第2話
光に照らされている、というのもあるんだろうが、俺の目には金色の糸で編まれた髪にしか見えなかった。端的に言ってしまえば、外人のブロンドヘアーなんぞ目じゃない、そんな金色の髪を歩く度に揺らす少女。
まー流石異世界だことで、これじゃロシア人のコスプレ写真なんていらないね。
俺はというと、そんな雰囲気の少女を見て腰を抜かしていた。
そりゃー絶世の美女に出会ったら腰くらい抜かす、そう思った人は目の行き場が違うだろう。俺ぐらいオッサンになってしまうと、一目見れば大体何歳かなんてのは分かってしまうものだ。
そこで驚きなことにこの少女、どっからどうみても高校生位の年齢だ。
さらにこの少女はとても華奢だった。こんな体で剣を片手で振るってたら誰だって腰抜かすだろう。
「旅の方、どうかしたのですか? お怪我を負ったのであれば、多少治癒の心得がありますが、……立てますか?」
少女は俺に手を差し出しながら、そのエメラルド色の瞳を揺らす。俺が答えずにいると、首を傾げた少女の横髪が、スッと整った鼻にかかる。それに気づいた少女は耳にかけ直し、まるで安心させるかの様な笑顔でその手を差し出したままだった。
なぜ答えないのか、俺は別にコミュ症ではない。が、またもや俺は驚いていた。
先程は気づかなかったが、この少女は日本語を喋っていた。異世界が好きな者からしたら賛否両論が巻き起ころうことだろう。ここに来て言葉が通じないなんてのはオッサンには厳しかったから好都合ではあった。
「あ、ありがとう」
「いえ、困った時はお互い様です。――その紋章」
「これか? これは、って、なんで剣を構える!?」
少女の目が捉えているのは俺の右手にある紋章。ソレを見た途端、少女は剣を構えながらジリジリと離れていく。
「旅の方、貴方もアマデウスなのでアレば剣を交えねばなりません。……どうか破棄してもらえないでしょうか?」
今にも斬りかかろうと手に力を入れる少女。下手に敵対行動を取れば、そこで伏しているモンスターと同じ末路を辿る事になるだろう。
俺は、なるべき取り繕う様に笑顔を浮かべ、両手を上げながら乞うた。
「と、とりあえず話しあおう。何分ここに来たばかりで何も知らない。できれば色々と教えてもらいたいんだが」
「……? 意味は理解しかねますが、私も争い事は好みません」
俺に敵意が無いのが分かったのか、少女は剣を納めてくれた。
作家としての妄想を遺憾なく発揮し、なんとか乗り越えられた俺。だが如何せん。これからの事を考えるとやはり元の世界に帰りたいと思ってしまう。
到底人の手には負えないモンスター、ソレを一刀両断する華奢な少女。
文字通り、住む世界が違う。
◆◆◆
少女に連れられて町へと向かう道中、俺はいつの間にかこの世界に来たこと、気づいたら右手に紋章が浮かんでいたことを話した。
少女はただ黙って聞いていたが、何か思ったことでもあったのだろう。腕を組み思案した少女は、町へと到着するとまっすぐに酒場へと赴いた。
「……俄には信じられませんが、旅の方が言われた事が本当ならば納得がいきます。貴方はアマデウスになってこの世界へと来たのでしょう」
少女は席に腰を掛け注文を終えると、話を切り出した。
「自己紹介が遅れたな。俺は四十住 蔵人だ。まぁクロードとでも呼んでくれ。それで、さっきから言っている『アマデウス』っていうのは?」
「ラムダと申します。アマデウスというのは神に愛された者の事です。――私もその一人です」
ラムダは手袋を外し、右手の甲を晒す。そこには俺の右手の甲にも浮かんでいる様な紋章があった。
「なるほど。この世界には神がいるのか」
生憎と俺の世界ではそういう類のモノを信仰する人間というのは、腫れ物扱いされていた。
かくいう俺も神なんてあまり信じていない。時折トイレの神様に祈るくらいだ。
「クロードがいた世界の神は、私には分かりかねます。何も知らずアマデウスになったのなら、説明するべきですね」
――――――
長く面倒な話だったので整理してみよう。
えー時は遡り、505年前。
この世界『デヴェルトス』のエクナ歴591年。
世界は混沌の渦に……、ではなく大戦があったのだ。
人は進化する度、争う。それはどの世界でも一緒のようで、この世界でも歴史を刻む毎に大量の血を流した。
そんな大戦も終わり、人々は思ったそうだ。
世の中強い奴が正義。こーんな意味がわからん最低保証ができたらしい。
男はイケメンより、ゴリラ脳筋野郎がモテるようになり、女は社会的地位でその強さを誇示するようになったそうだ。
