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五話





夏の海ってのはそんなに涼しいものじゃない、むしろ暑い位だ。

体が海水に浸かっていても、肌が海面から出ている箇所は太陽に炙られて暑くてヒリヒリする訳であって…

クーラーの利いている部屋ほど快適って訳じゃない。それでも夏の海で泳ぐってのは市民プールで泳ぐよりもなんか充実感がある。

まぁ、下手な泳ぎ方をして溺れかけて海水をたらふく飲んじゃうと喉をやられる可能性が高いわけだが…


(やっぱ早いなユースケは)


俺の前をゆくユースケのクロールのフォームはなんと言うか洗練されていた。下手な奴や体の固い奴がクロール水法なんかやっても、

バタ足で五月蝿く水面を叩いてしまったり、水を掻き揚げる腕の肘が曲がっていたりするもんだがあいつはそんな事はなかった。

腕は真っ直ぐ、そしてすいすいとまるでイルカのように泳いで居やがる。流石は運動部を掛け持ちでやっているだけのことはある。


(負けてられるかよ…)


大して俺のフォームの見苦しい事だ。前述のように下手くそとはいわないがお世辞にも洗練されてはいない。

腕は力任せに海水をかき混ぜ、バタ足は無駄に海面を叩くばかりで体力を悪戯に消耗しきってしまっている。

もはや勝敗は八割がた明らかだったが、素直に負けを認めるほど俺は甘くは無い。

兎に角、中間地点の岩はターンして抜けたんだ。砂浜まで残り百メートル、ユースケとの距離は目測二十メートル…逆転の目はある。

俺はラストスパートをかけた。その甲斐もあってか、距離は徐々に縮まっているような気がする。

岸まであと四十メートル。最後の息継ぎをして一気に追い抜くことを決意し、大きく息を吸い込んで顔を海面につけた。

そして――――見えてしまった。得体の知れないあるモノを…


(何だ…白い…あれ……?)


仄暗い水の奥におぼろげながらに何かが見えた。目測で深さ十メートル、俺はそれを最初クラゲかビニール袋かだと思った。

しかし違った、そのものから視線を感じたのだ。白い丸いモノに黒い点のようなものがはっきりと二つ確認できる。

最初はユースケかダイキがふざけているのかと思った。俺を待ち伏せして何か悪戯しようとしてたのだろう。

しかし、色黒のダイキはあんなに白くないしユースケは十メートル以上先を泳いでいる。

タカノリの奴はロッジに居る。今、俺に悪戯を仕掛けるような奴を、ここに来たメンバーで図ることは難しい。

ゴーグルを着けていない裸眼なのに、今…『ソイツ』がはっきりと水の奥底でニンマリと笑うのが分かった。


(こいつは…!)


おぞましいモノを感じて俺は顔を上げた。そして思いっきり泳いだ、必死だった。

暗い海の底からそいつがゆっくりと、しかし確実に浮上していくのが何故か分かった。

俺を追っているのだ。あいつに捕まってしまったら何をされるかわからない…俺は必死で泳いだ。


「―――た! ノブ――!! 大丈夫―――――!!」


ユースケの声が聞こえていた。なにやら俺に向かって大声で叫んでいるようだ。

あいつがそうしているという事は、既にユースケは砂浜に上がっていて俺を待っているという事なのだろう。

もう少しだ、もう少しで陸に上がれる。そうすれば命が助かるのだ! 俺は必死だった。

恐らく生まれて初めて必死に泳いだだろう。小学校の時の水泳県大会などよりも必死であったと間違いなく断言できる。

陸地が見えた、ユースケが心配そうな顔で俺に顔を向けている。あと少し―――あと少しでこの得体の知れない『何か』から逃れられる!


「ひっ――!!」


喉から漏れた声は悲鳴というよりも、急に息を吸い込んだときに出るようなヒュッ、という音に近い。

ユースケと俺との距離は十メートルも無かった。もう少しだった、そんなときに足を何かに掴まれた。

海水の中でも分かるひんやりとした腕。そしてナメクジみたいにヌルヌルした感触。

それは恐ろしい勢いで俺を海の中へと引きずり込もうとしていた。頭の中が真っ白になるパニックになる。

パニクって泳ぐどころではない。海水をたらふく飲んでしまいもう駄目かと思う。

視界の端に何か映る。ユースケの奴じゃない、白い見覚えのある人影だった。

だが、それを見た瞬間に足を引っ張っていた拘束が緩んだ。俺は無我夢中でそれを蹴り、砂浜へ向かって我武者羅にかき上げた。


「ノブオッ!掴まれッ!!」


その声が聞こえたときに足は陸地を踏みしめていた。そして、無我夢中でユースケの腕を掴み引っ張り上げられた。


「ゲホッ、ゴホッ…ゲホゴホッ!!」


真夏の日差しに炙られ、灼けた砂の上で四つん這いになり咳き込む。今となってはうっとおしく感じていた夏の暑さが生の実感を感じさせてくれた。

『あいつ』はもう居ない様だった。怖くて海側を見ることが出来なかったが肌で感じていた禍々しい気配が消失していた。

危機は去ったという事なのだろう。安全への保障が約束された結果、酷使された筋肉がようやく痛み始めた。


「お…おい、大丈夫か? お前、尋常じゃない顔してたぞ…」


ユースケの声は決して小さくなかったが、俺には遠く聞こえた。


「海の中に…白い顔があって……そいつが…俺を襲ったんだ」


俺はともかく分かって欲しかった。誰かに今の自分を襲った危機的状況を共有して欲しかったのだ。

とどのつまり、ユースケにさっきのことを話して恐怖を分散させようとしたのだ。


「…お、落ち着いてから話そう。ところでお前…足に海藻が付いてるぞ」


「海藻…?何言って…」


訳の判らないことをいい始めたユースケに腹が立ち、ぶん殴ってやろうかとふらふらする足で立ち上がったそのときだった。

足に巻きついていたそれを確認したとき、俺は鳥肌が立ってしまった。


「……!?」


右足首に巻きついていた『ソレ』は海藻と呼ぶにはあまりにも細く、縮れた黒い髪の毛のようだった。

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