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緋龍の尾  作者: ざぐる
3/15

対面

 しばらくして、少し遠慮がちなノックの音が部屋に響いた。


扉が開体を清め終わったかれエルゲスが部屋に入る。

ランマルはベッドから立ち上がり、彼に笑いかけてから深くお辞儀をした。

お辞儀を終え、顔をあげるとエルゲスが顔を覆っているのが見えた。

正確に言えば、あの鉄兜だが。


(・・・ブスで悪かったな、ブスで。)


心の中で毒づきながらもできる限り優雅な動作で客をテーブルへと誘導する。

ぎこちない動きで彼は応じた。

彼の姿をよく見ると、先日見た姿と大して変わらず、武装していた。

通常の客であれば娼婦が傷つけられることを防ぐために武器は預ける。

彼の場合は用心のためだろう。


「持ち物はそちらへ。」


やや間があってから


「ああ」


と答えた。

てっきり服も脱ぎ始めるのかと思っていたが置いたものは武器だけで、兜も外そうとはしなかった。

エルゲスに一礼し、物騒なものを置いた箱を机とベッドから一番離れた隅へと移動させた。

背中に視線を痛いほど感じる。


「・・・さ、さ、酒などは?」


さりげなく酒をすすめてみる。


「いや、いい。」


「(飲め馬鹿畜生!!)・・・この地方でしかつくられないものですゆえ、是非に。」


真っ赤な嘘だ。

この酒の出生地も、原料も知らない。

エルゲスはじっとランマルの顔を見つめた。


(顔に穴が開いちまう。)


ランマルはまた張り付けた笑顔の下で毒づきながらも酒瓶を彼の前へと差し出す。

エルゲスは少し笑いながら答えた。


「是非に、と言われるのなら杯についではくれないか。」


ランマルは心の底から笑い、彼の差し出す杯へそれを注ごうとした。

だが途端に手が震え、なかなか上手くいかない。

一度深呼吸をし、客に笑いかけてからもう一度入れようと手に力を籠める。

急げ急げと焦れば焦るほど手から汗わ滲み出て、体全体が震えはじめた。


「も、申し訳ございません。・・・慣れていないもので。」


「構わん。手を貸そう。」


そう言って差し出された手を


「結構でございます!」


と言って断ると、声を少々張り上げたせいか客は一度固まった。

再度挑戦するがなかなか上手くいかない。

四苦八苦して何とか入れ終えたものの、客は一行に飲むそぶりを見せない。


(何で飲まないのだこの無礼者めが!!)


「あの・・・。」


「飲まぬのか?」


「へ・・・。」


「・・・酒はともに酌み交わすものであろうに。」


「・・・し、失礼いたしました。」


ああと納得してからあわてて自分の杯に毒を注いだ。

じっとその紫の液体を見つめた。

今にも怪物が出てきそうな色をしている。


「どうかしたか。」


「い、いいえ。では、いただきましょう。」


「乾杯」


エルゲスが杯をランマルへ突き出す。

暫くしてからようやく意味を理解したランマルは震える手でそれに応じた。


客は杯をその口へと運んだ。

ゆっくりとした動作でそれを机に戻すが一向に苦しむ様子はない。

それどころか落ち着いた様子で再びランマルの方をじっと見つめていた。

ランマルは急いで飲むふりをせねばと自らを奮い立たせていたが、これもまた上手くいきそうにない。

客の様子を幾度か盗み見たが、特に変わった様子はない。

ランマルは喉が急に乾きだした。

ごくりと出てもいない生唾を飲んだ。

心臓の音が急にうるさくなりだす。


「飲めない、か。」


客はそんなランマルを見て静かに笑っている。


「そんなことあるものか!」


 咄嗟に答えたが彼の手はすでにランマルの元へ伸び、その髪に触れた。

椅子から立ち上がり一気に髪を引っ張り上げる。

そんなことはさせまいと杯を床へ投げ捨て髪を必死に押さえる。

だが力の差は歴然としていてあっさりとそれは引きはがされた。

赤い三つ編みが被り物からこぼれだす。

ランマルは急いで椅子を蹴り飛ばして部屋の隅にある物騒なものの一つをひっつかみ、それを引き抜いて宿敵の方へと向けた。

切っ先が震えている。

敵が黒髪の塊を机に置き、ゆっくりと立ち上がった。


「殺せるものなら、殺すがいい。だが生憎、そなたはそれをなしえない。」


「黙れ!」


(耳を貸してはいけない。第一いくら化け物といえ、相手は丸腰。使い慣れない剣だが勝利はすぐそこだ。)


