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第四章:過去の呪縛

フォルト、レイヤ、ルギオンは、過去を回想する。

その回想には一人の女性、ソロネがいた──



 1


 目を開けると、俺はラベンダーの花が咲く花畑にいた。

 夢だと理解できたが、深くは考えなかった。

 俺はぼんやりと花畑を歩く。

 しばらく歩くと、昔何度も見た人物の後ろ姿が目に入った。

 白いブラウスに、水色のスカート。風になびく黒く短い髪。

「ソロネ」

 名前を呼ぶと、彼女はにこりと笑いながら俺の元に駆け寄ってきた。

『どうしたの?』

 ソロネは不思議そうに笑いかける。俺も釣られて笑った。

「なんでも、ない」

『そう……そうだフォルト。今日は貴方に見せたい物があるの』

「見せたい、もの」

『そう、それは……』

 彼女は次の言葉を紡ぐことはなく、鮮血を噴き出して倒れた。

 花畑が赤く染まり、ソロネの遙か後ろでは、薄い笑みを浮かべたルギオンが俺を見ていた。

 手には銃を持って。

 俺はルギオンを銃で撃ち殺すと、直ぐにソロネに駆け寄った。

 ソロネは悲しげに笑いながら俺の頬を撫でる。

 夢なのに、何故か感触があった。

『フォル、ト』

「しゃべるなソロネ、今医者を……」

『……でね』

 ソロネは何か小声で言ってから、動かなくなる。

 俺はそれが夢だと解っているのに、絶叫した。


 目を覚ますと、フォルトは研究所の検査室にいた。

 寝る前に投与されていた薬品とは、別の薬品が点滴の形で投与されていた。

「……夢、か……夢、だな」

 フォルトは呟く様に言ってから、天井を見上げた。

「ソロネ……」

 悲しげな声は部屋に吸い込まれるように消えていった。


 俺とソロネが出会ったのは、戦場。

 ソロネは当時から決して敵を殺さない「人形師」として有名だった。

 ソロネは看護師として負傷者達の治療にあたり、敵味方関係なく治療していた。

 だから「ナイチンゲール」なんて呼ばれてもいた。

「どうして、貴方は他の人を殺すんですか?」

「仕事だからだ」

 そういうと、ソロネは悲しそうな顔をして「どうして?」と尋ねてきた。

「命令されているからだ、俺はそれに逆らえない」

 ソロネは責めることもなく、何も言わず負傷者達の手当に向かう。

 俺は彼女が不思議でならなかった。

 だから、何度も彼女の元に足繁く通った。

 何度も、何度も通うようになった。

「貴方は、どうして人を殺しても何も思わないの?」

 彼女は突然俺に問いかけてきた。

 その時、俺は「死に神」と言われていた存在だったからソロネが聞くのも無理は無かった。

「……俺は人として扱われた事はほとんど無い。あるとすれば実験体だ」

 初めて、自分の事を言った。

 ソロネはそれを聞いて驚いた表情をしてから悲しそうな顔して、俺を抱きしてめた。

 何も言わず「辛かったでしょう」とも、何も言わず抱きしめてくれた。

 俺は初めて、人の温もりに触れた気がした。

 ソロネはそれ以来俺に「命」について静かに教えてくれた。

 自らの鼓動を確かめさせて、産まれてきた命に触れさせて、俺は「命」という物の重さと温もりを知った。

 しかし、俺は自分がその「命」に当てはまらない自分にも気づいてしまった。

 人工的に作られた俺の「命」は、人間の様に脆い物ではなかった。

 「他者を殺す為に作られた命」、其れが俺だと気づいてしまった。

 ソロネに言うのを俺は躊躇した。

 けれども、俺はそれをソロネに話した。

 ソロネは俺を不気味な目で見ることも、哀れむ目で見ることもなく、ただ優しい微笑みを浮かべたまま抱きしめた。

 その温もりは俺にとってかけがえのないものだった。

 その温もりがあるから、俺はその時どんな苦しみからも逃げずにすんだ。

 どんな痛みからも逃げずにすんだ。

 だが、あの日――


 あの日、俺はルギオンと戦っていた。

 「DOLL」同士の戦い。

 部下に当たる連中は皆殺され、残るのは俺一人。

