払拭して、未来─
「さぁ、ファイナルラウンドと行こうぜ」
ドグマがやって見せたように、派手に瓦礫をブッ壊し、決着を着けるべく対峙する。
ブートバスターの切っ先をドグマに向け、最後の宣戦布告。ドグマもそれに答えるようにナイフを向けてくる。
互いに武器の切っ先を向け、互いに誠意を見せた。
今の今まで、俺を嘲るように戦っていたドグマも俺と真剣勝負をしていたようだ。
「…なぁドグマ・マスカルよ。お前に一つ聞きたいことがある」
「……」
返事はない。だが、攻めてこないところ、その行動だけで十分だった。
そして、俺は満を持して問いかける。ずっとこの男に聞いてみたかったことだ。
「お前はなぜ人を殺して…、それでも」
途中で言葉が詰まる。俺としても聞きにくいことだったからだ。
だが、次の言葉は予想だにしなかったものだった。
「殺らなければ自分が死ぬからだ」
次の言葉を紡いだのはドグマだった。
「だったら何で部下も殺したんだよ」
「…言葉を変えよう。『殺らなければ誰かが死ぬからだ』」
「……!」
意外だった。
自己中心なドグマが他人の話をするとは思わなかった。
「誰かの行動には必ずツケがある。それを払うのはそいつじゃない。これは絶対に、だ」
それを語るドグマは、心なしか苦しそうな表情をしていた。
「だからそいつを殺す。正しかろうが間違っていようが、言い逃れの余地もなしに殺す。王はそれを承知で俺を寄越したんだ。文句を言われる筋合いはねーよ」
そしてナイフを再び突き付ける。
「なるほどな。お前なりのポリシーってやつか」
十人十色のポリシーに触れてみて心が動く。
(だったら俺も迷わねぇ)
「ここで俺がお前を殺れなかったら…!」
「てめーの大事なリリーファ嬢が死ぬぜ!」
二人が感じた同じタイミングで駆け出す。
二人の距離はすぐに縮み、ブートバスターとオリゾン何とかがつばぜり合いを始める。
押しては返す打ち合いが始まる。
ドグマは常に俺の懐に飛び込もうと伺っているが、そうはさせない。俺もドグマのようにカウンターを打ち込めるような体勢をとる。
そして力での押し合いが始まる。
俺がドグマに押し勝ち、踏み込みの距離が空く。
「起動“切断”!」
力での押しも、ドグマの繊細なナイフ裁きが華麗にかわす。
「死ねぇ!」
ブートバスターの力押し、それに生じる微かな隙に踏み込む。
その右腕での大きな振りを、左脚で踏みつけて押さえ込む。
「くぅっ…」
ドグマが思わず苦心の息を漏らす。だがそれで終わるドグマではない。ドグマの左脚が瞬時に反応し、俺の胴体を捕らえる。
蹴り出された俺はわざと大きく後ろによろめき、距離を空ける。
大きく後ろに下がった分、ドグマは余計な歩数で俺に迫る。
俺はそれを受けることは止め、俺とドグマの間の道に打突を打ち込んだ。
抉れたコンクリートの破片が飛び散るが、ドグマをものともしない。
しかし足元が変形したドグマは進む勢いを殺しきれずに、前に倒れこんだ。
さらに幸運なことにナイフを持つ右腕を着いた。
そして前に出る俺だったが、右肩の傷が疼いてブートバスターが振れない。
俺とドグマは咄嗟に残った腕を使う。
「「──!!」」
二人の拳が、二人の頬に当たり振りきられた。
後ろに仰け反ったものの、すぐに前に体をお越してドグマに向かう。
どうやら相手も同じことを考えていたようだ。
前に出た頭はカチ当たる。額から鮮血が流れる。それでも二人は戦い続ける。その口元には微かに満足気な笑みが見受けられる。
痛む右腕でブートバスターは扱えないと判断した俺は、ブートバスターを離しドグマの右腕を掴む。ドグマはナイフを捨て、俺の右腕を捻った。
痛みはあったが、それに構わず左腕を奮った。
互いに満身創痍の状態で立ち上がる。
ドグマは覚束ない脚使いながらもナイフを握っている。
「フィニッシュだ」
