(回想4)
(はてさて次はどのようにしてヤツの首をかっさらってくれようか。)
にぎわう居酒屋、真昼間からこのような物騒なことを考えているのはほかでもない、ランマルである。ランマルは以前、父から使いを頼まれた街へと戻っていた。
聞くところ、エルゲスの軍は近々王都へ出発するらしい。
今度こそ確実に仕留めなくては標的を失ってしまう恐れがある。
店の片隅で苦い酒を飲みつつ紋々と考え込んでいた。
「お嬢さん、前、いいですかい?」
少し気取った感じの声が頭上から降ってきた。
どうぞといって顔を上げると、どういったことか、自分の踊りをやたらにひいきしてくれていた金持ちの男が、柔和な笑みをたたえて立っている。
「お、お兄さん・・・何故・・・。」
あまりのことにランマルは目をぱちくりとさせた。
「なに、ちょっと立ち寄ったら貴女がいた。それだけさ。」
男は優雅に腰を下ろした。
やわらかそうなくせ毛が燭台の炎に赤々と照らし出されている。
年端の娘が見たら卒倒しそうな顔立ちの男だが、その影響はランマルには及んでいないようだ。
「・・・貴女の話を、聞いても?」
しばらくの間二人は何も言わずにちびちびと酒を飲んでいたが、沈黙を破って、男が口を開く。
男の顔から先ほどの笑みは消えていた。
ランマルは息を吸い込んだ。
みんな焼けていたよ、というために。
だが声がうまく出てこない。
代わりに苦しい息遣いが喉を通り過ぎて、口から吐き出されるばかりであった。
「すまない、場所を変えよう。」
男が深緑色のマントを脱ぎ、ランマルへすっぽりとかぶせた。
ご丁寧に二人分の勘定を済ませ、ランマルの肩を抱いて店の外へ向かう。
途中酔っぱらった客から抜け駆けかい、と冷やかされたが男は少々気分が悪くなっただけで、と笑顔でそれをかわし店の連中を盛り上げた。
店から出ると男は遠慮がちにランマルの肩をさすりながら裏道をこっそりと歩き、移動した。
ランマルは心を押さえつけようと何度も息を飲み込むが、どうもうまくいかない。
そうこうしているうちにランマルは男が自分をどこか静かな宿へ移したのだと気付いた。
部屋へ連れられ、ソファへと座らされた。
男が暖炉に火をつけているのが音で分かる。
暫くして部屋が暖かくなった。
男の足音が近づき、そっとランマルを包んでいたマントを脱がせた。
「・・・悪いことをした。」
「な・・・。」
何故あなたが謝るのか、そう問いたかった。
だが言葉はうまいように口から紡がれず、それは嗚咽に変わり、やがて幼子が鳴くように大声で泣き始めてしまった。
男がそっと隣へ腰を下ろしランマルを優しく抱きしめた。
ランマルは、その日、初めて泣いた。
長い間泣いていた。
そして泣きながら今の身の上を説明した。
男はその間ずっとランマルを抱き寄せ、その背を撫でながらも辛抱強くランマルの話を聞き続けた。
「だから、あいつを、あいつを殺してやるって・・・そう決めたんだ。」
「本当にそう思っているのかい?」
「当たり前だ、すべて、親父も、友達も、村も、全部全部奪われて・・・。だから、だから!」
「さぞつらかろう。」
男はランマルを抱く腕に力を入れた。
「だが、貴女のお父様は本当に復讐を望んでいるだろうか?」
「当たり前だ!でないと、あんまりじゃあないか!」
「そうか・・・。つらいことを言わせてしまったね、今日はもう、休みなさい。」
いまだ涙を流し続けるランマルを、そっとベッドに寝かしつけた。
男はランマルが眠るまで、まるで母親が熱を出した赤子の面倒を見るようにずっとそばにいて、頭を会で続けていた。
ランマルが目を覚ましたのは次の日の朝のことだった。
男はその部屋にはおらず、すぐに戻るといった内容の書置きが壁に貼られていた。
暖炉の火は息をひそめていた。
男がかけてくれたであろう毛布を脇へとやる。
自分の醜態をさらけ出してしまったことが恥ずかしく、戻ってくる前にこの宿を出ようと支度を始めたが、運悪く男はランマルが出る前に戻ってきてしまった。
男のマントは濡れていて、すこしやつれたように見えた。
「お嬢さん」
男は決意を固めたランマルの姿を見ても咎めようとはしなかった。
「貴女はまだ、エルゲスを殺す気なのですね。」
「・・・ああ。」
今はそれしか、やるべきことが見つからないのだ。
「ならば、協力しよう。」
ランマルは驚き顔をあげる。
今、なんと。
状況が飲み込めないまま、小さな袋を手に握らされる。
その袋は薄汚れていて粒状のものがぎっしりと入っている。
ランマルはその後身に着けていたすべて、剣をも男の言うように預け、代わりに白装束を身にまとい、教えられた宿へ急いだ。
懐に忍ばせたあの小さな袋が、急に鉛玉のように重たくなるように感じた。