 俺の「DOLL」は大破し、まともに戦闘はもうできなくなった。

『フォルト君、終わりしましょう?君の苦しみの生も、痛みの生も』

「俺はまだ『死にたくない』……!」

 最後の一撃に望みを託しライフルを放つが当たることは無く、ルギオンの「DOLL」に残る腕を破壊され、コクピットに銃口が向けられた。

 その時、青い色の「DOLL」が映った。

 その「DOLL」は俺の「DOLL」を押し飛ばし、ルギオンの「DOLL」から放たれた弾丸にコクピットをやられ、そのまま地面に倒れ込んだ。

 その青い「DOLL」は、ソロネの「DOLL」だった。

 俺は動けぬ「DOLL」を捨ててソロネの「DOLL」へと走りより、コクピットを開けた。

 中には血塗れのソロネが倒れていた。

 ほとんど直撃に近かった為か破片がパイロットスーツに食い込み、特に大きな破片が胸に刺さっていた。

「ソロネ!」

「フォ、ルト」

 俺はソロネを抱き寄せる。

 ソロネは血塗れの顔で弱々しく微笑みながら俺の頬を撫でる。

「ソロ、ネ」

 気がついたら、俺は泣いていた。

 どうすればソロネを救えるのか解らず、途方にくれた。

 ソロネは俺に精一杯笑いかけながら、俺の頭を撫でる。

「泣か、な、いで……私、の、意思で、やった、こと、だか、ら」

 血が溢れて、どうやれば止められるのか解らなくて俺は狼狽えるだけだった。

「貴方と、レイシャに、伝え、たい、の」

「もう、しゃべら……」

「……でね」

 その言葉を最後に、ソロネは二度と動かなくなった。

 冷たくなるソロネの身体に、俺は初めて死と言う物を感じた。

 別の「DOLL」が俺たちの場所にやって来た。

 それはレイヤの「DOLL」で、レイヤは「DOLL」から下りると

 レイヤが俺を見て、泣いていた。

「お前が、お前が……!」

 その顔は憎しみに満ちていた。

 レイヤは、全て見ていたようだった。ソロネが俺をかばって死んだことも、全て。

「お前にも奴にも償わせてやる! 私から……私からソロネを奪った罪を! ソロネを殺した罪を償わせてやる!」

 レイヤは俺を殴りつけると、コクピットへと足を向けた。

「お前を罰するのはルギオンを殺してからだ! そこで一生悔やんでいろ!」

 憎悪の目で俺を睨み付けると、レイヤはコクピットに乗り込みルギオンの後を追った。


 そして、レイヤはルギオンを殺した。

 そして、レイヤの率いる部隊に俺は拘束され、牢屋に入れられた。

 俺がレイヤの組織するグリーンプラントの研究所に送られ、実験体として苦しみ続けることになるのは、その後の事だった。

 どんなに毒薬を投与されても苦しみが残るだけで身体は何度も再生し、死ぬことはない。

 副作用が身体に出て、普通の人間なら後遺症で苦しむことになる薬品でも、俺の身体には意味はなかった。

 何度も、治り、そして苦しむ。それの繰り返しだった。

 あの日までは。


 レイヤが俺を「牢獄」から出し、俺はライカと言う少女の生体媒介として生きることになった。

 苦しみはあるが、研究所の時に比べるとマシだと思う。

 ソロネに似たこの少女を守れるならば、この少女が笑ってくれるなら、思ってくれるなら、俺は何だって我慢できる。


 点滴が終わると、フォルトは起きあがり部屋を後にした。

 部屋の残されたのは空になった点滴用の袋だった。


 2


 フォルトが検査室を後にすると、レイヤはその部屋の隣の個室に入り鍵を掛ける。

 部屋はベッドと小さな棚以外なにもない部屋だった。

 レイヤはベッドに横になると天井を見上げた。

 真っ白な天井を見てレイヤは深い溜息をつく。

「……ソロネ」

 名前を呟き、目から一筋の涙をこぼす。

「何で、あんなことをしたんだ……」

 問いかけるように言葉を発するが、その問いかけに答える者は無く、部屋の白さに吸い込まれるように消えていった。


 ソロネと私が出会ったのは病院。

 怪我をした部下がいるとの情報が入り、私は病院に向かった。

 そこで、部下の治療に当たっていた一人の女性と会う。

 それがソロネだった。

