八話
俺が戻ってきたときに開口一番に声をかけてきたのはユースケだった。人のよさそうな日焼け顔を心配そうにゆがめながら聞いてくる。
「ノブオ、タカノリの奴何か変じゃなかったか?」
「俺も今それを言おうと思っていたところだよ。なんか部屋に塩なんかまいてさ…どうしたんだろ?」
「まさか…洞窟で変な悪霊に取り付かれたんじゃないのか?」
「そんな…」
ユースケは冗談めかしてそんな事を言って見せるのだが、俺にはそうは聞こえない。
そもそもこいつはあれを見ていないのだ。俺を海の底に引きずり込もうとしたあの白い顔の『ナニカ』を…
思い出しただけで寒気が走るのは、夏の太陽が沈みかけ夜に近付くにつれ気温が下がっているだけではないのだろう。
「おいおい…んなマジな顔するなよ。オカルトなんて全部嘘っぱちだろうが」
「なぁ…悪霊とか幽霊とか本当にいると思うか?」
俺は一拍間をおいてから話した。ユースケの返答に期待していない、自問自答にも似た問い。
悪霊なんて嘘っぱちだ。一時期…それこそ十数年前の世紀末前に流行ったらしい心霊番組なんてもうとっくの昔にすたれてしまっている。
オカルトなんてグループからはぐれた一部の暗そうな女子や、それこそ一部のもの好きの思春期に夢中になるような麻疹の様なものだ。
そんなものは信じないし、信じたくもなかった。ならタカノリのあの様子は何だ?
あいつは洞窟から入ってから明らかにおかしくなっていた。しかしそれをユースケやおじさんに説明するのは難しい。
実際におかしくなったタカノリに会って会話したのは俺だけなのだ。それに深入りしてどうこうなるものではない。
あいつが夏の暑さに頭をやられて混乱しているだけ…という可能性も否定できないのだから。
なら、あの白い着物の綺麗な女の子や俺が洞窟の中で感じた変な気配や、泳いだ時に足に巻き付いていたものやタカノリの気配で感じた視線は何なのか?
考えれば考えるほどわからなくなってくる。ここには何か良くないものでもいるのだろうか?
オカルトなんか信じない俺でさえ、そう思い込むようになってしまっているのだから…
「鬼火が出てひゅー、どろどろ!! って三角巾被ってうーらーめーしーやーって出てくる奴だろ。漫画じゃないんだし」
「ドリフのコントかよ、それ…」
「お前さ、突込みが古過ぎじゃね? 世代がオヤジの頃までずれてんぞ」
「最近は動画とかで流行ったらそんな古いのでも流行るんだよ」
「スマホとかに恵まれた俺たちネット世代の副産物だな」
「そうだな」
突っ込む気にもなれない。実際そんなステレオタイプな時代に取り残されたような典型的な幽霊が出てきたら可愛いものだ。
だが、多少気が楽になったのは確かだ。ユースケの底抜けの明るさが今の俺にはありがたい。
むしろタカノリの奴の方が心配だ。あいつが何を『視た』のかは知らないが、俺には不安から変な行動を取って言っているように見えた。