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壮麗たる異界の碧を翔ける  作者: コーノ サトシ
第1章
2/3

第2話〜虚像に紛れて〜



日本の首都である東京は静寂の闇に覆われている。

先ほどまでは人の気配がちらほらと()ぎっていたのだが、気がづけばあれほど眩しく差し込んでいた夜の星たちも泥のような濃霧(のうむ)に遮られ、商店街の真ん中には頼りなく自転車にまたがる宇賀神(うがじん) (かける)ただ1人となっていた。



『だれかぁ〜……いませんかぁ……』



・・・・・・・。


『まじか。』



普段から1人に慣れてはいたものの、こうも視界も悪く、まるで暗黒の檻に閉じ込められたかのような霧には、ただでさえ部屋に小虫が入った程度で狂乱騒ぎを始めるような彼にとって、いささか縛りつく恐怖に襲われていた。


『どうしよう、戻っていくよりこのまま進んだ方が近いしなぁ……商店街抜けた先にも確かコンビニがあったと思うし……。でもあんまり行ったことない道だしな。』


「行きは良い良い帰りは怖い」とはよく言ったものだ。

視界はかなり悪く、たったの2メートル先では霧が覆いかぶさりながら辺りを虚無に変えている。



『確かこっちを右に行ったような……。』



『あれ、あ、あっちを左か。』



『こんなとこ来たっけな……まぁ、もう少し行けば見慣れたとこに出るでしょ。』



典型的な方向音痴の特徴である、確認をせず感覚のみで進む性格である彼は、膝を少し笑わせながらもいくつか()を進めていく。

最中(さなか)、緑のアーチが囲う見かけない橋にたどり着く。

こんな橋渡ったっけなぁ。と、思いながらも今さらここまで来て引き返す訳にもいかず、少し小股に歩き出す。


カツンッ……カツンッ……


カツンッ…カツンッ……


所々に鉄骨の錆や鍍金(めっき)の剥がれ、アスファルトが捲り上がるなどの老朽した橋を丁寧になぞっていると、対岸の向こう側にちらほらと久方ぶりの光が立ち止まっているのがうっすらと見えた。

唯一の便りだったスマホのライト以外の光源に、羽虫が(いざな)われるかのように、テンポを早めて歩み寄って行く。

やっと停電が直ったのだろうか?

とにかくなんでもいい、街灯のような薄灯りがこうもありがたかったとはこういう経験がない限りは気づいたことは無かったろう。

赤橙(あかだいだい)の暖かな導きを頼りに進む。



『 はぁ、にしてもこの橋長いな。本当に進んでんのか?』


こう行った嫌味を吐き出せるのもあの光のおかげとは気付く訳もないのだが、彼の言うことも正しくその通りで、やたらに鉄橋が長く感じる。

後ろを振り向いてみても霧が景色を確認することを許してはくれず、どれ程の長さなのかも分からないままに渡っていると、かすかに声が聞こえた気がした。

ものの数十分ではあるが、全く人影にすら出会うことが出来ずに心が折れかかっていた彼には、まさに踊りだしたくなる程嬉しいものだった。

だが、もしかすると鉄骨を横切る風の音を聞き違えたのかもしれないと、よく耳をすませてもう一度注意深く聞いてみる。



ーーーーー・・・!


ガハハハハッ!


ーーーーダナァ・・・ーーーーー!!


イヤァーー・・・ーーーーデサァーーーーー・・。



間違えようがない。明らかに人間の声だ。

それも随分盛り上がっている様子で、陽気な雰囲気が聞いて取れる。


『はぁ〜、よかったぁ〜、これでなんとかなりそうだ。』


『停電の理由も聞けるかもしれないな。』



景色に迫っていくつれに、どんどんと詳しい情景が確認できた。

暖かな明かりを浮かばせているのは、見たこともない組み木の篝火(かがりび)が2つ。


『なんだ……これ。』


その篝火から続いて幾多もの濃く深い、まるで林檎(りんご)(あか)が連なってぶら下がる。

そういえば段々と霧が薄くなっていくのに気がついた彼の視界に待ち受けていたのは、全く見かけた覚えがない丸型の和紙で造られた風情ある(たたず)まいの堤燈(つつみあかり)の数々が、道に沿って浮いているものだった。



『ここはどこだ?今俺東京のどこにいるんだ?』



そう言っているうちに、路上屋台らしきものがいくつか見えてきた。まだ橋の途中にもかかわらず店があるとは中々ユニークだ。などとうつつを抜かしていると、同時に人影もはっきりと見えてくる。