 ソロネは部下を丁重に扱っていた、他の患者達と同じように。

「何故、私の部下の治療をしてくれた?」

「私達はどんな人たちでも怪我人、病人、治療を必要とする方達なら誰でも治療します」

「何故?」

「理由なんてありません。しいて言えば……私が、そうしたいんです」

 ソロネはそう言って微笑んでいた。

 分け隔て無く接する彼女に、私は次第に惹かれていった。


 暇を見つけては、ソロネのいる病院に足繁く通うようになり、彼女と話すことが楽しみになった。

 其処で、他の奴等と私は出会うことになる。

 ルギオンと、フォルト。

 この二人もソロネの元に通うことが多かった。

「何でアイツ等まで此処に来るんだ。片方はテロリストの分際で……」

「そんな事言わないで下さい。ね?」

 ソロネは愚痴る私を優しく叱る。それがいつもの事だった。

 当時から、私はフォルトやルギオンとは仲がいいとは言えず、奴等を毛嫌いしていた。

 理由は解らなかったが、今考えてみればソロネを取られるのが嫌だったのだろう。

 唯、フォルトはそれだけじゃなかった様に思えた。


 病院の外れにあるラベンダー畑がソロネの気に入りの場所だった。

「この花はどうして単体で飾らないんだ?」

「花言葉が、あまり好きじゃないだけなんです」

「そうか……」

 ある日、ソロネは私を其処に呼んだ。

「ところで、どうしてフォルトさんにはあんなに冷たいんですか?」

「……何の、事だ?」

 ソロネの問いかけに、冷や汗をかきそうになった。

「何で、そう思う?」

「明らかにルギオンさんの様な嫌い方とは違います。敵でもないのに彼処まで冷たくするのは普通じゃない」

 私はそれ以上聞かれるのが怖かった。耳を塞げるものなら私は塞いでいただろう。

「そんなことは、ない」

 笑いかけてみたが、その笑みはぎこちないものだっただはず。

 ソロネは悲しそうな顔をして此方を見た。

「……どうして、本当の事を言ってくれないのですか?」

 本当の事を言うのは怖かった。

 真実を知った者は皆私から離れていったから。私の事を裏切るから、怖かった。

「ソロネさん」

 心臓が大きく脈打つのが解った。

「貴方は本当に『人間』ですか?」

 一瞬、世界が私を拒絶するように、音が聞こえなくなった。

「私は『人間』だが?」

 声が震えていたのは、今でもよく覚えている。

「再生力が普通じゃないんです。フォルトさんも貴方も」

 ソロネは静かに続けた。死刑宣告よりも恐ろしい宣告を。

「軍の知り合いから貴方とフォルトさんのカルテをいただきました。改ざんされた部分を直していくとはっきりと解ったんです。貴方達は種でいう『人間』とは異なる存在だと」

 「違う」と叫びたかった。でも、それは真実だった。

 私は「人間」じゃないから。


 産まれて初めて見た光景は培養管越し研究室の中。

 増殖し続けるガン細胞を発展させて「不老不死」の「人間」を作ろうとするプロジェクトの中で産まれたのが私だった。

 私が最も成功した例で、成功例の手前がフォルトだった。

 他にもう一人いたらしいが、「不死」の能力が低い事から廃棄された聞いた。

 私とフォルトは同じ研究所で育てられた。

 フォルトは成功例の私と比べられ、いつも低く扱われていたのは覚えている。

 しかし、私は成功例である自分が惨めに見えた。

 フォルトが、私を見るたびに、惨めになった。

「……どうして私を見るの?」

「君は、誉められて嬉しい?」

 悲しいほど、澄んだ目で見られる度に私は怖くなった。

 成功例と誉められるほど、私が「人間」じゃないと理解させられたから、それを再度思わせられる発言が怖かった。

 私を「成功例」と扱う「人間」は数多くいれども、私を「人間」と扱ってくれる者はいなかった。

 寧ろ、不完全なフォルトの方が「人間」として扱われることが多かった。

 それが、羨ましく、憎かった。

(私を「人間」として扱って。私は「人間」よ!)

「流石『成功例』、この調子で頑張るんだぞ」

(「成功例」なんかじゃないって! 私は「人間」なの!)

