メチルオレンジとクピードー
今回は結構長いです……
私自身、実際に読んでみたいです!
父の仕事の都合で、スペインから帰国した佐伯凜乃は高校が始まって早々風邪で欠席したことでグループにあぶれ、クラスから疎外感を感じていた。1人で部活見学に迷っているところに、化学実験室から甘い香りがした。実験室に入ると、そこにいたのはガスバーナーでマシュマロを焼いている男子生徒。リノの1学年先輩の廣海貴成、唯一の化学部員だった。そして数日後、化学部に入部したリノは、貴成から好きな人がいること、その女子は自分と正反対できっと釣り合わないことを話される。赤い水溶液がオレンジ色に変わるとき、クピードーになる音がした。
この作品は、主人公が『頑張る』のではなく、『応援する』お話。貴成がどう行動すれば意中の女子に振り向いてもらえるかを真剣に考えたり、貴成のぶっ飛んだ思考回路にツッコんだりする2人のやりとりや、2人を取り巻く環境が、リノ視点でライトノベル風に書かれている。奮闘する側の話はライトノベルにも一般の文芸作品にも多いけど、応援するサイドの話はなかなか新鮮だった。
リノと貴成の部活動のほとんどは、実験にかこつけて食べ物を作ったり(シャーベット、バター、綿菓子)、ペットボトルロケットやったりして、残り30分は喋ってる。ちゃんとした実験は年に4回のレポート提出の時だけ。2人は淡々と進めてるように見えるけど、変化が始まったときのリアクションが微笑ましい。クラス間や教諭間では『エキセントリック』、『一匹狼』と見られている2人が幼子のように語彙力がなくなる様子はすごくかわいいと思う。
「今は可愛い男子好きな女子もいるからな」「じゃあ女装すればいいの?」「違う! そうじゃない!」というような軽快なやりとりも男子高校生らしいシーンだな、と思った。貴成の短絡さと鈍さ、リノの利発さがいいバランスで読者を楽しませるシーンがところどころにある。ただ、『メガネをしなきゃ触らせませーん』というセリフや、鹸化のついての詳細なレポートは、貴成をただのボケキャラに留めていない。リノも作中で『ちゃんとしてたらモテそうなのに、貴成』と言及している。
印象に残ったのは、バレンタインに貴成の恋が成就して、貴成が化学実験室に来なくなった終盤で、1人で当たり障りのない実験をするリノの『俺と貴成は、最初から同類なんかじゃなかった』というモノローグ。クラスじゃ浮いてる2人が居場所を作って楽しんでいた分、貴成が実験室に来なくなって、1人で熱対流を眺めているリノの描写はすごく寂しくて切なかった。
最後で行われた貴成のサプライズで、リノと貴成のすれ違いが終わったことと、『クラスの輪だってねじ込めば入れる可能性がある』とクラスとの関係を前向きに考え始めたリノに安心した。この作品は長編だったため、読むのを断念しそうと心配したが、2人の軽快な会話やハラハラする展開であっという間に読み終わった。