戦い済んで・・・
若いもんみたいにお年寄りがあっちこっち出歩くいうたら大変やからな。
せやけど、君が言うように、今のままやったらいずれはなくなるかもしれんなぁ」
カメラが引くと、テレビ画面の半分を、誰も座っていない枡席が占めた。
「若くてイケメンの日本人力士でも出てこないと無理でしょうね」
「たぶん、そうやろなぁ・・・」
「首相、お待たせいたしました。
パソコンも立上げられますので」
金井は満面の笑みを浮かべ一男に言った。
「おっ、すまんなぁ、ありがとう」
一男は早速ノートブックパソコンを開け、電源を入れると、パコ、といういつもの電子音が鳴った。
「あっ!」
突然、金井が声を上げた。
「どしたん?」
「いえ、この人、前にフロントで見かけたんですけど、ずっと誰だか分からなかったんですよ。やっとすっきりしました」
見ると、オールバックに髪をなで付け、優勝力士に負けないくらいの体格の、元横綱、現日本相撲協会理事長、雲海親方が映し出されていた。
23
クリスマスに行なわれた今年二回目の衆議院選挙はみさき党の大勝利で終わった。
議席数は、無所属のタレント議員五名を含め、全議席数の三分の二を超えた。
自民党党首の岸本は、惨敗の責任を取って、党首の座を辞した。
年明けの特別国会で、一男は再び内閣総理大臣に指名され、一週間後にテレビ廃止法案を衆議院で通過させ、岸本の意志か、参議院で賛成票ゼロ票で否決され再び戻ってきた法案を衆議院で三分の二以上の賛成をもって再可決させ、、日本から、テレビが無くなることが決まった。
そして、二月に公布されたテレビ廃止法案は、三月の春分の日に、晴れて施行された。
日本人の民族性からか、それまで全国の小中学校で起こっていた授業ボイコットや、テレビ局の社員が国会議事堂や首相官邸を取り囲んで行なったデモ活動は嘘のように止んだ。
日本国民全員が、テレビのない生活を受け入れたのだった。
施行から三カ月後、鉄道各社の売り上げは前年比20%増となり、各百貨店の売り上げも前年比30%増となった。
そして、法律施行前にテレビ番組を録画した“裏ビデオ”が闇市場で出回った。
大幅な売上減が懸念された家電メーカーは、国が、過疎地や、体が不自由で外出するのが困難な家庭に無償で支給するため、大量のパソコンを購入した結果、大きな売上減とはならなかった。第一、それまで掛かっていた莫大な宣伝広告料が半減したため、原価が大幅に下がり、各社とも減収・増益となった。
化粧品などは法律施行前の約半分の価格になり、気のせいか、街を歩く女性の化粧が濃くなった。
そんなことから、日本全体の失業率が1%改善された。
プロ野球は、開幕から、セ・リーグ、パ・リーグを問わず全試合が満員札止めとなり、タイガースに限っては、すでに一年間の甲子園の前売りチケットは完売していた。一方久しぶりの盛況に沸くジャイアンツのオーナーは気を良くして、二年後のシーズンの開幕までに、収容人員十万人の新しい東京ドームを建てると新聞発表した。
Jリーグは、全試合満員とまではいかなくとも、観衆が三万人を下る試合はなく、シーズン途中にして、週に二回の試合を三回に増やすと発表した。
ラグビーとバレーボールはプロリーグがスタートし、一年を通じて、全国の体育館と競技場を回ることになった。
「これ、ジャンクとか言うヨシモトの、前にあのマラソン走ったやつちゃうんか?」
一男は、NHKのスポーツニュースに映るジャンクを指さした。
「そうや。
この子、あのマラソン走った後しばらくしてからヨシモト辞めたんやで」
「ほんまに?
なんか開眼したんかな」
「多分そうやろな」
「で、今はなにしてんのん?」
「プロのマラソン選手。
来年から始まるマラソンリーグのイメージキャラクターになったんやで。まあ、広告塔みたいなもんやけどな」
「あっそう。
まあ、彼にとったら良かったんか悪かったんかようわからんけどな」
そのヨシモトは、法律施行後、所属していた芸人は半数に減った、というか、解雇されてしまった。
テレビ局からの莫大な放映料が無くなり経営を圧迫していたのも事実だったが、それ以前に、舞台に上がってまともな芸をできる芸人が思った以上に少なかったのだ。解雇された中には、それまで週に何本ものテレビのレギュラーを持っていた若手の売れっ子芸人も多数含まれていた。
しかし、プロスポーツ同様、劇場は平日週末問わず連日超満員だった。それに、商売上手なヨシモトのこと、舞台の模様を録ったビデオを昔の人気漫才師のものと抱き合わせ、自社の直営のショップで廉価で売り出し、大きな利益を上げていた。
峰社長は、二年以内に、北は北海道から南は沖縄まで全国十カ所に、一万人を収容できる劇場を建設すると発表した。
一方、何の芸も持たない芸NO人=タレント達は、運の良いわずかなものがラジオ番組に拾われたり、演歌歌手が座長を努める舞台公演のちょい役をもらったりしていたが、そのうち、春を迎えた雪のように、徐々に消えてなくなっていった。
一部のタレント達は、国内に見切りをつけ世界で勝負だ、と言ってアメリカのテレビ界に乗り込んだが、元もと何の芸も持ち合わせていない連中だけに、アメリカの文化を嘗めているのかと、タイムズ誌の一面で大きく叩かれただけに終わった。その後彼らが、アメリカに残ったのか日本へ帰ってきたのかは定かではなかった。
テレビ局の社員や、テレビに携わっていた人達は、生前の室井が、資金面でみさき党をバックアップしてくれていたネット会社社長のめぐみちゃんに根回ししていたため、関連先の会社に入ることができた。
但し、“女子アナ”だけは、それまでのプライドが邪魔をしたのか、余りにもちやほやされすぎた環境に慣れすぎてしまっていたのか、会社の中のただの一社員に成り下がるのを嫌い、女優に転進しようとしたものもいたが、ニュース原稿すらろくに読めない彼女達に、舞台の上で腹の底からせりふを搾り出すことなどできるはずはなく、すぐに姿を消した。
それでも、どうしてもスポットライトを浴びていたいと、数人のものは“元女子アナ”を売りに、AV女優へと転進した。
「明日はブッシュやったわね」
「そうや。
晩餐会やから奥さんも来るで」
「うそっ」
「ほんまや、嘘なんかついてどうすんねん」
「いやあ、どんな恰好していこ。何も用意してへんかったわ」
「そのままでええやんか。
ブッシュに教えたれよ、日本の女性は家の中ではこんな恰好してますねんいうて」
典子は、スエットの上下に身を包み、目尻にキュウリのスライスを貼り、ふかふかの絨毯の上を素足で歩いていた。
「あんたも人のこと言われへんやんか」
一男は、上半身裸にすててこをはいて、絨毯の上で胡座をかきながらワンカップを飲み、ちゃぶ台の上の、爪楊枝の刺さったチーちくを口に運んでいた。
「長年染みついた癖とか生活習慣なんかそう簡単に変えられるわけないやんか。
それより、この間の続き見せてくれよ」
典子がリモコンのボタンを押してビデオテープを取り出すと、また別のビデオテープを挿入した。
すると、さっきまで、ランニング姿で額に汗を滲ませ駆けていたジャンクが、「きつねうどん二杯で二百万円になります」と言った役者のボケに、うどんの鉢を持ったまま椅子から転げ落ちていた。
了