対面・二
ランマルの膝からがっくりと力が抜け落ち、床にへたり込むような形になった。
(何でだよ、親父・・・。)
ランマルの頭では今はこれ以外のことは考えられない。
「・・・死ぬ前に協力者の名を答えてもらおうか。」
刃物が頭上にあるのが気配で分かった。
「名は、知らない。向こうについてから教えられる手はずだ。」
嘘をつく理由などもなく、ただ答えをぼそぼそと口にした。
「そうか。ランマルよ」
名を呼ばれてびくりと肩を震わせる。
「そなたが酒に入れた毒がなんなのか、分かっていたのか。」
「ああ。飲んだら即死する、と言われて渡された。」
「男からだな。」
「・・・ああ。」
ランマルの頭はそこで停止する。いつ、男だといっただろうか。
「貴様、あの男を知っているのか。」
「知らぬ。」
「なら、なんで・・・」
「そなたが身に着けているその着物は東方の国の身分の高い娘が着せられる花嫁装束で、娼婦が身に着けるものではない。それに酒に入っていた薬はただのの睡眠薬だ。大方男が新しく迎え入れる女の手を汚したくなかったから嘘をついたのだろう。」
生憎あの手の睡眠薬は効かないがな、とエルゲスは自嘲した。
(ああ、自分は騙されていたのか。)
ランマルは思った。
だが少し安心もしていた。
安心すると、今度は視界がかすんでひっきりなしにそれを白い袖で拭わなければならなかった。
「そなたの持っていた剣は。」
「そいつに、預けた・・・。」
もうあの美しい剣を拝むことはできないのだな、そう思えばまた視界が悪くなり、胸が苦しくなるのであった。
あの男はきっと約束した場所で首を長くして自分のことを待っているのだろうと考えるといい気味だとさえ思えてしまう。
全て終わりだ。
家族も、帰るところも、大切なものもすべて奪われ異国の嫁入り装束に身を包まれながらここで死んでしまうのだ。
だがそれももはやどうでもいいことのように思えてきた。
死んだら何も感じなくていい、楽ではないか、とさえ思えてきた。
(親父が今の自分を見たら、怒るだろうな、怒鳴り散らすだろうな、あの真っ赤な髪と同じくらい真っ赤な顔をして・・・。)
父親の怒る姿を想像すると、思わず笑ってしまった。
(親父、今からそっちへいくよ。もう、すぐそこだ。)
するとまた頭の端で親父が怒り出した。
あきらめるんじゃねえ、そういっているように思えた。
(でも何を?)
復讐は失敗した。
もっと挑めと言っているのだろうか。
ランマルは、分からなかった。
「そなたの命をもらい受ける。」
エルゲスがランマルの三つ編みをぐいと引っ張り上げた。
少し痛かったが黙っておいた。
「言いたいことがあるなら言え。聞くだけ聞こう。」
「父の名、ランマル。・・・我が名、イザナギ。今、ここに、死す。」
自分の真の名をこの男に知られるのは抵抗があったが、誰にも名を明かさずに死ぬのはもっと嫌だった。
目を固く瞑り、手に力を入れ握りしめた。
最後にランマルは刃が勢いよく空を切る音を聞いた。