二話 初仕事
「あれって、どういう意味なんですか……?」
悪魔は、残酷な仕事。死者が地獄行きでいいかどうかを決める。
地獄は人それぞれ違う場所だ。その人にとっての"最も苦痛な場所"が地獄として存在する。多くの死者はは子供の頃読んだ絵本とかに出てくるような、ありきたりな地獄を持ち合わせている。
"苦痛な場所"に死者を送りこむかどうかを死者自身に選択させる仕事。残酷でないわけがない。
「私達の仕事は、死者が地獄行きでいいかどうかを決めること。まあこっちにくる死者は大体地獄行きだけどね。つまり、死者が苦しむ場所に行くかどうかを私たちが決める。残酷でしょ」
「ソウさんも……大体同じことを言ってましたけど……残酷な仕事だとは、言ってませんでした。死者は、自分で地獄行きかどうかを選択するって……だから、自業自得なんだって……」
ソウもリョウを連れてくる前に重要なことはちゃんと言っていたようだ。
そう、ソウのように考えるのが普通なのだ。天使だろうが悪魔だろうが。だが私はそうは思えない。
「私たちだって元は死者だった。ここにくる客と同じ立場だったわけ。なのに、彼らとは違って私たちはのうのうと生きてるのよ。それで彼らを地獄へ送り込む。悲しすぎる。
苦しむ彼らを見ても私たちは何もできないし、送り込むことをやめることもできない。ずっとここで悪魔でいなくちゃいけない。たとえ地獄行きを彼ら自身が選択するとしても、結構ひどいことをする仕事じゃない」
「そういうこと、ですか。わかりました。……確かにちょっと、残酷かも、しれません」
相変わらずおどおどした話し方するわね。
手をパンと叩いて空気を変える。
「さ、今日はもう閉めちゃいましょう。結局お客さん来なかったわね。まあ、いいわ。明日のお客さん、リョウにやってもらおうかしら」
「え……ええ⁈いや僕……何するかわからないです……。それに確か……レイさんの、仕事を見てからって話じゃ……」
「うん、その予定だったんだけど。説明とか面倒だし、まあいっかって思って。大丈夫、なんとかなる」
なんとかなるって……とリョウがぼやく。
細かいことは気にしなくていいのよ、生きてりゃなんとかなる。
◆◇◆
「大丈夫よ、生きてりゃなんとかなるって」
朝の九時、不安そうに最初の客を待つリョウに昨日と同じ言葉をかける。
「なんで僕……自殺しそうな、人に、向けた言葉みたいなの……かけられてるんですか……。ていうか、もう僕生きてないですよ……」
「いやーリョウ今相当ヤバそうな目してるからさ。ま、確かにあんた死んでるわね。いいじゃない、死んでたら怖いものなしよ。多分」
リョウは吐きそうな顔でガチガチになって椅子に座っている。
ちょっとつついたらそのまま倒れそうだ。
「そんなに緊張する? 別に難しい仕事じゃないんだけどね」
「昨日残酷な仕事だって、言ってたじゃないですか……。あと僕……人と、話すの、苦手なんです……」
「うん、だろうなーとは思ってた」
「ましてや死者なんて……話したこともないし、おばけとか僕、苦手だし……」
「はいはい、細かいことでうじうじ言わない。私もリョウも死者でしょ? ほら、死者と話したことあるじゃなあ。それに、おばけと死者は別物。死者の見た目は人間同然だから大丈夫よ」
話していると突然ドアがノックされてリョウはビクッと体を震わせる。そんなに緊張するものかしらね。私が悪魔になった頃はどうだったかしら。もう覚えていない。
「ほら、お客さんよ。ドアを開けないと。入ってきたら、この紙渡して、書いてある質問に答えてもらって」
ペラっと紙を一枚引き出しから出して渡す。記入用のペンも添えて。
受け取ったリョウはドアまで歩いて行ってドアノブを回す。ガチャガチャ、と音を立てたあとこちらを振り返った。
「えええ……ああああの、ど、ドア開けるってどうやって……」
「言ってなかったけ。この小屋と私たちは等しいというか、一心同体というか。ちょっと違うか、まあいいや。とにかく、私たちが客を受け入れないとドアも開かないの」