 「人間」扱いされない程、辛くなって、気がついたら人を寄せ付けないことを覚えていた。

 自分の経歴を全て偽って、「人間」のフリをして来た。

 あの日まで。


「わ、私は……!」

「でも、こんな事どうでも良いですよね?」

 ソロネは微笑みを浮かべて私を見た。

 そして、私の手を握った。

「こんなに手も温かいし、心だってそう。優しい人なんですから関係ありませんよね」

 気がついたら、私は泣いていた。

 悲しかった訳ではないのに、涙が止まらなくて私は戸惑った。

「な、んで私は……!」

「レイシャさん。話してくれませんか? 貴方のこと、友達だから知りたいんです」

 初めて言われた言葉に、私は泣いた。とても嬉しかったから。


 初めて、私は自分の口から自分の事を話した。

 今まで話した事はなかった。話さなくても誰もがいずれ違和感に気づいて離れていったから。

「……有り難うございます、辛いこと聞いてすみませんでした」

 ソロネは優しい声で私を慰めてくれた。


 私にとってソロネは友人であると同時に、母親のような存在だった。

 だから、憎かった。奪ったあの二人が。


 ソロネが死んだ日。私はフォルトがルギオンの所に戦いに行くと聞いて急いで「DOLL」に乗って出た。

 ルギオンに勝てると思っていなかった。フォルトではルギオンに負けるのが解っていた。

 しかし、それ以上に別の不安があり、その理由を知りたくでその場に向かった。

 その時、もう手遅れだった。

 目の前でソロネの「DOLL」がフォルトの「DOLL」を庇ってルギオンの「DOLL」に貫かれた。

 美しい青い、空の様に青いその「DOLL」は音を立てて倒れた。

 ルギオンの「DOLL」はその場から去り、大破した漆黒の「DOLL」と私の「DOLL」、そして、コクピットの近くを破壊された「DOLL」が残った。

 私はコクピットから飛び降りるとその壊れた二体の「DOLL」の元に駆け寄った。

 血塗れのソロネが目に飛び込んできた。

 目の前が白く染まるのが解った。

 今まで色彩豊かな世界が、一瞬で白黒に染まった様に感じた。

 溢れる涙を止めることができなかった。

「お前が、お前が……!」

 私はフォルトに憎しみをぶつけた。

 ソロネを失った途端、其処まで愛で満たされていた部分が空っぽになり代わりに憎しみで溢れかえった。

「お前にも奴にも償わせてやる! 私から……私からソロネを奪った罪を! ソロネを殺した罪を償わせてやる!」

 フォルトを殴りつけると、私は「DOLL」に乗り込んだ。。

「お前を罰するのはルギオンを殺してからだ! そこで一生悔やんでいろ!」

 私はそのままルギオンの後を追った。

 許せなかった、ソロネを殺したことが。


 平坦な荒野にルギオンの「DOLL」は存在した。

「ルギオン!」

 怒声を張り上げ、私は自分の「DOLL」でルギオンの「DOLL」を斬りつけた。

「貴様が、貴様が!」

「貴方達が彼女をたぶらかしたからソロネさんが死んだんじゃないですか!」

「黙れぇええ!」

 ルギオンの言葉など聞きたくなかった。

 憎くて、憎くて仕方なかった。

 ルギオンの「DOLL」に殴りかかるように、頭部を鷲掴みしてからライフルの弾丸をある分だけたたき込んだ。

 穴だらけになったルギオンの「DOLL」は煙と小さな爆発音を何度も上げて地面に倒れた。

