二話
「おい、着いたぞ」
洞窟の入り口に入る。塩の臭いがして奥には海水が立てるちゃぷちゃぷとした音が聞こえた。
今は昼間なのだが、洞窟は日光がある程度入ってくるもののものの薄暗くじめじめとしていた。
「ここだよ。結構涼しそうじゃない?」
「近くで見ると意外と広いね」
「なんか暗いな…明かり持ってる奴いるか?」
「じゃーん。こんな事もあろうかとペンライトを持ってきたんだ」
ユースケが有名長寿番組のマスコットキャラクターみたいに得意げに細い筒状をした銀色のライトを翳してみせる。
まったく準備がいいことだ。恐らく夜に適当な場所を見つけて肝試しでもするつもりだったのかもしれない。
霊感はあまり無い俺でも、そう言うオカルトじみたことはあまり好きではない。
霊の存在を信じているわけではないし、怪奇現象…いわゆる霊障ってやつにも遭遇したことがないがいい気分がしないのは確かだ。
「おい、早くしろよ。タカノリが先頭な」
「お、俺が行くの?」
困惑した顔でタカノリが言う。こいつは図体の割りに気が小さくダイキやユースケといったクラスでも大きな顔をしている奴の言う事には逆らえない。
「おめーが一番デカイから早く行かないとつっかえるだろ? 見て来いよ」
「だって暗いし、滑るし…何か出そうじゃない?」
「ライトがあるだろうが、チッ…これだからお前は」
ダイキは舌打ちする。こいつは自分の思い通りにならないと直ぐに機嫌を悪くする。
家が大きいので甘やかされてきたのだろう。それでも普通に関わるには面白いやつだったけど。
「もういいよ。俺とダイキで行くわ。タカノリは外で待っとけば」
「そんな言い方はないだろ」
「わりぃわりぃ。じゃあ、行っとくぜ」
適当に謝りながらダイキとユースケは先行した。その姿も直ぐに見えなくなり、洞窟にはライトのきらめきしか見えない。
先ほど言った様に意外と広い洞窟らしい。海面からそこそこの高さはあるので、仮に満潮になったとしても海水で中が満たされることは無い…筈である。
だけど、本音を言うと俺はタカノリと同じ気持ちだった。なんか嫌な予感がしたからだ。
「ノブオ君。本当に行くの?」
「行くしか、ないよなぁ…」
昼間なのに洞窟の入り口付近でビビって中に入れませんでした。とかじゃ、クラスの笑いものにされる。
そこが学生の辛い所で、俺は『ビビリ君』なんて不名誉なあだ名でこれからの高校生活を過ごすのが嫌だった。
たかが洞窟だ。そんなもの祖父母の住んでる田舎で何回も探検したことがある。
戦前の防空壕なんかにも入ったことがある。あの時は戻れなくなりかけて、親父たちが夜になって助けに来てくれたがそれ以外何も無かった。
霊障なんてそんなのテレビやインチキオカルト学者がでっち上げたやらせのようなものだ。
ネットで探せば心霊写真の作り方なんていくらでも出てくるし。どっかの掲示板に掲載されてた怪談話なんかもワンパターンで飽き飽きだ。
死んだら幽霊になるって言うなら、この世はとっくに幽霊まみれでないとおかしい。
霊の呼び出し方なんかも遊び半分でやったことがあるが何も起こらなかった。彼にそんなものがあったとしても霊感が無いから大丈夫だ。
「…」
「いくぞ。何かが起きるって訳じゃないんだからな」
俺はタカノリに若干きつい口調で言った。まるで自分に言い聞かせてる用でもあった。
(だったら、あの女の子はなんだったんだ…?)
洞窟に入る前に、まるで警告するかのように俺の前に現れた白い服の女の子。
彼女を見たのは一瞬。だけど、確実に見て声も聞いたって言うのはさっき体験した事実だ。
だけど、今まで霊感が無かった俺がどうしてそんなものを見たのか分からない。
何時までも考えても仕方の無い疑問を押し殺しつつ、俺達は洞窟の奥へと入っていった。