魂の寿命
視界はハッキリしている。
薄暗い路地裏は夕方になりさらに怪しさと気味悪さを際立たせていたが、そこら中に落ちている木材やらゴミ箱やらの障害物を難なく避け進んで行く。
(初めて歩く霊都がこんな路地裏なんてな…)
正直、勢いで飛び出してしまった感は否めない。
結局、彼女らが持っている謎の戦闘力は謎のまま、この俺の身体についても向こうの方が詳しいに違いない。
幾度目かの角を曲がり、最早何処からここに入って来たのかもわからなくなった頃、不意に、目の前の扉が開けられる。
「きゃっ…!」
俺は強化された動体視力と身のこなしでさらりと躱し、バランスを崩したその声の主の身体を右腕1本で支える。
支えた身体はやけに柔らかく、軽く、温かかった。
「おい!待たんか!!」
半開きになった扉の奥から、野太く荒い叫び声が聞こえた。
一瞬で目線を動かしてみると、ここは何処かの裏口で、誰かに追われている何者かを自分は支えているらしかった。
そして、相手の顔、姿。
薄い色の茶髪はゆったりと2つに結われ、同じく色素の薄い肌に、意志の強そうなエメラルドグリーンの瞳。霊都じゃアテにならないが、見た目だけならたぶん年下。
薄い身体に纏われているのは何故か野暮ったいメイド服だった。
幾つか推測は思い浮かぶがとにかく、この娘は追われている。
背中に当てていた右手をそのまま回すと、お姫様抱っこの姿勢にして、そのまま強く地面を蹴りつける…!
近くで「きゃっ」という短い悲鳴が聞こえ、俺は10mほど跳躍し、近くの建物の屋根に飛び乗る。
その後すぐ例の裏口のドアが開く音がし、どこいった、だの聞こえた。
次いで男達が散らばる足音も聞きながら、俺はすっかり落ちていく太陽を背に、屋根から屋根へ次々渡って行く。
「そういや…ここにも太陽はあったんだな…」
初めて太陽を見たことに気付いた。
口に出ていた。
「はい」
と返事が聞こえてから気付いた。
目線を落とすと、やけにキラキラした目で俺の目を見ている女の子がいた。
というか俺が腕に抱いていた。
目線を戻し、また屋根を蹴りつけながら、
「俺は神崎。神崎孝助。君は?」
「名はエルセフィ。名字はありません。」
名字はない…か…。この娘、明らかにただ事ではない雰囲気だった。絶対に何かしら抱えている。
自分の問題を棚に上げて、見ず知らず通りすがりの女の子を助けるなんて、我ながらヒーロー気取りもいい所である。
とりあえず「そうか」とだけ返し、立ち止まる。
辺りは薄暗く、人の活気もない。俺が立っているのは、大きな倉庫の屋根の上のようだった。
もうそろそろいいかと思い、「降りるぞ」と声をかけながら飛び降りる。
降りたところに丁度裏口らしきドアがあったので、エルセフィと名乗った女の子を降ろし、ノブを回してみると、やはり鍵がかかっているようだった。
「いけるか…?」
俺は自分の身体に何が起きているか全く理解していないし、その力も把握していない。しかし今までしでかしてきた事を考えると、扉くらい蹴破れそうな気がする。
と思って軽く助走を付けていると、
身体から突然力が抜ける。
「なっ…!?」
脚が体重を支えられずに崩れ落ちる…!
鼻の頭から地面にぶつかりに行きそうになった時、何か柔らかいものが俺を支えてくれた。
「だ、大丈夫ですか…!?」
「エル…セフィ…?」
「お、重い…っ……」
だが結局2人して抱き合うようにゆっくり地面に崩れた。
あんなに燃えるようだった血液が恐ろしい勢いで温度を失っていく感覚があった。
「なん……だ、こ、れ……ッ!?」
「神崎様……これは……」
エルセフィも抱き合っている俺の身体が急激に冷えていくのを感じているらしく驚いている。
と思っていたが、エルセフィの顔を見る。
「…!エル、セフィ…、それは…?」
エメラルド色の右の瞳の中に魔法陣のようなものが光り、片目を瞑り、俺を見つめていた。
「私の、霊魔術円«マギクル»です。私の右目は解析術«アナライザ»を使えます。」
「なん……だ、それ……?」
「貴方様の身体には神格レベルの炎熱術円«ヒータ・マギクル»が施されていますね。それが今まで術によって超人的な能力を働いていたようですが、効果が切れたのです。」
エルセフィの言うことはわからないことだらけだった。
しかし……、今は……、眠い……………
「まだ寝てはいけません、私の首筋に触れてください、手を……」
されるがまま手を導かれた通りに動かすと、微かに硬い感触がした。
『隷属の首輪…。なるほど…。』
頭の中で声がすると、バチッ!と手の中が燃えた。俺の指先から火花が火花が散ったようだった。
エルセフィは熱さからか少し顔を顰めると、
「これで私は自由に他の術も行使できます。貴方様は少しお休みくださいませ…」
と言って俺の目を白魚のような手で閉じさせたのだった。
眠りゆく脳の中でエルセフィと同じような慈愛に満ちた声で、
『無理するからよ。しっかりお休み。』
と声がして、俺の意識は暗闇に落ちていった。
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目を覚ますと、知らない天井だった。
今度は真っ白な部屋ではなく、木板で作られた天井、そこにコードで電球が吊るされて優しい光を放っていた。
この世界にも電球なんてあるんだな…
ぼんやり思いながら意識を取り戻していくと、頭の上から、
「おはようございます。神崎様。」
と柔らかい声がした。
そういえば頭の下にも柔らかく暖かい何かがある。
頭の上も下も柔らかくて、思わず二度寝してしまいそうな心地よさだ。
「うーん…」と言って寝返りを打つと、今度は濃紺の布と白い布が目の前に広がる。しかも何だか甘い匂いがして、無性に顔を埋めたくなる。埋めてみた。
「神崎様、もうそろそろここを出ませんと……」
と口では促すがエルセフィの手は俺の髪を優しく梳く。
暖かくて柔らかくていい気持ちだ。ここは天国でこいつはもしや天使か、と思って「ん?」と気付く。
こいつ距離が近すぎないか?そういや今どういう状況なんだ…?