 私はコクピットから飛び降りてルギオンをコクピットから引きずりだし、地面投げ堕とすと何度も殴りつけた。

「お前が、お前が!」

 そして、ルギオンのこめかみに銃口を押しつけ、引き金を引いた。

 そして銃口を離してから何度も顔に向けて弾を撃った。穴だらけになるまで。

 穴だらけになって、ようやく弾もなくなり私は呆然とその場所に立ちつくした。

 二度と、ソロネに会えないという実感がわき上がったから。

 ほとんど死ねない私はどうやって、ソロネの所に行けばいいのか解らなかった。

 今も、解らないままだ。


 レイヤは、流れた涙を拭ってベッドから起きあがった。

 そして扉に手を掛け、立ち止まる。

「……ソロネ、私は……どうすればいい……?」

 呟きは、静寂の中にとけ込み、消えた。誰にも届くことなく。


 3


 廃棄された病院に、ルギオンはいた。

 もう使われなくなったその病院は、所々錆びていた。

 まだ使えるベッドに横になると、ルギオンは染みが付いた天井を眺めた。

「……あの頃はもっと酷かった」

 薄く笑い、目を閉じる。


 目の前に広がる白い廊下。行き交う看護師達。

 ルギオンは其れを眺めて、病院を歩く。

『先生!患者の容態が急変したんです今すぐ来て下さい!』

「わかりました」

 夢だとルギオンは理解し、急いで病室に向かい治療に当たる。

 十五、六歳位の少女が目を瞑ったまま動かない。

「急いで!」

『はい!』


 私は、昔は医者でした。

 当時は戦争の最中で、毎日のように怪我人、病人が運ばれてきました。

 私は、そんな人たちを必死に救おうとする、ごく普通の医者でした。あの日までは。

 あの日、私が病院を離れて薬品を取りに行っていました。

 なんとか薬品を得ることができた私は、急いで病院に戻っていた、そして、黒い煙を見たのです。

 病院から見える、忌々しい黒い煙を。

 炎が病院から立ち上り、煙を吐いていました。

 病院に着く頃には、そこら中火の海へと化していました。

 なんとか生存者を見つけようと、火の海を探し、一人の少女を見つけました。

 十五、六歳程の少女です。彼女は苦しそうにしていました。

「先生、苦しい……殺して……殺し……」

 あまりにも辛そうで、見ていられなかったのです。

 今まで、何度もそう言う場面を経験していましたが、これは酷いものでした。

 私は鎮痛剤を打ち、彼女の痛みを和らげようとしました。

 そして、彼女は痛みを感じない状態になり酷く穏やかな顔をしていったのです。

「先生……有り難う……」

 そして、眠るようにそのまま亡くなりました。

 気がついたら、私は笑っていました。

 そう、苦痛の無い死が本当の安らぎ、「死」こそが安らぎだと気づいたのです。

 どれだけ人を救ったところで何時かは死ぬ。

 だから、私は人を救う為に「殺す」ことを選びました。

 そうでなくては、殺された彼女達が可哀想でしょう。

 あの子達は苦しみながら死んでいったのです、安らぎなど無く。

 だから、私は人を殺すことを選びました。

 今も、迷いはありません。

 ですが、時折悲しくなるのです。

 その悲しみに気づいてくれる人は誰もいませんでした。

 そう、彼女以外は、誰も。


 それは、病院の近くの公園を歩き回っているときでした。

 ラベンダーの香りがしたので病院の奥に行くと、そこは一面のラベンダー畑だったのです。

 そこに、一人の女性が立っていました。白いブラウスに、水色のスカートの女性が。

