四話
俺達は砂浜に戻った。さっきからまだ一時間と経っていないが、随分な時間が過ぎたような気がする。
あの洞窟は一体なんだったのだろう? 七枚の鏡と真ん中に置かれた日本人形…オカルトに乏しい俺にはさっぱりわからない。
だが、暗黙の了解のようなものでさっき見たものの件については誰もが今の今まで口に出そうとはしなかった。
俺もいくつか頭に引っかかった事はあるのだが、口に出さない方が無難なのだろう。
あそこからは何か得体の知れない、薄気味悪い空気を感じた。それが霊の仕業かどうかは分からないが。
「おい、タカノリの奴はどうしたんだ?」
「今気分が悪いからってロッジで休んでるよ。部屋入れてくれなかったからドア越しに聞いただけだったけど」
「そうか…あいつには悪い事したかもな。ダイキには俺からも言っておくよ
ダイキだって普段あんなに怒るやつじゃないんだ。」
「……」
ダイキの事はあまり関心が無かった。重要なのはタカノリの方だった。
「なぁ…」
「ん?」
「タカノリの奴さ、いきなり悲鳴上げてどうしたんだろうな?」
「…さぁ、わからないな」
俺は何も知らない振りをした。嘘だ、俺はあのときのタカノリの顔をはっきり見ている。
タカノリは洞窟に入るのも嫌がっていたし、俺達と違ってあそこで『何か』が見えていた用でもあった。
その『何か』が何だってのは分からないし、今となってはわざわざあそこに戻って確かめる気にもならない。
大体、幽霊らしきものが見えたから驚くのも無理は無いかもしれない。
タカノリの奴が見た『何か』ってのは、俺が見たような白い服を着た女の子みたいなものなのだろうか?
だとしたらあの脅えようは何だ?仮に俺が会った女の子が幽霊だとしても彼女は危害を加えようとはしてこなかった。
『…いけない、あの場所には』
彼女の発した【警告】。これを言葉のとおりに受け止めれば『あの場所』…つまり洞窟に向かってはいけないと伝えようとしていたのか?
逆に言えばあの洞窟には彼女が恐れるほどの『何か』があるって方向にも推理できる。
その『何か』をタカノリが見てしまったのだとすれば、幾つかの事に納得がいく。一体あいつは何を―――――
「おい、ノブオよぉ…」
思考を遮るようにユースケが話しかける。人が良さそうなこいつの顔も何処か不安の影がこびりついていた。
「どうした?」
「さっきの事なんて忘れて泳ごうぜ。せっかく水着持ってきたんだしさ、楽しまないと損だよ」
「そう…だな」
返事が上の空になっていた事は分かっていた。だか、ユースケの言葉の通り俺は忘れたかった。
人形と七枚の鏡がある場所なんて、普通じゃないに決まっている。
ユースケの気遣いは有難かった。あそこで見た光景が頭の中にこびりついて離れないどころか、嫌な空想はどんどん膨らんでいくばかりだ。
気分転換のためにここに来たというのに、気が滅入ってちゃあ本末転倒って奴だ。嫌な事は忘れるに限る。
何も起きる訳が無い。気の弱いタカノリがあそこで見たモノだって大したものじゃない。
そう、大したものじゃないんだ。たかが鏡と人形で何が出来るというのだろう?
「じゃあ、向こうに岩があるだろ? そこなら潮に流されて沖に行く事も無いし、そこまでクロールで競争な!」
「いいぜ、ダイキほど運動は得意じゃねぇけどやってやるよ」
俺達は意気投合して昼過ぎの太陽を反射し、きらきらと波打つ海へと向かった。