大英雄…?
最後に思い出せるのは、熱くて痛くてたまらない身体と、隣の席の春日谷が泣きながら言った「ごめんなさい」と、その美しい泣き顔だった。
目を開けた。
天井は真っ白だった。
蛍光灯もなんにもないのに、この部屋は明るい。
気怠いが首を回すと、真四角の部屋だった。
真四角で、真っ白。家具は見当たらない。ドアはある。
そして気付くと、俺が寝ているベッドも真っ白だった。
ベッドに寝ていたことに気付いた。
ゆっくり身体を起こすと俺は学生服のままで、刺されたはずの腹は何ともない。
どこの病院だろう?と思ったら、
コン、コン……
控え目なノックが響いた。
そういえば喉も焼けたと思い出して、声が出るのか不安だったが、
「どうぞ」
と声が出た。
ノブまで真っ白なドアを開けて入ってきたのは、何故か普通のサラリーマンだった。
グレーのスーツに薄い青のネクタイ、メガネに七三分けのスラッとした男だ。
10個は年上だと思う。
そいつは浅くお辞儀をすると、
「どうも初めまして、神崎孝助さん。あなたのような若い方がここに来るのは珍しいですよ。」
滑らかな低い声で言った。
俺が言うことは決まっていた。確信的な閃きがあった。
「ここは霊都ですよね?」
メガネリーマンは少し口を驚いた形に変えてから「そうです」と言った。
その「そうです」を聞きながら、俺の頭は回り出した。
春日谷は、“現代医療では治せないような殺し方を知っていて、俺を殺した”。
何故だ…?
しかも人目につかない用に
しかも停電のタイミングで
そして…そうだ、
「春日谷文歌はこっちに来てないんですか?」
あいつは自分を刺したのだ。
メガネリーマンはどうしてそんなことを知っているのかと言いたげな口をして言った、
「もうお目覚めになられて、中心都市の方へ行かれていますよ。あなたも“諸説明”を受けたあと、そちらへお連れしましょう。」
「諸説明……?」
「ええ、ここ霊都は通常世界…略して常界と言われますが、常界とはちょっと…いえ、大きく違いがあるのです。お馴染みの霊都史の知識とも、ここでお別れですかね。」
「霊都史とは違うのか?」
「それに霊都のシステムは載っていないでしょう?霊都のシステムは、“本当に“亡くなった方しか知り得ないんですよ。」
つまり、とりあえず俺と春日谷は“本当“に死んだらしい。
俺を殺した敬語女に山程問いただしたいことがあるが今は堪える。
「とりあえずここじゃなんですし、移動しましょうか。さ、お立ちになって。」
メガネリーマンに促されこの世界で初めて立とうと、ベッドから脚を降ろした時、
ギャィィィィィィィン!!
「うわっ!?」
「……」
部屋の壁から、チェーンソーでこの壁を切ってるんじゃないかという摩擦音。
俺は驚いて腰を抜かしかけたが、メガネリーマンは何も言わず、じっと音の出る方を見つめている。
メガネの奥の瞳は光の反射で伺えない。
ギャッ!!
っと音を立てて壁から頭をのぞかせたのはやはりチェーンソーだった。が、俺の知ってるチェーンソーとは少し違うみたいだった。
刃は金属ではない。と思う。なぜなら今はもう刃の半分ほどをのぞかせたチェーンソーは、ポップなオレンジ色をしていたのだ。
ピーンときた、あれはレーザーチェーンソーではなかろうか?
そんなの俺の世界では見たことは無いが、始めてきた世界だ。そんなこともあるかもしれん。
「あのー…」
「……」
声を掛けてもリーマンは無視。
というか、ギャリギャリいってる音で聞こえてないのかもな。
そしてとうとうチェーンソーは人が3人は通れるであろう歪な楕円にくり抜いてしまった。
くり抜かれた真っ白な壁は真っ白な粉塵をあげてドシャンと崩れる。
「やーっと見つけたわー!大英雄様は手間かけさせてくれるねー!」
キャンキャンした高い声の女が、そこから現れた。
後ろにもう1人分の人影があるが、奥が暗くてよく見えない。
キャン声の女はチェーンソーとお揃いの長めのオレンジ髪をふわっふわウェーブにしたちびっ子だった。
服はいろんな色のパステルカラーの水玉が描かれたこっちもふわっふわスカートのワンピース。
しかも背はちっこいくせに出てるとこは出てるぞこいつ。
ゆったりしたワンピースなのにそんなに主張してよいものか。
とりあえずこんなのは明らかにやばそうである。
隣にいるリーマンと世界観が違いすぎないか?お前はそれでいいのか?
今さっきこの世界に来た俺にそんなこと言う資格はないが、そこに転がっている白い瓦礫と一緒に俺の思い描く神秘の霊都象は粉々になったことだけは思っておく。
「…チッ……早いじゃないですか、カロン」
俺の神秘を支えるリアルの砦のメガネリーマンがやっとこさ喋ったと思ったら、チェーンソー女と知り合いだったらしい。
カロンっていうのか、日本人じゃなくてホッとしたぜ。
「アンタこそ、こんな部屋まで用意して、探すのめんどくさいったらありゃしなかったわよ!フミカが“ニオイ”付けてくれたから何とかなったけどさ!」
「フミカ…?そうか、彼女もそうだったんですねぇ。私としたことが見落としましたよ。」
「そりゃあの娘は切り札中の切り札だもんね!知られてたまるもんですか!さ!さっさとそいつを返してもらうよ。アンタじゃアタシら2人にゃ勝てないだろう?」
「サクラもいるんじゃ仕方がないですね。ここは退きますが、必ず奪い返しますよ」
ここでリーマンは、文歌…?と首をかしげ、会話についていけてない部外者の俺の方をチラリと見た。
そして、
「またお会いしましょう」
といってスーツの袖から、そのスーツと同じ色の灰をブワッ!と吐き出した!
「ゴホッ!ゴホッ!」
近くにいた俺はもろに浴びて咳き込んで俯き、再び顔をあげるとそこにはもう灰しか残されていなかった。
ちょ…!俺とこいつを2人きりにしてどこ行ってんの!?と思ったが初対面の人だし俺を助ける義理はないよなぁと思い直した。
「ふぅ〜ん?結構カッコよくない?」
「!?」
いつの間にか俺の真横に来て顔を覗き込んでくるキャン声女もとい、カロン。
いやいや、お前こそ結構可愛いよと言いかけたが初対面でそんな事言えるほど“デキ“た人間ではない。
戸惑っているとカロンは、
「危なかったねぇ〜大英雄様!アタシが助けに来てやったよ!」
と言い、イヒヒと笑った。
笑った口の形が可愛かった。
……………………
……………………………大英雄様?




