求婚
”今日は、少し久しぶりに寅之助さんとデート!”
みなみは今日、”手をつなぎたい” と寅之助に言ってみるつもりで気合を入れて、いつもより3割り増しにおしゃれをして、さらに両手のお肌のケアを入念に行い、淡いパステルカラーのネイルもバッチリ決めて玄関のドアを開けた。
すると、みなみの目に全く思いもかけない光景が飛び込んできた。
「みなみ! 僕と結婚してください!」
スタイリッシュでセンスのいい軽めの正装に身を包んだ寅之助が、やっと抱えれるくらいの大きな花束をみなみに差し出した。花束の赤いリボンが、緊張でかすかに震えている寅之助の手元で揺れている。すべてピンク色の様々な種類の花が活き活きと咲き誇って、寅之助の愛が本物である事をみなみに感じさせた。
そしてその花束は、まるで優しく微笑みかけているような、神様が祝福してくれているような、そんな暖かさと明るさがあった。
しかし、みなみは目の前の突然の出来事にいったい何が起こったのかと、すぐには理解できずに呆然として思った。
”えっ? 今日のデートは、駅の噴水前で待ち合わせじゃなかったっけ?
なのに、なんで? 玄関開けたら、すぐ寅之助さん?
しかも……うそーーーーーー!!!!!!!
これって、もしかして…… もしかしなくても……
プ、プ、プ……プロポーズーーーー!!!!!!!???”
「ふぁい、よろほんで!」
みなみは ”はい、喜んで!” と、言いたかったようだが、動揺しまくって、きちんとろれつが回らなかった。
でも、寅之助にはその表情や態度で、きちんと答えが伝わったようで、
「ありがとう! すごく嬉しいよ!」
と、寅之助がホッとしたのと、嬉しいのと様々な喜びの気持ちで胸がいっぱいになりながら、飛び切りの笑顔でプロポーズを受け入れてもらった事に対する感謝の気持ちを伝えた。
「わらひも、すおくうれひいれす!」 ※私もすごく嬉しいです!
そう言いながら、みなみはへなへなと地面に座り込んでしまった。
「ごめん……だいぶ驚かせちゃった?」
寅之助もしゃがんで、みなみの肩に手をかけながら聞いた。
「もう、おろろひたなんてもんじゃないれす」
※もう、驚いたなんてもんじゃないです
全身の力が抜け切ってしまって立ち上がれずに、みなみが言った。
「本当にごめん……落ち着くまで、みなみの家で休もうか?」
と、寅之助が心配して言った。
「はい、そうします。でも本当に嬉しいです……」
やっとろれつが回るようになったみなみの目からは、喜びの涙が流れた。
二人はみなみの家にあがって、居間のソファに座った。
みなみも寅之助も1人暮らしだが、お互いの家にあがる事はあまりなかった。
今までに数回あったが、昼間にしかも短時間、昼食をお互いに作りあって一緒に食べるくらいだった。
「落ち着いた? だいぶ驚かせちゃって、本当にごめん……
”女性はサプライズが好き” って聞いたから……
でも、みなみが出てくる所を玄関で待ち伏せしたりして、まるでストーカーみたいだったね……そういえば、告白の時も待ち伏せして告白したっけ?