「そそそ、そんな、大事なことなら、もっと早く言ってください……」
ごめんごめん、とひらひら手を振って謝る。言ったような気がしてたんだけど、言ってなかったか。
「で、あの、僕は、ど、どうすれば」
「言ったじゃない、受け入れればいいの。お客さんを」
「ぼ、僕はお客さんを、歓迎します……」
「あのねえ、棒読みでどうするのよ。ていうか別に言葉にする必要ないから。客に聞こえるわけじゃないんだし。あなたはまだ、客を拒否してる。死者って聞くと、お化けを連想して本能的、反射的にそうなっちゃうのかもしれないけど」
言いながらドアと向き合っているリョウの背後に立ち肩に手を置く。驚いたのかリョウの肩がまたビクッと跳ねる。
「落ち着いて。死者は別に人間と大差ないから。怖いものじゃないから。いい?外でお客さんが待ってる。ドア一枚向こうに、いる。もう一度言うけど、怖いものじゃない」
強張っていた肩から力が抜けたのを感じる。そしてドアが開いた。
開けた張本人のリョウがまたこちらを振り返る。
「いいい今、僕ドアノブ回してないのに、開きましたよ……? な、なんで」
「それは後。いつまでお客さん待たせるつもりなの」
言うとリョウはすうっと深呼吸して客に向き直る。背の小さいお婆さんだ。
リョウは一歩脇へ避けて彼女を中に入れ、椅子に座らせた。自身も向かい合うように椅子に座ってから、さっき私が渡した紙とペンを手渡す。
「そ、その紙の、質問に答えてください……」
震える声で言ってこちらを見る。なんだか頼りないけど、まあいいんじゃないの。
紙には三つの項目に答える欄がある。一つ目は名前。まあ、うっかり間違いが起こらないようにするための確認事項だ。
二つ目は、自分は天国行きと地獄行きどちらかといえばどちらだと思うか。
三つ目は、自分の思う地獄の要素を書け、となっている。文でも絵でもいいように欄は大きい。この欄だけは天使が客に渡す紙と異なっていて、天使バージョンは天国の要素を書け、となっている。
お婆さんはほぼ迷うことなく三つ全て記入した後、うつむきがちに紙をリョウに渡した。
地獄の要素の欄には火の絵が書いてある。こういう人は多い。自分は地獄行きだと思う、田端みえさんというらしい。
リョウは紙を見て、その目が紙の上から下まで二往復した後顔を上げてキッパリと言った。
「田端みえさん。地獄行きです。そちらの、右側のドアへどうぞ」
田端さんは立ち上がって言われた通りドアから出て行く。それを見送ったリョウは不思議そうな顔をして言った。
「なんか……いろいろ、わからないことが……。なんで僕、彼女が地獄行きって言ったんでしょう……?あの時、僕じゃない、別の何かが話している……みたい、でした。あと、右のドアって……地獄に繋がってるんですよね……?ドアの隙間から、さっき、チラッと覗いたんですけど……普通に、この小屋の外、が、見えただけ……でしたよ」
「そりゃそうよ、リョウがもし何か地獄の景色が見えたんだったら、悪魔なんてやらずに地獄に行ってるもの。
リョウが地獄行きって判断したとき、あれは確かに別の何かが乗り移っているのよ。あなたはまだ悪魔じゃないからね。まあその話はまた後でいいでしょう。とりあえず、一旦お疲れ様」
言われてずるずるずる、とリョウは椅子からずり落ちる。そのままいるとスーツがシワになるわよ。
「緊張、しました……」
「うん。でも次のお客さんもやってもらうよ。ていうか今日はもうずっとリョウにやってもらえばいいか。研修として」
「そ、それは……勘弁してください……」
「よし決定。あ、あとさっき研修って私言ったけど、リョウはまだ正式な悪魔じゃないからね。そうね、一週間くらい研修したら悪魔になりましょうか」
リョウはずり落ちた体勢を立て直してから首をかしげる。
「どうやって、なるんですか……?」
「ん、それもまだ秘密。その時になればわかるわよ」
その時、またドアがノックされる。ピシッと背筋を伸ばしてからリョウは「どうぞ」と言った。
呼応するようにドアがスーっと開く。一回でこれとは、なかなかやるじゃない。