歩いていくと人通りが少し増えてきた。街へはこの道を通って行くのか。
植物などが一切ない、しかしどこか絵になる風景。こんなところがあるなんて知らなかった。
──レイの、あんな顔も知らなかった。
リョウ君と話すレイは、柔らかい表情をしていた。あんな表情見たことない。俺の方がリョウ君より早くレイと知り合ってるし、レイのことを知っているつもりだった。だけどなんだか、一方的に負けたような気分になる。
「よう、ソウ! 久しぶりだなあ! 隣の子は新入りか?」
声をかけられて思考が切られる。思考の沼にはまっていくところだったからちょうどよかったかもしれない。
目の前にいたのは縦にも横にもデカい男。髪はぼさぼさだが、こいつも天使だ。リョウ君は驚いたのか俺の後ろに少し隠れている。そういえばリョウ君、背低いな。
「ああ、久しぶり! この子は新入り、リョウ君だ。つっても俺んとこのじゃなくて、レイんとこの子だけどな」
「……そうか。坊主、何か困ったことがあったらいつでも声をかけてくれ。力になるぞ! じゃあな!」
あ、ありがとうございます、というリョウ君の声は街の喧騒に紛れて彼まで届いたかどうか怪しいところだ。
だがそれから、会う人会う人、みんな彼と同じような反応をする。リョウ君は翼がないから、遠目にも新入りだとわかりやすい。リョウ君がレイのとこの新入りだと知ると皆一様に言うのだ。
困ったことはないか。力になるぞ。大丈夫か。なんでレイのところにいるんだ、と聞くやつもいた。
人見知りなのか、その対応に疲れ果てたリョウ君を連れてレストランに入る。こぎれいだが、特に目立たない外見の店。料理はおいしい。
ちょうどお昼時だったが奥の席が空いていてそこに通してもらえた。
「どう、街は。疲れた?」
「まあ、少し……。だけど、人間界と、全く一緒……なんですね。道行く人が、みんな、声をかけてくる……こと以外は」
「そうだね。ほら、メニューも人間界と一緒。何でも好きなもの頼んでいいよ。本当は天使も悪魔も食事の必要はないんだけど、気分的にちょっとお腹すくでしょ」
「ええと、じゃあ、これ……」
チーズドリア食べたいです、とリョウ君は付け加える。そんなに遠慮がちに言うことないのに。
「ん。俺もそれにしようかな。マスター! チーズドリア二つ頂戴!」
「はーい! ちょっと待ってねー!」
かわいらしい声がカウンターの奥から聞こえる。
メニューを閉じて水を一口飲む。からん、と氷が涼しげな音を立てた。
手持無沙汰にしているとリョウ君が何か言いたげにしているのに気付いた。どうしたの、と言って先を促す。
「あの……どうして、みんな……えっと、僕たちに、声をかけてくれた人達……は、困ったことがあったら言ってくれって……言ってくれるんです、か? 僕は初めて、会った人たちなのに……。
あと、すごくどうでもいい……ことなんです、けど、マスターって……? マスターって、バーで働いている人……とかに、使う言葉だと思ってたんですけど……」
「うん、マスター云々についてはあとにしよう。なぜみんながみんなリョウ君にそんな風に言ってくれるのか。それは一言でいうと、リョウ君がレイのところの新入りだから」
レイさんの、とリョウ君はうつむいてつぶやく。
「それって……呪い、のこと、ですか」
「そう。呪いのことは知ってるんだ?」
「レイさんの、翼が……なんで白黒なのかって、聞いちゃったんです。……その話はあまりしたくないって……」
彼に、呪いのことを話すべきか、レイが言わなかったのだから俺も黙っておくか。どちらを選んでも正解な気がするし、どちらを選んでも間違いな気もする。
もっとも、俺もそんなに深くは知らないのだけれど。
「リョウ君は、どこまで聞いた?」
迷った挙句、彼がどこまで知ってるか探りを入れてみることにする。
「呪いで……羽が白黒、なんだっていうのだけ、知ってます……」
「そう。だからみんな、天使も悪魔も、レイを嫌って避けている。別にレイが何かしたわけじゃないのに」
リョウ君はそわそわとスーツの襟を触る。つられて俺もなんとなく襟を整えた。
「どう? リョウ君もやだ? レイのとこにいるの」
「いえ……全然」
リョウ君は大きく首を振る。やっと、彼の感情が少し見えた気がした。
リョウ君は別に無愛想なわけではないのだけれど、今一つ感情が読み取れない。ポーカーフェイスというより、優等生過ぎて、という感じだ。模範的すぎて、それが本心なのかそうでないのかがわからない。
頼る場面もはしゃぐ場面も一歩引く場面も、彼はミスをしない。俺と初めて会った頃の――悪魔になったばかりのレイとは大違いだ。
「……僕、会ったことが、あるんです。レイ……さんに。まだ、お互い……生きて、いたころ」
「そっか。リョウ君がその話をするんなら、俺もレイの呪いについて話さなきゃいけないんだろうね」
そうしてもらえると嬉しいです、とリョウ君は頷いた。