 短めの黒い髪を風になびかせて立っていました。

 私に気づいた彼女は、私を見て微笑みかけて言いました、「お見舞いですか?」と。


 そこから交流が始まりました。

 女性の名前はソロネ、太陽のように温かい存在の女性でした。

 彼女は看護師として、「人形師」として、社会福祉士として弱者の救護にあたっていました。毎日が仕事ばかりで大変だというのに、愚痴一つこぼさず。

 看護師の面では病人や怪我人の治療にあたり、社会福祉士として治療が完了した患者の社会復帰を援助し、「人形師」として戦場での争いに介入し誰も殺さず中断させる。

 誰にも苦しみを理解されず、それでも自分のやるべきことを見据えている彼女に私は惹かれました。

「どうして、貴方はそんなに苦しい生を選ぶのですか?」

 私は問いかけました。生と死の間にある世界に飛び込んで、そこで死に抗い、生を手に入れ、そして死から人々を切り離す、そんな行為が不思議でならなかったのです。

「私は、患者さんにはできるだけ苦痛のない死を望むけども、精一杯生きるのであれば苦痛を伴ってもある程度仕方ないと思うわ。でも、それを緩和するのも私達。私は唯人から与えられる安らかな死よりも、自ら抗う苦しみの生を選びます」

 自分の意思で苦難な道を選んでいる彼女が、羨ましかったのです。

 苦しみから逃げて、こうなった自分と大きく違うから。

 他の誰一人として、私の苦しみを理解してくれませんでした。

 だけども、彼女は理解してくれました。

 何故、私がこうなったのかも、理解をしめしてくれたのです。

 誰も、理解してくれなかったことを、彼女は理解してくれました。

 だから、私は彼女に惹かれました。

 痛みも、苦しみも受け止めてくれる彼女を愛していました。今でも、愛しています。

 例え、行為を非難する側の人間であっても、彼女は誰よりも信頼できる人でした。

 だからこそ、彼らが憎いのです。


 戦場で、私はフォルトさんの「DOLL」を対峙しました。

 フォルトさんのパイロットとしての腕前は他の軍人や傭兵達では足下に及ばないものだと理解しています。しかし、それ位では私には及ばなかった。


 漆黒の「DOLL」が空中を舞い、ミサイルを撃ち込んでくるので、私は全て撃ち落としました。

 撃ち落とさなくても、ミサイルを落とす方法はあったのですが敢えてそうしました。

 彼を殺す気はなかったのです。

 早く逃げて欲しかったから、そうしました。

 そうでないと彼を殺してしまいたくなるのです、他の軍人や傭兵達の様に。

 安らかな死を、痛みの無き死を与えたくなるんです。

 ですが、彼は逃げてはくれませんでした。

 ライフルでビームを撃ち込んで来れば、その銃口を切り落とす。

 格闘戦に持ち込んでくれば、脚部を、腕部を、切り落とす。

 気がつくと、もう止められなくなっていました。

「さようなら、フォルトさん」

 引き金を引いた時、目の前に青い「DOLL」が飛び込んできました。

 まるで、フォルトさんの「DOLL」を庇うように。

 それが、ソロネさんの「DOLL」だと気づいた時には、もう手遅れでした。

 銃弾は、僅かにコクピットから外れ、青い「DOLL」に穴を開けました。

 「DOLL」は倒れ、動かなくなりました。漆黒の「DOLL」のコクピットからフォルトさんが出てきて、その「DOLL」のコクピットを開けて、中からソロネさんを出しました。