店先で落ち着いた様子で酒を(たしな)んでいる2人組の男達に、不安をいち早く掻き消さんと、翔は思わず声をかけた。



『あ、あのぉー!すみません!霧の中夜道を歩いてたら道に迷っちゃって、西日暮里の駅近くに向かいたいんですけど、ここってどの辺ですか?』


『あと停電になった理由とかって分かります?いきなりだったんで驚きましたね。』


『それにーーー…。』


様々な聞きたかったことが自然と溢れ出し、返事の一つすら待つことをつい忘れてしまう。

すると、心地よくなったところに邪魔が入って面白くない。と言わんばかりの表情を見せ、男が振り向きながら返事を投げた。



『チッ、う〜るせぇなぁ、んだよ。』



思いのほかに低く、唸るような声。



『なんだいろんなこといってやがるな坊主。』



と、続けざまに右隣に座っている奴も振り向いた。


瞬間、翔は思わず戦慄した。



『はっ………!? めっ…………目がっ………… 目ぇ…… ょ、四つ!?』



四つめの男 『あ?』



『ね、ねねねぇ、猫ぉ!?が、しゃぁ…喋ってっ!!』



猫男 『何だこいつ』



『 あ、ああああうぅあっ…………』



もはや、翔から言葉らしい言葉は出せなかった。

現実が受け入れられずに一度両眼を擦り、急いで辺りを見渡すと、摩訶不思議で奇怪な、全くもって人間のそれとは違った異形な者たちが、橋の途中から連なる屋台に溢れかえっていた。

仰天するのも束の間に、先の四つ目と猫の2人組が続けて話しかける。



四つ目男『なんだおい、迷ったんか?どっから来たんだガキ。』



猫男『おめぇさんやけに嗅ぎ慣れねぇ甘ったるい匂いしてんな、何者(なにもん)だ?』



2人の質問が聞こえていたのか、でんでん虫のように突起した(まなこ)をぐにゃぐにゃと遊ばせながら、屋台の亭主もヌッと顔を出す。



『うわっ…う、うわあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!』



宇賀神(うがじん) (かける)の生涯でこんなにも全力で走った事があっただろうか。

自分でも意識しないうちに奇声をあげつつ、なんとか動かせる筋肉を全て駆使しながら全速力で走り出した。とにかくどこでもいい。この馬鹿馬鹿しい下手な妄想をそのまま持ってきたかのようなこの光景から逃げなければ。

しかし、走れば走るほど、通りは賑わいを増して行く。どうやら無我夢中で必死に脚を動かすうちに、橋の中央から(たもと)の歓楽街にまで来てしまったようだ。

ふと、疲れて立ち止まる拍子に、睨みつけながら橋鉄骨に目を向けると、大きな石柱に橋の名が刻み込まれていた。



鬼泣橋(おになきばし)



鬼怒橋(きぬばし)、なら知ってたんだけどな……。ははっ………はははははははは!』



なぜか笑いが込み上げてきた。

数刻前まではカーサヒューメ・ビアンコ3-C5室で平穏無事に誕生日を迎え、そのあとは取りこぼした日常の何かを、くだらないバラエティ番組やSNSにつぶやきを(さえず)ってみたりするなどして、なんとか取り戻した気分に錯覚させ。不完全燃焼気味に(まぶた)が重くなるのを待つだけなはずであったのに。



『ここは……なんてとこなんだ?』



ヒトというのはどうしてか凄いもので、翔は一瞬で理解していた。

正確には、もちろんまだ混乱は解けていなかったのだが、最近友人に薦められハマっていた小説サイトなどで見る、雑多なファンタジー物語などにハマり、授業の合間に読んでいた助けもあったおかげ、と言えるだろうか。無理矢理にでも心を納得させることが出来たが、同時に翔の瞳に涙が満ちてくる。



『ウゥ………あぁ、どうしよう。ははっ………だって、そんな……嘘だろ。』

『こんなこと、教授になんて言い訳すりゃいいんだよ。』


なんとか、自分自身だけでも現実に引き戻そうとわざとらしく身近な話題に逃げようとするが、不意に入り込む景色の異様さに捕まってしまう。

常々小説を読むたびに、もし自身がこうであったら…。などと安易に想像していたものだったが、実際にはまったくなす(すべ)をもてず。ただひたすら地面に向かって首を(もた)げ、途方も無く流れに漂うばかりであった。



ーーーーーーーー・・・。


一時(ひととき)の間が過ぎた。

なんとか仮に冷静さを取り戻しつつあった彼は、儚い勇気を持ち出して、また橋の方まで戻ってみたりもしたが。珍妙な事に、一本道をまっすぐ走っていたはずの通りをそっくり戻って行ってみたものの、そもそも翔の目前に二度と橋は現れ無かった。


変わって、空に瞳を合わせると、先程停電の際に在った星空とはまるで比べ物にならないほど皮肉な、ダイヤモンドが万遍(まんべん)となく咲く天体と、岩を蹴って走り下る壮麗(そうれい)(あま)渓流(けいりゅう)の水脈が、幾多も枝分かれしながら昇っていた。







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