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緋龍の尾  作者: ざぐる
2/15

陰謀

ランマルは小さな村外れの宿にいた。

蝋燭一本のみが部屋を照らしている。

小さな炎は相手の男の顔を不気味に映し出した。


「で、言われた通りにすりゃあ奴に毒を盛って殺せるのだな?」


奴、とはもちろんエルゲスのことだ。

じっと男を見つめると、にっと笑い頷いた。


「だがあたしは親父のつくった剣で息の根を止めたいのだ。」


「そいつは正気か?」


男が仕方ないとばかりに首を振る。

それでもまだ口元には笑みを浮かべていた。

男は続ける。

「あいつの強さは貴女が一番よく分かっているでしょう。」


ランマルは黙るよりほか術が無かった。

確かに敵は強い。

それは彼女もよくわかっていることだ。

しかし、薬を盛るというやり方は納得がいかない。

自分が卑怯者に思えてしまうからだ。

できることならば真正面から向かっていきたい。

ふと腰につけてある細身の剣を見た。

もともとこれは舞に使うための剣で、今ではランマルの全財産であり、父の形見であった。


(・・・果たしてそのような大切なものを血も涙も無い敵などの血で汚してしまっていいのだろうか。それとも親父は自分の手で作り上げた剣に宿敵の冷たい血がしみ込むことを喜ぶだろうか。)


ランマルは考えてみたが、答えは分からなかった。

分からないなら、わざわざ血で汚すこともない。

ふうと一息ついて、


「そうだな。あたしが間違っていたよ。言う通りにさせてもらう。」


と言った。


「勿論、その後の例の約束の方は・・・。」


「ああ。覚えているとも。」


男は笑って立ち去って行った。

ランマルは明日の段取りを確認し終えてから、ようやく床に就いた。



  次の日、第一王子エルゲス率いる騎馬隊は王都へと向かうため、朝早くから馬を進めていた。

丁度昼過ぎ林を抜け、ある集落へ一行が差し掛かった時ころ、兵士の方からどよめき声が聞こえた。

そしてそれを叱咤する隊長の姿もあった。


「べグ、何事か。」


エルゲスが横のべグに問いだした。


「はい殿下。実は兵士共の一部が先ほど大きな娼館を見つけたといって騒ぎ立てているのでございます。」


「ほう。珍しいこともあるものだ。」


彼の率いる兵士はしつけがいきわたり、今まで悪行を働いたことがない。

女にも酒にも仕事中は手を出しはしなかったが、国境付近の辺境で一仕事終えた後であったためかどこか皆浮かれ、そしてどこか皆疲れを顔に滲ませていた。

日ごろ自分の兵たちへ対する扱いが厳しすぎただろうか、それに・・・。

エルゲスはある結論へとたどり着いた。


「左様で。殿下のお気になさるようなことではござ・・・。」


忠賢なる臣下の言葉を遮り、当の主はこう言った。


「今宵はそこで休む。」


「で、殿下、それはなりませぬ。」


べグは耳を疑ったが主は馬の向きを変えた。

慌てて止めたがエルゲスはすでに馬の向きを変え一人の兵士に案内を頼んでいた。

やはりその表情はうかがえない。


「殿下!一体どういうおつもりですか!もしこのことが王宮へと知れ渡ったりしたら、殿下は、殿下は・・・!」


「構わん。」


彼の言おうとしたことを切り捨て、エルゲスは去ってしまった。

最後には彼と、騎馬隊長のディシュベルト将軍が残されてしまった。

ディシュベルト将軍は茶色い髪の体格のいい男でエルゲスへの忠誠心ならべグに勝ると自負している者だった。


「ディシュベルト殿、今回のこと、どのように思われる。」


べグが彼の方へと馬を進めた。

細身のべグとディシュベルト将軍が並ぶと親子のようにも見える。


「ふむ。最近の殿下は突拍子もないことをよくなさる。まるでご自分の評価を悪くしたいかのように。」


「お主もそう思うか。しかし、何故。」


ディシュベルトはむっつりと黙り込み、顎の髭を触り始めた。


「この国は将来あの方に国王になっていただかないともはやこれまでだ。それは殿下も自覚しておいでのはず。責任感の強い殿下が、何を思われたのだろうか。」


「それがわかれば我々も苦労はせん。とにかく殿下がその心中を我らに開いてくださるまで、お支え申し上げようではないか。」


「無論初めからそのつもりだ。」


二人は一行の後を追って行った。



(万事うまくいっている。さあ落ち着けランマルよ。)


ランマルは小さな小部屋の中で自分の心に言い聞かせていた。

昨日の男の伝手で何とか娼館へ潜り込み、エルゲスの接待を申し出るところまではできている。

敵が体を清め終わり、ここへきて二三言口をきいてから薬入りの杯をすすめる。

彼が倒れてから裏口へと周り、男と落ち合って彼とともに逃げる。


(上出来ではないか。)


ランマルはこぢんまりとした部屋で一人ほくそ笑んだ。

その部屋は薄桃色の部屋で、小さな机に椅子二脚、酒と杯に荷物置き、それからこの小さな部屋には不釣り合いなほど大きなベッドがあり、ランマルは今そこに腰を下ろしていた。

目線を落とすと自分の手が震えているのが分かり、そっと手を握りしめた。

武者震いをしているんだな、と思い羽織っている真っ白な服を肩に掛けなおす。

その際顔にかかった黒髪を払った。

懐から渡された手鏡を取り出して赤毛が桂からこぼれ出ていないか再度確認する。


  眉間にしわが寄っていた。

ゆっくりと笑うと鏡の世界の住人はぎこちなく笑みを返す。

手を使いしわを伸ばそうとするもすぐにまたよってしまい、らちが明かないのであきらめることにした。

意思と道具さえあれば人は誰でもほかの人に成りすますことができるのだな、とランマルはため息をついた。


(奴のお清めはまだ終わらないのだろうか、少し長すぎやしないか。いや、これも自分が緊張しているせいで時間の感覚がおかしくなっているのだろう・・・。)


ふと例の男のことを思い出した。

あの者の真の目的を今一つつかめずにいる。

だが今は与えられた使命に集中しようと思い、息を吸って「客」を待つことにした。


(親父、力を貸してくれ。あたしが生きるための力を、どうか・・・。)



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