急に頭が冴えてきた。
というか俺の聡明な脳みそは今のこの状況をバッチリ理解してしまった。
俺は今!エルセフィに膝枕をされている!!
ハッ!として、バッ!と転がりサッ!と姿勢を正して正座!この間1秒である。
エルセフィはそんな俺と目が合って(やはり向こうも正座していた)、キョトンとすると、笑顔を作り、
「おはようございます」
と言うのだった。
その笑顔に危うく骨抜きになりそうになりながらも、俺は何とか、
「こっ、ここ、ここは何処だ?」
噛んだが、問うた。
「先程とは遠く離れたお宿にございます。あの倉庫には追手が迫っておりましたので、場所を変えさせて頂いたのです。小さなお宿でしたので、急に倒れたと言うと、入れてくださいました。」
「そうか……追手、もう来たのか、早いな…」
「3人組の女性の追手でした。私に見覚えはありません。神崎様、貴方様も追われてらっしゃるのですか?」
何…!?エルセフィの追手じゃなかったのか…、そういやあいつらは“匂い”がどうとか言ってたな…、それで俺を追えるのか…?
「エルセフィ、俺も追われてる。しかもやつらは俺の匂いで追跡できるらしいんだ。どうすればいい?」
と言ってから気付き、
「お前の、マギクル…?だっけ、その能力も教えてくれ。この世界にはどんな力があるってんだ…?それに、遠く離れた宿って言ったな、そこまで俺をどうやって運んだ?」
記憶では、彼女は俺の事を支えられずに2人して転んだように思う。
エルセフィは、真剣な眼差しになり、話し出した。
…
要約すると、
・霊都では、霊体同士で子供を作ると霊都生まれの純粋な霊都人ができる。霊都人は霊魔術円«マギクル»と呼ばれるサークル状の刻印を身体に刻むと、それに対応した術を行使できる。
・マギクルは身体に2つまで刻める。理由は右脳と左脳それぞれで1つずつしか術を行使できないためである。
・基本、霊都人はその2つを組み合わせて様々な術を使うが、エルセフィは霊都人の中でも例外で、右脳と左脳、2つずつ行使することが出来るらしい。右目の物はそのうちの1つで、あと3ヶ所に刻印がある。
・エルセフィはそのせいで、実験をしたい外法者に隷属の首輪というチップで右目以外の術を封じられ、売り飛ばされそうになった。何とか逃げ出した所を俺とぶつかった。らしい。
エルセフィはそのあと、
「私の右目だけは非戦闘的なマギクルでしたので、封じられなかったのです。」
と言い、
「あのチップは霊都人の術でしか壊せないのです。貴方様に出会えて幸運でした。」
と感謝された。
気になったので年齢を聞くと、
「私はまだ16年しか生きておりません。寿命は50年程度です。」
と言われ「!?」と驚くと、
「ご存知ないのですか?魂が凝縮しているほど寿命は短いのです。つまり、私は常人の10倍の能力を持っているのでございます。」
「いや、知ってたさ。10倍だって?なるほど、だから俺を運べたのか…」
「ええ、チップを破壊してくださったお陰でもございます。幾つかの術で、追手を撒きながらここまで来られました。」
「あ、あのさ、俺にある力も、その目でわからないの…?」
「やはり、その力の事はご存知ありませんでしたか。かしこまりました。解析術«アナライザ»を行使します。」
フォン…と右目にマギクルが現れ、エルセフィは片目を閉じて俺を見る。
俺は目を合わせるのが恥ずかしくて、終わるまで斜め下の床を眺めていた。
…
数分たってエルセフィが「ふぅ…」と息を吐いたので窺うと、目のマギクルは消え、両目で俺を見る。
「神崎様、貴方様はどういったお方なのでしょう…?私も様々な人を視ましたが、貴方様は……正直、異常です。」
「俺の、寿命はどうだった……?」
「貴方様の魂の寿命、それは、あと、364日……今日からちょうど1年でございます。つまり…、」
ゴクリと喉が鳴る。
「貴方様は常人の500倍の力をお持ちにございます。」