 彼女は、血塗れになっていました。

 それを見た私は、逃げるようにその場から離れました。

 今見た現実から、逃げたくなったのです。


 何もない荒野の真ん中で、私は「DOLL」に乗ったまま呆然としていました。

 あの日、病院で大勢の患者を失った時の様な喪失感を感じました。

 そして、ぼーっとしていると猛スピードでやってくる「DOLL」の姿を確認しました。

 白亜の様に白い「DOLL」。

 レイヤさんの「DOLL」だと、理解できました。

 その「DOLL」を見た瞬間、私の心には、どす黒い憎しみの炎が燃え上がりました。

「ルギオン!」

 純白の「DOLL」が私の「DOLL」に斬りかかってきました。

「貴様が、貴様が!」

「貴方達が彼女をたぶらかしたからソロネさんが死んだんじゃないですか!」

「黙れぇええ!」

 憎しみの応酬。そう言うものでした。

 レイヤさんにしてみれば、私が彼女を殺したようなものでしょう。

 ですが、私からすれば、ソロネさんはレイヤさん達の所為で死んだようなものです。

 彼らがいなければ、彼女は彼らを庇って死ぬこともないし、またファルトさんが早く逃げてくれれば私は彼を殺したくなることもなかった。

 彼女だけは、私も守りたかったんです。

 「DOLL」同士の戦いでも、肉体の戦いでもその時私はレイヤさんよりも弱く、気がつけば銃口を当てられ、殺されました。

 そう、殺されたはずでした。

 しかし、気がつくと私はその場に倒れていました。血の海の中に倒れていたのです。

 それが自分の血だと気づくのにはそれほど時間が掛かりませんでした。

 殺されたはずなのに生きている。

 この矛盾にしばらく悩みました、そしてある事を思い出したのです。

 私は、「人間」じゃなかったという事です。


 幼い頃、本当に幼い頃の私の記憶は真っ白な部屋と大きな硝子の窓でした。

 窓の向こうには美しい景色などなく、何人かの白衣を着た大人達でした。

 そして、ある日白衣を着た女性が私をその世界から連れ出しました。

 私が、「どうして?」と尋ねると、その女性は「廃棄されてしまうから」とだけ答えました。

 児童相談所の前に私を置き、こう言いました。

「いい? ここのドアが開いたらすぐにこの建物に入って『お父さんとお母さんが僕を置いて出て行ってしまった。もう一週間も帰ってこないんです』と言いなさい。『お家は?』と聞かれたら『わかりません』と答えるのよ」

 私が頷くと、女性はそのまま何処かへ行ってしまいました。

 私はその人の言うとおりにして、その施設に入ると職員に言われたことを言いました。

 そして、私は施設で育ち、其処で自分の頭の良さから学校では特待生として学費を無料にしてもらい、医者になりました。

 私は、その中で自分の身体的なデータを何度も目にしてきました。

 私のデータは、他の人たちを大きく異なり、何故このようなデータがでるのか何度も悩みました。

 幼い頃の記憶の「失敗作」、「人間にもなれない出来損ない」その言葉が心に引っかかっていました。

 それが、このような形で発覚するとは私自身思いもしなかったのです。

 そして、この長い間を掛けて自分のやるべきことの為の準備をして来ました。

 今度こそ邪魔されないために。

 全てを、終わらせるために用意しました。


 ルギオンは目を覚ますと、ベッドから起きあがり時計を見る。

 時計は朝の五時過ぎを示していた。

 黒い鞄に荷物をしまうと、鞄を持ち、部屋を出て廊下を歩き出す。

「……そう、全てを終わらせないと」

 そして虚空を見つめた。

「そうでないと……私は何の為に此処にいるのか解らなくなる……」

 最後の呟きは、廊下を反響して消えていった。

 誰にも届くことなく。




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