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緋龍の尾  作者: ざぐる
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少女ランマル

「今日こそその首を頂戴するぞ、わが宿敵エルゲス!」


日は沈み始め、澄んだ夜空に月が舞っていた。


緋色の髪を一本の三つ編みし、背に垂らした少女は、腰から細身の剣を二本引き抜き両手に構えた。

何やら喚き散らす彼女の周りには夕食の支度を始めたばかりの騎馬隊がいたが、彼らはちらりと少女の様子を見て、何やらつぶやいてから各々自分の作業に取り掛かっていった。

無数の馬が木の杭につながれ、しきりに草を食んでいる。

兵士は大きなテントの中に衣服やら食料やら薬やらをあくせく運び込んでいた。

一際立派なテントを囲むようにして小さなテントが一見雑然と、しかし大きなテントを守らんと並んでいる。

所々で火が焚かれ、煙が揺蕩っている。


「ええい、エルゲスはどこだ!」


大きな声で喚き散らすと一番大きなテントから、一人の大柄な、鉄の兜をつけた男が現れた。

彼がエルゲス。

漆黒のマントに身を包み、こぼれ出る髪は金色。


「騒がしいと思えば必ずそなたがいる。」


低く、静かな声で男が言った。

兜は後頭部から鼻先までを覆っていて、口元だけが見えるようになっていた。


「覚悟!」


緑色の目をきらりと光らせ、少女は腰を低く落とし、一つ息を吐くとエルゲスめがけて突進した。

エルゲスが剣を抜くタイミングを見計らい、彼女は地を思いきり蹴る。

空中で両足を胴体に引き寄せ右の剣はエルゲスの首元を狙い、左の剣では彼からの攻撃を防ぐために少し低めに構える。

まっすぐに標的を見つめ、右手に構えた剣を振り下ろす。


(-----いける!)


そう実感した刹那、男は口元に不敵な笑いを浮かべた。


(なんだ?)


思った時には遅かった。

今日こそは、今日こそは、と思い続けて一週間。

エルゲスは、強かった。

それも化け物並みに。


「わっ!」


剣と剣がぶつかり合う音がしたかと思うと少女の視界は反転し、次の瞬間には地面に背をたたきつけていた。

先ほどまで見下ろしていた敵の顔から、今度は見下ろされるという屈辱的な状態となっている。

しかし今はそんなことはどうでもいい。

視界が霞んでいるうえ、体中が痛くて敵わない。

動きやすい身軽な身なりをしているため、こういった衝撃は体にこたえる。

数回瞬きをして初めて彼の切っ先が自分の眉間のすぐ先に向けられているのを知り、これで何回目になるのかと彼女は歯ぎしりをした。


「赤毛のそなた、名は。」


意地の心底悪そうな笑みを浮かべエルゲスが問うた。


「・・・う・・・ら、ランマル・・・。」


痛みをこらえながら答える。

呻き声に等しかったのでもしかしたら聞こえなかったかもしれない。

手足がいうことを聞かず、ランマルと名乗った少女は仰向けになったまま動き出せないでいた。


「ランマルとは男の名ではないか。そなた自身の名を聞いている。」


事実ランマルとは彼女の父親の名だ。

これは彼女の属するサガの民の古い習慣の一つで、女性は身内以外特別な事情がない限り、他人に教えるということはない。

生きている間その実の名を知るのは家族だけだ。


そして、そのサガの民の村はエルゲス率いる騎兵隊により先日焼き払われた。


「貴様に答えてやる名などない!」


怒りにまかせて少々向きになって言うと、エルゲスは軽く鼻で笑いこう告げた。


「そうか、なら良い。我々は明日にはここをたち王都カレジェフへと向かうこととなっている。相手をしてやれるのも今日が最後だ。そなたは相手のしがいがあったので名さえ教えてもらえばこちらも兜を取り、正式に名乗りたかったのだが残念だ。」


周りの騎兵隊からどよめいた。

彼が兜をとった所を見たことがないのだ。


「何、き、貴様あたしから逃げる気だな!」


向けられている切っ先を払いのけようと両手の剣を構え直すが、左手に握っていたはずの剣は少し離れた所に落ちていた。


「無礼者!」

「恥を知れ!誰に向かって言っていると思っているのだ!」

「この負け犬!」

「本来ならば不敬罪で死刑となるところを!」


周りの兵士たちから浴びせられる罵倒を、ランマルは気にも留めない。


(どうやら今日も負けたようだ、仕方が無い。帰り道を先回りして首を狙うほかないな。)


と、すでに次に起こすべき行動を考えていた。

エルゲスは刃をランマルに突きつけたまま側近をよび、彼女の剣を持ってこさせた。

側近は茶色髪の男でそこに少々白いものが混じっている。

主人に跪いて剣を恭しく渡し、一礼して去って行った。エルゲスはやっと自らの剣を下ろし、ランマルの剣を眺めた。


「そなたに返そう。・・・・・・良い剣だ。」


 エルゲスは刃の部分を持っていた。

剣を褒められると思っていなかったのと、刃の部分を持っていることに驚いたランマルは、


「と、とっととよこせ!」


エルゲスの手から剣を奪い去り、野次馬どもの間をかけて行った。




「殿下、何故あのような者の相手をなさるのですか。」


辺りが静まりかえった夜更けに先程剣を拾った男が、外で剣の手入れをしていたエルゲスに問うて来た。エルゲスは、手に昼間にはなかった包帯を巻いている。


「ベグか・・・・・・。」


そう言ったきりエルゲスは黙りこむ。


「殿下・・・」


「あの娘、名をランマルと言っていた。」


ベグと呼ばれた男の質問には答えなかった。


「あの赤毛、やはり・・・・・・。他にその事を知っている者は。」


「俺だけだ。」


「作用でございますか。・・・・・・いかが致しましょうか。」


「放っておけ。またそのうち現れる。」


ようやく手をとめ、テントの中へと戻っていった。

ベグはそんな主の背をじっと見つめていた。

ごうと冷たい風が吹き木々を騒がせた。

思わず身震いをし、もう秋も終わる頃かと呟いて、自身もテントの中へと入っていった。


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