第1話 〜序説〜
初めまして、こんにちは。コーノ サトシ です。
今回はじめて投稿させていただきました。
皆様の想像が具体的に広がるよう、あえて事細かに文章を書かせていただきました。じっくりと御愛読していただければ幸いです。
至らない部分の指摘、ご意見、評価など様々なコメントお待ちしています。
だんだんと皆様に馴染みのある物語になっていく予定です。主人公、宇賀神 翔「うがじん かける」がこれからどうなっていくのか、ご一緒に見守っていただけたらなと思います。
それでは、本編をお楽しみくださいませ。
暑い夏の始まり、隆起する岩の曇天模様が橙の夕空に伸しかかる本日は、この物語の主人公となる宇賀神 翔の21回目の誕生日である。大学2年生である彼は今まさに、おそらく人生で最も無駄であろう時間を高々と謳歌している。
学校のある神田から山手線で数駅抜け、日暮里駅で下車をする。そこから少し歩くと、そこには昭和の香りが隙間から吹きぬける風情な下町の商店街が在る。
彼にとってはもはや見慣れた風景であるが、やはりいつ来ても心地がいい。
それを少し逸れて細道を進む途中に、戦後から続く小さな珈琲屋がある。珈琲もいいがその店はケーキがなにより絶品で、町内でもちょいとした名店となっている。アメリカンとショートケーキを頼み、珈琲には角砂糖を1つ、これが地元の通の楽しみ方だ。
『ありがとうございました。』
『お世話様です』
店員が店先まで丁寧にお見送りをしてくれる。
今回はショートケーキを1ピースだけ持ち帰りで注文しておいたのだが、艶めかしい声と、淡白く細い華奢な手から直接渡してくれる女店員の姿が彼の心を優しく突き抜ける。
『また買ってしまった……ふへへっ』
ここのショートケーキと彼女の甘美な声の響きは、清楚な面持ちと微かに香るハンドソープの匂いに溶け合い、やはり他の店とは一線を画すものがあるな。と、すっかり飼いならされたロバのごとく彼の鼻の下を伸ばさせ、自然とうろ憶えの音痴な鼻唄を道に溢しながら足を陽気に家路へと向かわせる。
だが、谷中銀座商店街から10分ほど歩き西日暮里にある3階建てのアパートに一度着いてしまうと、先ほどまでの健気で若々しい彼の姿は見る影もなく、背中を丸め、乱暴にズボンをそこいらに脱ぎ捨てると、6畳一間の隅にあるソファーベッドに重く腰を下ろす。
『ただいま〜おかえりぃ〜っとぉ……はぁーあ、なんの因果でこんな下町に1人で誕生日ケーキ食べるんですかねぇー…』
そう言いながら可愛らしい苺のショートケーキにフォークを通す。
まだ人生21回生とはいえ、さすがの彼にも芽生えるものがある様子で、他の部屋の住人の迷惑にならない程度の控えめな大声で悪態をつかせてみせる。
たしか16歳を過ぎたあたりから、彼の誕生日を祝う人物といえばもっぱら彼の母親のみで、それもパート帰りに貰ってきた何度も何度も上から値下げの札が貼られた格安のケーキをただ他のおかずといっしょくたに出されては、決まって
『ごめんね、あんまり忙しいからこういうのしか出せないけど』
と泣かせる文句を聞かされるものだった。
あげく父親に至っては、大切な我が息子の誕生日程度では会社が帰宅を許さないらしく、そもそもそれを分かっている父はこんなことでは「帰る」などと言い出さなかった。
しかし、彼にとってもそれは都合のいいもので、誕生日だからとやたら周りに気を使こともなくそれに慣れていたのだが、いささか一人暮らしの貧乏学生となるとまた勝手は違ってくるようだ。
ケーキも簡単に食べ終え、1週間ほど洗い物が溜まり、しっかりと異臭を放っている流し台へ皿を滑らせると、またも乱暴に服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びに風呂場に入る。
ホイップクリームと女店員さんの乱れ顔を掛け合わせた雑想を無理矢理想い込みながら、シャワーを浴びるのと一緒に竿を研ぐ。ティッシュも要らずすぐに子種を洗い流せる貧乏ならではの生活の知恵だ。
『あぁ〜〜、くっ‼︎……………………………ふぅ。』