ドグマがゆっくりとナイフを掲げた。
成す術なく力を抜く。
眼を瞑り天を仰ぐ。全てを神に託した。……いや、託したのは神ではないか。
振り下ろされる斬撃はなく、落ちたのはドグマのナイフ。
「オリゾンテクランニオ、だったな。やっと言えた」
ナイフが落ちたことが意外そうな顔をするドグマ。
俺は左腕でブートバスターを持つ。
「起動…、“爆裂”」
ゆっくりと放った技は俺の気持ちとは裏腹に爆速で駆け抜ける。
ドグマは何か悟ったようなドグマは静かに声を荒げる。
「そうか…。お前だったかリリーファ嬢ぉぉ!」
ドグマはその叫びと共に爆炎の中に消えていった。
焔が燃え盛るのを見つめるながら思いを馳せていた俺の元に、リリーファがやって来た。
「脚は、大丈夫なのか?」
「うん。止血はしたし、狙撃は脚は使わないからね」
「そうか…」
俺とリリーファの会話はそこで終わった。
初めての対人戦闘。一度目は完全敗北し、二度目では辛くも勝利したものの、教えられたものが多すぎた。“勝負に勝って戦いに負けた感”だ。
どれだけの間黙っていたのだろうか…。リリーファも気を使って喋りかけないでいてくれた。
俺が燃える焔から眼を離し、リリーファに眼を向けたとき、やっとリリーファが話しかけてきた。
「そういえば、テンシンはなんでここにいるの? 船に乗ったんじゃ…」
「あーー、それはあれだ。ドグマの姿が見えてリベンジしようと思ったからでだな…」
リリーファに詰め寄られて顔が少し赤くなるのが分かった。
「ふふっ。そういうことにしといてあげるね」
リリーファはまるで見透かしているかのような口調だ。不本意だ。
「んんっ! ところで俺は、あくまで“リベンジ”という建前で戻ってきた訳だか──」
「建前って言っちゃったよ」
「……」
言動を封殺された。墓穴を掘ったとはこのことか。
「──で! 俺はこの街を出る方法を失った訳だ!」
ここまで言うと、俺の言いたいことを察したようだ。
「リリーファはこの街でどうするつもりだ?」
問いかけられたリリーファは顔を伏せ、頭を振る。光陽を浴びる銀髪が輝き揺れる。
「私は軍団を止めたいだけ…。それにテンシンを巻き込むのは私の本意じゃないわ…」
つまりは「どっか行け」ってことか。まさかリリーファにそんなことを言われる日が来るとは夢にも思ってなかった。だが、俺の気持ちは変わらない。
「お前がどう思おうが俺は俺の道を行く。そこにお前がたまたま偶然、奇跡的にいたとしてもだれのせいでもないさ」
「……テンシン」
そこでリリーファは顔を上げ、呆れたような顔をした。それでも微かに笑っている。
「行くか」
「うん」
そして、また歩き出した俺たち。
現段階で港川湖市最強のドグマを倒したとなれば、油断さえなければ敵なしだ。…と俺は思っている。
この街から月の軍団を一掃出来れば平和な港川湖市は戻ってくるのだろうか…。
宛のない希望を胸に抱いて俺、坂巻天真とリリーファ・K・ガウディはまた歩き出した…。
「痛っ! 傷が痛い! アドレナリン先生切れた…!」
「だったら私が止血しよう! 大丈夫、華ちゃんの見てたからできるはずだよ!」
「心もとなさすぎるわっ! …なんで“ちゃん”呼び?」
他から見たら俺たち二人はどう見えるのだろうか。
案外悪くないコンビだと俺は思っている──。
そんな他愛もない会話すら愛おしいと思うのは、俺の錯覚だろうか。
久しぶりに感じられる感覚に浸っていた。のも本の束の間…、不意に太陽が欠けた。
「なっ、なんだありゃ!」
神秘の日食。空から突如現れたそれは決して大きくはないものの、不気味な雰囲気だ。
徐々に近付くそれほ港川湖市の中心部に降り立つ。
建造物は壊しなぎ倒し、地響きとともに着陸…。
「まさか…、後隊!?」
リリーファの言葉で全てを悟った。
まだ終わらない──。