なんかこれが、僕のデフォみたいだ……こんな僕と本当に結婚してくれる?」
と、寅之助が自己分析しながら、もう一度みなみに結婚の意志を確認した。
「はい、もちろんです! だいぶびっくりしましたけど……
でも、寅之助さんは全然ストーカーじゃないですよ! だって、ストーカーは待ち伏せはしても、告白やプロポーズはしませんから! それに、相手が嫌がっているのに待ち伏せして遠くから眺めたり、のぞきや盗聴したりしたらストーカーですけど、私は寅之助さんの事が大好きなんですから! 全然違います!」
と、みなみが寅之助ストーカー説を全力で否定した。
「そんなふうに言ってもらえて嬉しいよ! 本当にありがとう!」
と、寅之助は心からの笑顔で喜んだ。
「私のほうこそ、腰が抜けてしまってごめんなさい。
でも私、寅之助さんからのプロポーズ、すっごく、すっごく、すっごく嬉しかったです! 本当にありがとうございます。
こんな私ですが、末永くよろしくお願いします!」
と、言ってみなみはソファからおりて、床に正座をして寅之助に向かって、深々とお辞儀をした。
「僕の方こそ、こんな僕だけど生涯みなみを大切にしたいと思ってる。
だから、僕を信じてついて来て欲しい!」
と、寅之助もみなみの真正面に正座して、深々とお辞儀をした。
「はい、承知いたしました。私は寅之助さんに、生涯ついてまいります!」
と、気分が高揚したみなみは、古風なしゃべり口調になりながら答えた。
「ありがとう! あの、それで……さっそくで悪いんだけど、まず結婚に向けて大切な事をきちんと話しておきたいんだ……」
と、寅之助は真剣な表情でソファに戻りながら、みなみにもソファに戻るように促しながら切り出した。
「はい、わかりました……なんでしょう?」
と、みなみはソファに戻りながら真剣に聞いた。
「僕がクリスチャンだということは前に話したよね?」
と、寅之助が慎重に話を進めた。
「はい、確かに聞きました……」
と、みなみが少し緊張した様子で答えた。
「僕は神を愛しているし、信じている。
だから何よりも神を一番にするけど、それでみなみは大丈夫かい?」
と、寅之助が思い切った様子で聞いた。
「そのことで結婚生活にどんな影響がありますか?
具体的に教えて欲しいです」
と、みなみが少し動揺しながら聞いた。
「そうだね……これはあまり誰にも言ってなかったんだけど、結婚するみなみには知っていてもらいたい。
感謝な事に、僕は今の仕事で年収1000万円以上は給料をもらえている。
だけど、その給料の3分の一くらいは恵まれない人々に寄付しているんだ。
主に海外で食べ物や家がなかったり、十分な教育を受ける事が出来ない困っている子供達や、神の民であるイスラエルや、キリストの身体である教会にも献金してる。あと、神の召しを受けたらどこにでも行けるように貯金もしているし、日曜日には教会に行くし、その事を結婚後も続けたいと思っている。
この事を理解してくれる人でないと結婚は難しいと思う。だけど、僕はみなみがそれを理解してくれる人だと見込んでプロポーズしたんだ。どうだろう?」
と、真剣に寅之助が言った。
それを聞いてみなみは、黙って泣き出してしまった。
「また驚かせた?
ごめん。こんな大切な事、プロポーズの前に言うべきだったかな?」
と、寅之助が心配して聞いた。
「……違います! 嬉しいんです!
寅之助さんのそういうところ、とても素晴らしいと思います。
やっぱり寅之助さんは、世界一素敵な人です。
そんな寅之助さんに、妻として認めてもらえるなんて夢のようです!」
と、みなみは泣きながら答えた。
「ありがとう、みなみ! やっぱり、みなみは僕の運命の人だ!」
寅之助も泣きそうになりながら言った。
「寅之助さん……私、前から思っていたんですけど、夫婦は信仰は1つがいいと思うんです。だから、私もキリストを信じてクリスチャンになりたいです。
寅之助さんとお付き合いさせて頂いて、私も寅之助さんと同じ信仰を持ちたいと思ったんです」
と、みなみが涙を拭きながら言った。
すると、今度は寅之助が黙って泣き出してしまった。
「ダメですか? 私みたいな人がクリスチャンになるなんて……」
と、今度はみなみが心配して聞いた。
「違うよ。僕も嬉しくて……本当に嬉しくて……
僕がずっと願っていた事が叶ったんだから……
嬉しくて……ごめん、男のくせに泣いたりして……
みなみがクリスチャンになってくれるなんて、こんな嬉しい事ないよ!」
と、寅之助が清らかさを感じる、純粋な涙を流しながら答えた。
「寅之助さんにそんなに喜んでもらえるなんて、私も嬉しいです!」
と、みなみも寅之助につられて涙を流しながら喜んだ。
ひとしきり泣いて、涙で顔がくちゃくちゃになった二人の心の中には、大きな喜びが湧き上がっていた。
そのあと二人は、晴れ晴れとした気持ちでいつも通りに清いデートをして、それぞれの自宅に帰った。
みなみは、家についてから、
”手をつなぎたい”
と、寅之助に言うのを、すっかり忘れていた事を思い出した。
あともうひとつ、みなみは、
”定年まで今の仕事を続けたいと考えている”
と、いう大事な事も言い忘れていたのだった。