側なぞ今まで一度も出来たことはなく、貧乏故にネット社会の現代に確かにひとつ遅れをとっている今日の彼には、仕方なくこういったことなどで発散することしか許されず、事後は必ずそんな自分につくづく嫌気がさし、世間に一言物申したいくらいの気持ちに駆られるが、素よりそんなことが出来るほど深く人生を歩んでいないことは彼自身が1番よく理解していた。
『はぁー………。我ながら全く情けない 』
鏡には、青年男性としては心細いような、例え彫刻家が通りかかったとしても一瞥も振り返らないであろうなんとも居た堪れない姿が酷なほどくっきりと映し出される。
それは彼の目から見てもやはり頼りなく、藁の方がまだ役に立つ、と自虐に陥りながら眺める。
かと思っていた矢先、フッと音はなく部屋が闇に包まれる。
『あれ?まだ止まるにしては早くないか?』
やはり貧乏学生がために、電気代の支払いを先伸ばす事はしょっちゅうであり、少し停電した程度では驚きはしなかった。だが今、微かな違和感を覚えるのは確かであった。
『なんだよ、もう。今日は年一回の特別な日だぞ。
もう少し配慮しろよなぁ〜…』
大の男が1人全裸で暗闇にただ突っ立っているという紛れも無い寂しさを、くだらない文句を垂れて誤魔化しながら風呂場を出た。
しかし部屋の電気が止まった程度にしてはやけに暗い。
『何にも見えねぇな…』
はて。と、手探りで立て付けの悪い窓を開けて外に目をやると、そこには大都会東京を全く想像させないほど真っ暗く、周りには静かな棟々が置いてあるだけと化していた。
ふと上に視線を移すと、なるほどこれぞ宇宙の神秘だと押しつけんばかりの満天の星空が描かれている。
いやはや星とはこんなに眩しいものだったのか。と、そう思える余裕はしかしながら今の彼にはなかった。
なんとなく状況が把握できてくると、彼と同じように窓から覗いてみたり、外に出てご近所同士で話している姿が見えてくる。
彼にとって唯一の情報端末であったテレビも使えず、スマホも圏外。電話としての機能はすっかり無くしている。
こうなってくると現代社会の弱いところが、先ほどの鏡に映った彼のように浮き出て来てしまう。
情報を掴もうと詮索しようにも、何もできない。
仕様がなく復旧を待ってみるしかないだろう。近くにコンビニがあったはずだからそこで蝋燭を買ってひとまず灯りをとろう。そう思い立つと直ぐに簡単な服を纏い、鍵と財布、そして万が一のために携帯を持ち出し、部屋を出る。
近所のコンビニに来る途中では携帯の明かりを足元に照らしながら歩いたり、何人かで固まって動く人達が見受けられた。それを通り過ぎながらコンビニまで来るところでやっと当然のことに気がつく。
『ハハッ、そうか…。コンビニも停電してんのか。 』
だがどうやら営業自体はしているようで、中には幾人かの列と、不慣れな電卓を持ち合わせ、なんとかきりもりをする従業員の姿があった。
彼に言わせればそんな従業員の姿も勇ましく見えるものだが、今はそんなところではない。早く蝋燭を手に入らなければ。
しかし、やはり東京の大都会人ともなると、橡と餃子あたりなんぞが風物詩である栃木の片田舎から出てきたばかりの若輩者とは違い行動もいささか早いようで、ぽっかりと蝋燭や懐中電灯などの棚は全て空になっていた。
『ハァー…。しょうがない、少し遠出してみるか。チャリなんて久々だな。』
なんとか、見つけ出せないかとまた商店街の方面まで自転車に尻を任せ、足を外に放り出しながら徘徊することにした。
『どこもかしこも売り切れだなぁー……』
そうこうしている内に、あっという間に商店街へ到着したが、こちらでもやはり蝋燭はほとんど売り切れているらしい。陰気になる彼の姿を察したかのように、夏にはそぐわぬ少し肌寒い風が背中を撫でた。
商店街をなんとなく歩いてしばらくして、辺りは段々と霧が出始めてきた、なにもこんなときに霧がかからなくても、とも思う翔だったが、彼の思いとは裏腹に商店街にはどんどんと朧気な濃霧が這い蹲るばかりであった。
最後まで御愛読いただき、誠にありがとうございます。いかがでしたでしょうか。
少し一息願います。
まだまだ序章ではありましたが、お楽しみいただけましたでしょうか。
近々続きを投稿させていただきます。なるべく早く。ね。
また次回をお楽しみに