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研修

「橘さん、あなたが何年も前から申し込んでいたホスピス研修の件だけど、人気が高くて順番待ちで、だいぶ待たせてしまってごめんなさいね。

 とうとう来年の春から橘さんが行ける事になったわよ! 

 よかったわね。橘さん、すごく行きたがってたものね」


 と、みなみの上司である第1外科病棟の看護師長、森本久子が嬉しそうにみなみに告げた。

 みなみは子供の頃に父親を胃がんで亡くしており、人間の死や終末期患者の看護について以前から興味を持っていた。そのため、ホスピスの研修はその話を聞いたときから強く心を惹かれて、数年前から受講希望を出していたが、なかなか順番がまわってこなくて、待機していた状態だったのだ。

           

     ――ホスピス――

  死を目前にした人の身体的、ならびに感情的な苦しみを緩和する目的でつくられた療養所や病院。       (ブリタニカ国際大百科事典より)


「エーーーッ!! 本当ですか!! やったぁ!! すごく嬉しいです!!

 あっ!? その研修って確か、大阪……しかも1年間……」


 と、みなみは何年も前から申し込んでいた研修にやっといけるという報告に最初は喜んでいたが、途中から声を詰まらせてうつむいた。

 そのホスピス研修はかなり本格的で、大阪に一年間住み込みで行われるというものだった。寅之助とみなみの結婚も来年の春を予定しており、ホスピス研修も来年の春からで、完全に時期がかぶってしまっている。 


「どうしたの? 橘さん……?」


 と、森本師長が急に元気がなくなったみなみを心配する。



「あの……その研修ってキャンセルしたらどうなりますか?」

 

 と、みなみが森本師長に聞いた。



「えっ?!! 橘さん、まさかキャンセルするの? 

 キャンセルしたら、次はいつ行けるか分からないと思うわよ」


 と、森本師長が驚く。



「あの……まだ言ってなかったんですけど……

 私、来年の春に結婚する予定なんです……

 彼は ”結婚後も仕事を続けていいよ” と言ってくれているので、細かい事が決まったら報告しようと思ってて……」


 と、みなみが少し恥ずかしそうに言った。



「エエエェーーーー!!!」

 

 森本師長が後ろにのけぞって、しりもちをついた。



「ちょっと、師長! 驚きすぎですよ……」

 

 と、不機嫌になるみなみ。



「ごめんなさい。あんまり予想外の事を橘さんが言うから……」

 

 と、森本師長が立ち上がりながら言った。



「予想外で悪かったですね!

 なんと、私の結婚相手は師長も知っている人なんですよ」


 と、みなみはまだ少し不機嫌そうに言った。



「えっ? この病院の人なの? 誰? 全然知らなかったわ。職員の誰か?」


 と、森本師長が全く心辺りがないといった様子で聞いた。



「そうですよね。誰も想像すらしなかった事が起きたんですよ……

 私もまだ、今でも夢じゃないかって思う事があるんです。へへへ……」


 と、みなみは嬉しそうに言った。



「えっ? 誰なの? 早く教えなさいよ。橘さん」


 と、森本師長が興味深々に聞いた。



「きっと、驚きますよ。

 肋骨骨折と腹部大動脈損傷で手術した、三上さんです!」


 と、照れながらみなみが言った。



「エエエェーーー!!! あのインテリ青年?!!!」


 と、またしても森本師長はうしろにのけぞって驚いたが、今度は壁につかまって倒れなかった。



「そうなんですっ!」


 と、みなみが嬉しそうに言う。



「そうなのね。びっくりしたわ。橘さんすごく可愛いのに、全然男っ気なかったから心配してたけど、よかったわね。

 そういえば橘さん、彼の受け持ちだったわね。それで仲良くなったの? 

 全然そんな気配感じなかったけど、私が鈍感だったのかしら?

 彼は今、元気にしてるの? 

 あんな大きな交通事故にあって助かったんだから、彼は強運よ。

 いい人、つかまえたわね!」


 と、森本師長が笑顔で言った。



「ありがとうございます。彼は今、すごく元気ですよ!

 私と彼が仲良くなったのは、彼が退院後なんです。

 だから、師長が気付かなかったのも無理はないですし、私だって退院後に彼とお付き合いするなんて、思いもよりませんでしたから」

 

 と、みなみも笑顔で言った。



「だけど……それじゃあ、せっかくの研修の話だけど断っておく?」

 

 と、森本師長が残念そうに聞いた。



「いえ、彼はすごく理解のある人なので、彼に相談してから決めます。

 まだ断らないで下さい。お願いします」

 

 と、みなみが頭を下げた。



「わかったわ。それじゃあ、今月中にどうするか決めて教えてね。

 でももし研修に参加するとなると、大阪には寮も準備されているから、結婚早々に別居っていう事になるわね。かわいそうに……よく考えて決めてね」


 と、森本師長はみなみに優しく言った。

 みなみは、ホスピス研修はなるべく早く受けて今後の看護に生かしたいと考えていた。しかし、愛する寅之助との新婚生活を犠牲にして良いものかと悩んだ。

 そして、神に心からの叫びをあげた。


”神様ーーーー!!!!! 私、どうしたらいいんですかぁーーーー??? ”

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