 ランマルは息を止め剣をまっすぐに構え化け物へと突進していった。

だが例の男に着せられた白装束が行く手を阻むように体にまとわりつき踏み出すたびに体が傾いてしまう。

勿論攻撃はやすやすとかわされる。

相手が楽しんでるように思えてならず、腸が煮えくり返るような怒りを覚えた。


「そなたの父は、鍛冶屋のランマルか。」


唐突に出された亡き父の名にたじろいだ。


「・・・ああ。貴様のせいで、もういないがな!」


構えなおしてから再び挑む。

今度は机やいすに躓いている隙にかわされてしまう。


「贋金が世に出回っていることはそなたの耳にも入っておろう。」


知っている。

数年ほど前から問題視されていた。

そのつくりは巧妙で、土塊に薄く箔をぬっただけであるが少々脆いという点を除けば固さ、重さともに変わりはなく、外見も同じであるため玄人の目さえも欺いてしまうほどのものという話を耳にしたことがあった。


「その金がそなたの父が作っていたということは、知っているのか。」


「戯け。」


事実知らなかった。

ランマルははじめその言葉を、相手が自分の気をそらすために使ったものに違いないと流した。

だが敵が何度もそう言ってくるうちに、彼女の心は揺らいだ。

妙な黒い箱が鍛冶職場の隅に置かれていたことを思い出したからだ。

体のほてりが一気に冷める。

胸騒ぎがした。

親父はそんなことをするはずがないと何度言い聞かせても納得していない自分が心のどこかで叫ぶ。


「・・・その証拠は。」


剣に込めていた力を緩めて息を整える。

着ていた服は乱れ、外気にさらされ少し冷たい。

結わえてあった髪も乱れて、顔にいくらかかかっている。


「そなた、自分の父親のつくった品をそれと見分けることができるか。」


「あったりまえだ。」


何年も親父の背と、親父の手がけた数々の芸術を見て育ってきた。区別がつかないはずがない。


「ほう、それはどのようにして。」


「見る。分からなかったら、音を聞く。」


「なら来い。」


敵はそういってまだ剣を握るランマルの手首をつかんだ。その手のあまりのあたたかさに、彼女はたじろいだ。


「ひっ!!」


ランマルは驚きのあまり剣を離し、エルゲスの手を振りほどこうともがいた。

エルゲスはきまり悪そうに手を離して黙り込んでしまった。

その沈黙があまりにも長いように思われ、ランマルは彼から目をそらした。

先ほどの殺意はすでに消えていた。



 改めて部屋の様子を確認すると、よくも他の部屋から誰も訪ねてこなかったものだと驚くほど荒れていた。

机は倒され酒瓶は木端微塵になり、液体は絨毯にしみ込んでいて部屋中が酒臭い。

椅子は二脚とも倒れ去り近くに杯が転がっていた。

ベッドは引き裂かれ布団はめくれ上がり、無数の鳥の羽が散っていた。

その羽は白で、酒の色を吸ったものは毒々しい色に染め上げられていた。


 「来い。」


沈黙を破り、エルゲスは倒れた机を立て直した。

ランマルは恐る恐るそちらへ歩み寄った。


(・・・大丈夫。親父は悪いことはしていない。親父は悪くない・・・・・・。)


エルゲスは懐から青い袋と赤い袋を取り出した。

彼女の様子を観察しながらその中身を机の上に出した。

それは一枚ずつの金貨で、一見同じ物に見える。

だが、ランマルは顔を背けた。

その中から一枚ずつ選び出し、机の真ん中に置いた。

エルゲスは剣を拾い上げ、二度金貨へ振り下ろした。

青い袋から出された金貨は二つに割れ、中から土塊がでてきた。

赤い袋から出てきた金貨は少しゆがんだものの、割れることはなかった。


「親父のじゃ、ない・・・。」


ランマルは小さく、自分自身に言い聞かせるようにして呟いた。そんな彼女をじっと見つめてからエルゲスは言った。


「では、音を聞くといい。初めに本物を机に落とす。」


エルゲスは彼の言う「本物」の金貨を机に落とした。


ガラン。


ランマルはなお受け入れがたい事実を拒み続けている。


「では、偽物の方だ。」


そういって彼はもう一枚青い袋から金貨を取り出す。

ランマルは唾を飲み込み、手を握りしめ、目を固くつぶって顔を背けた。

ガラン。


凡人には分からない、けれどもランマルには分かりすぎるそれが彼女の心を貫いた。


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