ランマル(回想)
式を終えたイザナギは、エルゲスと二人立派な馬車に揺られ王都へと向かう。
馬車というものは結構揺れがひどい。車輪が小さな石の上を通るだけで車体は大きく跳ね上がる。
曲がり角に差し掛かると、ぐらりと大きく揺れて酔いそうになる。
外から中の様子を見られぬように窓には緑色の分厚いカーテンがかけられていて、隙間からの日差しだけが車内を照らしている。
イザナギは真新しい女ものの服を着せられた。
下は長めの青いスカートで足にはブーツをはかされた。
上は白く分厚いコートを着せられている。
ふかふかの椅子に座り、向かい合わせにエルゲスが座っている。
やはり兜はかぶっていてどのような表情をしているのか読み取れないが時折視線は感じていた。
馬車の中は狭く、揺れがあるたびに彼の膝とぶつかりそうになって最初は気張っていたが、慣れてしまえばそれも最早どうでもよくなってきた。
壁に体を預け、まどろみ始めていた。
すると、つい先日までの「当たり前」の生活が思い出された。
浮かんでは消え、浮かんでは消えするそれはまるでシャボン玉のようだった。
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「親父!行って来まーす!」
少女は真っ赤な毛を一本の三つ編みに結い上げ背に垂らしていた。
「おう、気をつけてな!行く前に母さんの墓に花を供えて行ってやれよ!」
「分かってるって。」
「お前も十八だ。隣村に胡椒買いに行くついでに伴侶でも見つけて来い!」
「うるさいなー。分かってるっつの!」
少女と同じ緋色の髪の大男は、娘に背を向けて熱した鋼を鍛えあげていた。
その小屋には熱気がこもり、もう秋だというのに中の男は汗を滝のように流している。
小屋の外から顔をのぞかせていた少女は、入口の近くの薪置きの隅に大きな黒い箱がひっそりあるのを見つけた。
とんとん、と、足で蹴ると、中から何やら楽しそうなジャラジャラとした音が聞こえて来たので、少女はクスリとわらった。
「おい、親父ー。この箱はなんだ?・・・ああ、秋祭りの装飾品か。」
「・・・おうよ!無駄口叩いてないでさっさと行け!」
「へーい。」
「ったく!」
「おっと、それからなあ。」
「なんだ親父?」
覗いてみるとそこには赤い大男には不釣り合いな神妙な表情があった。
やや間があってから、親父は小さな子に大切なことをつたえる時のような慎重さで言った。
「お前、素直に生きるんだぞ。」
その様子が普段の彼とはあまりにもかけ離れていて、しばらくぽかんと口を開けていた。
「--親父・・・。風邪でもひいたか?」
「いや、何でも無え。・・・分かったらさっさと行け!」
「あーい。」
少々引っかかるものはあったが、気にしない気にしない。
こうしてこの少女は朝早くにサガの村から出発した。
数日後、村に着いた少女は隣村の広場で住民の拍手に包まれていた。
胡椒というものはなかなか手に入らない。
預かったお金ではとても満足な量を買えないため、何か芸を売って代金を稼ぐのだ。
少女は父親の鍛えた自慢の剣二本で先ほどまで剣の舞いをしていた。
「ブラボー緋龍の尾!」
「また腕をあげたな!」
「みんな、ありがとうな!」
観客は去り際にコインを地面に置いてある袋の中へ投げ入れて行く。
そして少女は彼らに笑顔で礼を言い、手をふっていた。
暫くして広場が静けさを取り戻した頃、一人の男が近づいて来るのに気づいた。
「あ、お兄さん今日も来てくれたのか?」
お兄さんと言うのは、ここ数日ずっと少女の舞いを見に来てくれた観客の一人で、こうして静かになった頃よく話をした。
気前のいいその男。
良いところの育ちなのであろう、かなりの額をいつも置いていってくれる。
お陰で予定よりも早くに村へ帰られそうだ。
「毎度思うがほんと、美しい舞いだよ。」
「へへ、ありがとよ!それより、お兄さんこんなとこで油なんて売っていて良いのかい。」
「油?」
「そ。綺麗な顔してんだから恋人くらいいるだろう。あ、奥さんか?ま、いいか。寂しい思いさせてんじゃないの。余計なお世話かもしれないけれど。」
その男は夜に溶けるような黒髪と、ランマルと同じ緑色の瞳で、遠くからでも彼の色気におびき寄せられる女性は少なくなかった。
目立たない格好こそしてはいたが、ランマルは彼との適切な距離を心得ていた。
「ははっ、両方いないよ。なんなら君が僕の恋人になるかい。」
「冗談きついよ。お兄さん、きっといいとこの坊っちゃんだろ。ちゃんとした人と付き合わにゃあ、後が大変だぜ。」
「へえ?何故そう思うんだい。」
こてんと男がかわいらしく首をかしげて見せる。
「靴だ。」
そう言って少女は男の靴を指す。
この辺りは土煙が多いため靴は皆白く染まり、人は靴の手入れをしない。
しかしその男の靴は踵が高く、そして黒い。
「・・・成る程見事だ。だが半分間違っているよ。」
首をかしげる少女に、男は笑って続ける。
「僕は次男だから自由に恋愛をしていいんだよ。」
「そんなもんなのかね。」
「ああ。そんなもんだ。・・・ところで貴女ははなんて名なんだい。」
「ランマルってんだ。」
「男の名か。・・・もしかしてサガの民の者かい?」
「あれ、知っているの?」
ランマルの表情が急に晴れる。
サガの村は昔から鉱物資源に富み、一時期鋼の村と呼ばれるほどであったが、道のりの険しさゆえ次第に人々から忘れられていった。
だがランマルはサガの村に誇りを持っていた。
義理堅く、自立心が強い。
何よりもあの村のあたたかい人々を愛していた。
ゆえにそんなサガを知っている者がいるということが、たまらなく嬉しかったのだ。
「・・・ああ。女性はその父親の名を名乗り、誠の名は家族しか知らない・・・など古い伝統を守る一族だろう?・・・ところでランマル、貴女は、一体いつから、何故こんなところにいるんだい?」
急に歯切れの悪くなった男に戸惑いながらも
「え、4日前、だが。」
と答えると男は一度息を止めて、そしてゆっくりとそれを告げた。
「サガの民の住む村が、エルゲス殿下の軍により、昨日、焼き払われた。」