これをこの世界の神達は面白いと思ったのだろう。
人々の中にアマデウスなる、特異な人間が生まれるようになった。
生まれた頃から体が頑丈だったり、足が速かったり、体力が無尽蔵だったりと、人並み外れの身体能力を持つ者が現れるようになった。
アマデウスなる人が言うには、神から貰った力だという。
それからというものの、アマデウス達は力を誇示し始めた。
無論それを良しとしない者もいたそうだ。だが、世が強い者が正義というくだらない時代になってしまったからにはしょうがない。アマデウス達は金品を対価に争い事では敵なしの活躍をしていた。
だがその、アマデウス達がまるで霧の様に消えたらしい。
唯一残っていたアマデウスはこういったそうだ。
「私は神の選定により、今この時神になった。アマデウス達はまたすぐにでも生まれるだろう。次の神の選定ため、これからも人は争う事になる」
その男はさらにこう語った。
アマデウス達を生んだ神は、さらにその上である全能神になる為、アマデウス達に戦わせたと。
そして生き残ったアマデウスは神になり、そのアマデウスに力を与えた神が全能神に君臨したと。
なんとも信じられない話だ、そう思った時にはその男は消えたそうだ。
それ以来、人はアマデウスを避けるようになった。
当たり前だろう、もしそんな戦いに巻き込まれてみろ、常人では命がいくつあっても足りやしないのだから。
そんなお伽話みたいなのを俺はちびちびと水を飲みながら、意外にも真剣に聞いていた。
何故か、これは新しい小説のネタになると考えていたからだ。
そりゃー俺だって冷房の効いた部屋が恋しい。いくら身体能力が上がったといえ、中身は作家だ。考えているのは大抵ネタぐらいのものだ。
「過去の見聞によると、前回の神の選定では100人のアマデウスがいたそうです。一神につき一人アマデウスを生み出せるそうなので、今回もそうなのではないでしょうか」
「そも全能神を決める為にアマデウスを生み出したって、なんともお遊び好きなものだな」
「それは私にはなんとも、神の気まぐれとしか言えないですね」
「話は戻るが、俺はアマデウスになってこの世界にやって来たのか?」
「おそらく、そうだと思います。異世界転移魔法など聞いた事もないのですから。後天的なアマデウスもいることですし」
「神の選定たって、どうやるかも知らん。まず神にも会った事がないぞ、俺は?」
「――神の選定ならもう始まっとるで? ルーキーはんや」
「うおあぁ!?」
突如、背後から声をかけられ、俺は思わず椅子から腰を上げ振り向く。
そこには木偶の坊のような姿の、猫目の男が立っていた。
「……フォルセティ、クロードが驚いてます」
「また自分の神を呼び捨てにしてラムダちゃーん。ホンマはアカンねんで? 神を呼び捨てにするっちゅうのは」
「紹介しますクロード。こちら私の神、フォルセティです。先ほどの失礼、お詫びします」
「よろしゅうなルーキーはん。神やらしてもらっとるフォルセティや」
猫目で口元をニマニマさせているこの男が神。
おいおい、冗談はよし子ちゃんだ。こんな俺より若そうでサークルに入って「とりあえず生」が口癖そうな似非関西弁の男が神だと?
「ルーキーはん、信じとらんやろ。ええで、証拠みせてもー」
既に読心をしているだけで充分神だと思ったよ俺は。
フォルセティは何を思ったのか、殆ど閉じていた猫目を見開き、何やら聞き取れない言葉をつぶやいた。
「っ、ひゅあ!? ちょ、ちょっと席を外します!!」
顔を真赤にして席を立ったラムダは酒場の奥へ向かった。
去り際、フォルセティの頭を叩いた右手の紋章が光っていたのが見えたが、これがフォルセティの言った証拠だろうか。
「なんやラムダちゃん、ちょっとしたイタズラやのにー。どっか行くなら席、座らしてもらうでー」
「今のが証拠、ですか?」
「そやでクロードくん、自分が選んだアマデウスは精神的にリンクさせることができるねん。今のはちょっと驚かしたんや。そやな、心臓を舐めるような感じと思ってくれてええで」
いや、分かりにくいから。
「まぁちょうど邪魔もんもおらくなったことやし、……お話しよか、クロードくん?」
今までの陽気さはどこへ消えたのか。
フォルセティは猫目をさらに鋭くし、まるで射殺すかのように俺を見据える。
低く重いその声色からは、とてもお話という雰囲気は感じられない。しかし席を立てば何をされるか分かったものじゃない。
俺は短い人生で、初めて神と話をする。