(回想3)
いきなりのことに慌てふためく兵士の群れを次から次へと脇へ追いやる。
幾度か槍も投げられたが難なくかわした。
目の前へ矛先が迫るもランマルは姿勢を低くしてそれをかわす。
剣を前へ構え、次々と飛び出してくる切っ先をそれで振り払う。
大男が道を阻んできてもランマルは構わず前へと走った。
大男の持つ大きな窯のような武器がブンと音を立てて振り下ろされたとき、ランマルはすでに男の横を通り過ぎていた。
ついでとばかりにその際近くのテントを張っていたロープを何本か切っておく。
テントの中にいた驚いた兵が我先にと外へ飛び出し、それがまた騒ぎを大きくする。
松明も蹴散らし、馬の方へ火を向かわせた。
テントは倒れ、火は広がり、馬と兵士は突然の出来事に混乱していた。
だが、ランマルの目指す鉄兜の宿敵は依然として堂々と構え、彼女のことを見据えていた。
口元が覆われていないその兜。
ニタリと笑みを浮かべるのが見えた。
彼女はその髪の色と長さ、踊りのうまさから緋龍の尾と呼ばれていた。
もし今ランマルが緋龍そのものであれば、怒り狂い火をその口から吐き出したであろう。
胸の中をかっと熱いものが通った。
緋龍は一直線に宿敵の元へと急ぐ。
自身が空を切る音以外彼女の耳には何も届かなかった。
あちこちであげられる叫び声も、怒号も、何も。
向かってくる兵士たちさえもはっきりとは目に映らない。
嗤う敵だけが鮮明に見え、あとは靄がかかったようになっている。
靄を突っ切りついに敵の目の前へたどり着く。
ランマルは休む間もなく、低い姿勢を保ちつつ、下から刃を勢いよく敵の心臓めがけてまっすぐに突き立てる。
敵は表情一つ変えることなくそれをかわした。
体勢を崩さぬうちにまた新たな一撃を加える。
次に狙うのは腰。
目の前の敵の腰に下げた王家の紋章を叩きのめしたい。
が、それもあっさりとかわされてしまう。
少し体制を崩してしまったものの、慌てて立て直す。
見上げると、再び鉄兜のその敵と目が合った気がした。
(貴様の首、あたしがもらい受ける・・・!)
地面を蹴り飛ばす。
(・・・貰った!!)
いける、そう思った。
だが甘かった。
敵は狙われてばかりのカカシではないということを忘れていた。
鉄兜の敵は腰に下げていた大剣を抜き出し、ぶんと一振りしてランマルを吹き飛ばした。
ランマルは自分がどういった状況に置かれているのか理解するのにしばらくかかった。
仰向けに転がっている。
手には二本の剣をしっかりと持っている。
大したけがはしていないが全身に強い衝撃が走った。
思わず大きな声を上げてしまいそうになったのを、懸命にこらえた。
(負けたのか?ああ、そうか・・・あたしは死ぬんだな。)
もうすぐそっちへ行くよ、親父。
視界がかすむ中ランマルはぼんやりとそんなことを思っていた。
「娘、サガの民の生き残りか?」
ランマルたちが普段話すのとは違う訛りのあるイオの国の言葉が聞こえてくる。
低い声だった。
ランマルは遠のきそうだった意識を呼び戻し、目をうっすらと開ける。
宿敵が自分を見下ろしている影が見えた。
辺りは暗く、敵の口元がまた笑っているのかいないのかはわからなかった。
「そうさ。あんたらが焼き払ったサガの者さ。」
言い方が悪かったか。
周りの兵士がなにやら騒ぎ立ててきた。
が、そんなものこの際どうだっていい。
ならば、と敵が重々しく口を開く。
「今回の件、そなたは不問とする。どこへなりと好きに行くがいい。」
鉄兜の敵はそういうと周りの者を下がらせ、騒ぎを鎮めるようにと指示を出し始めた。
そして自身もランマルを放りテントへと戻ろうと背を向けた。
「貴様の首をもらうまで、諦めん。」
ランマルは勢いよく立ち上がり、敵の背中へ言葉を投げつける。
そして敵は一度止まってただ、好きにしろ、と。
その日ランマルはエルゲス率いる軍の基地を後にした。
そして三日と開けずに彼に挑みかかりに行った。
エルゲスの向かう先々で赤毛の小娘が暴れると兵士たちははじめ面白がったが、次第にそれもどうでもよくなり始めていた。