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一話


ザザ―――――ッ



静かに、波打ち際の音が聞こえるとある浜辺。季節は真夏の盛りだというのにそこだけ切り取られたように静かだった。

白い砂浜が太陽を反射して眩しい。ここが普通の海水浴場だとしたらさぞかし盛況だったに違いない。

だがこの区画は特定の一族か、それに類する者以外の立ち入りは禁じられていた。

この場所を特定の現象が見える者が見たとしたら眉を潜めたかもしれない。なんにせよ「引き寄せる声」が聞こえるのだ。

深い深い海の奥に沈んで言った者達の魂の叫びが、生者たちを引き寄せているように。

近くに二階建ての小屋が建っていたが、それはそうした者達が監視の業務にて一時的に寝食するための仮宿に過ぎなかった。



「……」



いつのまにか風と共に白い、時代がかった服を着た少女が立っていた。

彼女の風体もまた現代に生きる人間としては異様であり、古い時代の写真から切り出してそこに貼り付けたような不自然さがある。

整った睫毛の下にある大きめな瞳は海の奥にある何かを見透かすような光を湛え、桜色の花弁のような唇は固く結ばれ閉ざされている。

腰まである長い髪が風に弄ばれるように、ゆらゆらと揺れる。その髪が顔にかかろうとも彼女は払いのける仕草すらしなかった。


また風が吹くと、そこに少女の姿は無かった。そう、まるで最初からそんな人間など存在すらしていないといわんばかりに―――――







燦然と太陽の日差しが砂浜に降り注ぐ。誰もが思い浮かべそうないかにも夏って感じの風景。

焼けた砂浜、そして輝く海…俺達の最後の夏休みの思い出作りが始まろうとしていた。

叔父さんに無理を言って連れてこさせてもらったのは、ガキの頃に車で通ったこの場所の景色が目に焼きついて離れなかったからだ。

引き寄せられているのかもしれないとそう思った事もある。叔父さんは俺が大きくなるまではここにつれてくるっような事はしなかった。

その理由は分からないが、多分溺れてしまうからとかそんな過保護臭い考えからだろう。

今の俺はもう大人だった。だが、友人達を数人連れて行くと前日に告げた時は流石にあまり良い顔をしなかったけど。


「あっついなぁ…足が焼けちゃうよ。何処か涼しい場所ってないかな?」


「ハァ? 海に着たんだからそんくらい当たり前だろ」


身長があるが気弱なタカノリの言葉に、色黒で活発なダイキが反論する。


「でもさ、こんな真昼に来なくても良かったんじゃない?」


「俺もタカノリの意見には賛成だな。もう少しすれば日も翳ってマシになるだろうしな」


「チッ、せっかく海水浴に来たってのにそれかよ」


「ね、ねぇ…ならいい場所があるんだ」


ユースケが口を挟む。小柄で落ち着きの無い彼はバスケ部のエースでもあるのだ。


「ノブオの叔父さんの車で来る時にさ、なんか岩陰があったじゃん。あそこなら少し歩いていけるし、どう?」


例の洞窟かもしれない。そこに近付かないように伝えてくれと、俺は叔父さんに頼まれていたのだ。


「うーん…」


「洞窟で探検ってのも暇つぶしとしては悪くないよなぁ」


「いや、俺の叔父さんがあそこに近寄らないほうが良いって…」


「なんだお前。白けさせるんじゃねーよ。それとも怖くてビビってるのか?」


ダイキが薄い眉を逆八の字にして睨みつける。俺は言い返すことができなかった。


「さあ、行こうぜ」


「おい、ちょっと待ってくれよ…」


俺は反論しようとしたが、ダイキもユースケもさっさと行ってしまい取り残されるわけには行かなかった。

こーいう時に決断が早くてノリもいい奴はクラスでも持て囃される。更に二人とも今年の夏で引退したがそれぞれサッカー部とバスケ部のエースだ。

更に二人とも女子からの人気は高くて彼女がいてた。こいつらのこんな所が俺はどうしようもなく羨ましかった。

モテる奴は何をしなくてもモテるし、モテないやつは何をやっても努力が実らない。世の中の不公平って奴だ。

仕方が無い。あいつを頬って置くわけにもいかないだろう。それに洞窟に近づいた所で直ぐに何かがおきるはずも無いのだ。


「どうするの…?」


「ダイキのやつが言ったんだ。行くしかないよなぁ…」


心配そうな口調で聞いてくるタカノリ。こいつは図体は大きいくせに気が小さい。

よく言えば大人しく、あまり自分を前に出さない。悪く言うのならばリーダーシップゼロといった感じなのだろう。

逆に言えばそんな気質だからこそ、俺の相談にも色々乗ってくれる話し安い知人って感じではあるんだが…

そして、俺は聞いた。それは風に紛れるようにか細く、小さかったが鈴のなるような様な女の子の声だった。



「―――いけない、あの場所に近付いては」




「えっ?」


何処からか声が聞こえてきて俺は振り返った。そこに居たのは白い影だった。

正確に言えば白い着物を着た女の子だった。こんな日差しなのに肌が白くあまり健康そうには見えない。

いまどきの若い子とは雰囲気がぜんぜん違う。服とか髪形とか言う視覚的なものじゃなくて、

言葉で説明は難しいのだが女の子の周りだけ時代から切り取られたように空気が違うのだ。

ナンパしようなどとはどういうつもりか思わなかった。俺と彼女は一瞬の間だけ視線を交わせる。


「おーい。ノブオー早くしろ――っ!」


「あー、わかったよ。今行くって!」


ダイキの急かす声が聞こえたので、俺は振り返りつつも若干苛立ちつつも返事を返した。

女の子の方に振り返った。クラスで散々見飽きた面の野郎共と遊びに行くのは悪くない。

だが俺は健全な男子なんだ。高校生最後の歳を男同士だけで過ごすなんて寂しいし、俺はホモじゃない。

それに可愛い子なら尚更だ。あまり押しの強そうな子じゃなさそうだったので強引に言い寄れば経験に乏しい俺でもナンパできると思ったのだ。

そーいう下心もあったが、可愛い子と一緒に居られる機会をみすみす逃すには勿体無い。ちょっと雰囲気は変な子だけれども。


「おーい、君も良かったら後でバーベキューするから俺達と…」


しかし、早々上手くいくほど現実というのは甘くなかった。さっきまで居たはずの女の子の姿が影も形も無かったからである。


「居ない…」


俺がダイキの奴に返事を返していた時間は十秒も無かった筈だ。

それなのに視界の広い砂浜から見えなくなるほど離れる事なんて可能なのだろうか?

疑問が胸の内を掠める。妙だとも思ったが、俺はタカノリのように神経質じゃあない。

あまり細かい事を口にすると鬱陶しがられるってのは学習している。


「なんだ…この風?」


びゅううと、生暖かい風が吹く。それは夏の騒々しい暑さに似合わない異様な感触でだったんだ。






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