きっと俺らは
その日の昼食はレトルトのカレーだった。
量、質ともに子供たちに好評で、思考レベルが近いリリーファも喜んで食べていた。
「ボン!? これが噂のボンなのテンシン!?」
などと、ツッコミにくいボケをかまし、はしゃいでいたのは余談か…。
昼食後、洋司さんに呼ばれて、潜伏中の診療所近くの船着き場まで来ていた。
「――という計画なんだが、いけそうか?」
今すぐにでも港川湖市を出たい洋司さんは、俺に脱出計画を語ってくれた。
内容は簡単で、修理した漁船に子供優先で乗せ、後から俺たちが乗り込む。機団に見つかった場合は、蛇行運転で攻撃を避けながら距離を取り、避けきれないものは俺たちが処理するそうだ。そして最終目的地は、隣接するS県の漁港だそうだ。
内容を聞いた感想を求められているわけだが、「まぁ、それ以外の作戦がありませんよね」。言わないけど。
「いいと思いますよ」
本音と建て前、これが大人の対応だ。
「でも、この船に全員乗るのはやっぱり厳しいんじゃ…」
横から苦言を呈したのは、洋司の娘の伊織だ。
「俺たち二人が乗るとなると事情が変わるからな」
「あっ、いや、そうじゃなくて」
俺の小声を拾った伊織は、ばつが悪そうに謝る。そのとき、手に持ったハンドベルがちらつく。
「前々から心配してたんです。キャパギリギリで蛇行運転なんてしようものなら、最後には何人に減っていることだか」
「その辺りはアレだ。『気をつけろ』としか言いようがなくてだな…」
洋司さんもばつが悪そうに頭を掻く。その辺りは親子か。
「第一、何でそんなギリギリスケールの漁船にしたんです?」
肝心なポイントを洋司さんに尋ねてみる。
「……」
だが返事はない。代わりに答えたのは伊織だった。
「この漁船しか運転できないんです」
あらぁ。
何ともシンプルかつ、残念な答えだった。
そしてやはり、伊織と会話をするたびに、ハンドベルが視界に入って気になる。
「さっきから気になってたんだけどさ、そのベルは何――‼」
言葉半ば、聞きなれた音に気付いた俺は息を殺す。
キィィン――。
「坂巻君、どうしたんだ?」
「二人とも、静かに。どこかに隠れて」
水口親子は俺の指示で、手近な物陰に隠れた。
俺は音のあった方向へ息を殺して忍び寄る。
魚市場の柱の影から辺りを見回すと、診療所に近づく一機の二足機械の姿があった。
(まずいな…。中の人たちは気付いているのか?)
この状況だと、リリーファが中から狙撃した方が決着は早いかもしれないが、それはあまり期待できない。だったら俺が出て、注意をそらしたほうがいいに決まっている。
腹を括って、ブートバスターを手に取った俺は、大きく足音を鳴らしながら二足機械の横を駆け抜ける。
俺に気付いた二足機械は作戦通り、こちらに向き直す。そして腕に装備したガトリングが火を噴いた。
ブートバスターで銃弾を流して、別の物陰に潜む。すると、相手の攻撃の手は止んだ。恐らく応援を求めるために通信しているのだろう。
「よし、今だ!」
攻撃が休止した隙を逃すまいと、転がりながら少し距離を詰める。多少の距離ならすでに射程距離だ。
「起動"打突"‼」
この数日間で体がなまったかと思ったが、そうでもなかったらしい。それどころか、ブートバスターが一層体に馴染んだ気さえする。
約10m先の相手の脚をすくった。バランスを崩した二足機械は倒れた。が、まだ完全停止はしていない。
「とどめだ! "切だ"――!」
大きくブートバスターを振り返った瞬間、脳裏に黒い光が走った。
「……!?」
体が動かない。何かが俺の体を縛り付ける。頭じゃ分かっているのに体が動かない。
俺がとどめを刺せずにしているうちに、相手が立ち上がった。
もちろん立ち上がった二足機械はもう片方の武器、近接ブレードを振り上げた。
人生何度目かの走馬灯、は見えず、むしろ穏やかな気持ちさえあった。
「テンシン!」
不意に俺の名前を呼んだのは、やはりリリーファだ。
ライフルで二足機械の操縦席を打ち抜く。虚を突かれたのもあり、銃弾はまっすぐに操縦席を貫通する。そして今度こそ完全に停止した。
そして診療所から走ってこちらにやってくる。
「おう、リリーファか…」
府抜けた声で返事をするとリリーファは驚いたようだ。
「テンシン大丈夫? 様子がおかしいけど…」
「あぁ、大丈夫だ。すまない。それより早くここを離れよう。恐らくすぐに追手が来る」
「そ、そうだね」
俺の不調の正体。なんとなくの目星はついているが、リリーファに感づかれないように話題を変える。
それに敵に潜伏場所がばれてしまったのも事実だ。偶然やり過ごせてきた今までの状況とは全然違う。
物陰にしっかり隠れていた水口親子に状況を伝え、すぐに診療所へ向かった。
時間で言えば30分も経たないうちにことは進み、出発の準備は整った。
洋司さんは船の操縦席に乗り込み、華さんと伊織が子供たちを誘導する。その周りで俺とリリーファが警戒をするのだが…、如何せん集中できない。
「テンシン顔色悪いよ」
心配したリリーファが声をかけてくる。
「あぁ、本調子とはいかないがあと少しの辛抱だろう。それよりリリーファは港川湖を出てどうするつもりなんだ?」
「あぁ…、まだ決まってないや。ちゃんと考えておくね」
実際問題、本来襲撃者側であるリリーファは、俺より自分の心配をするべきだとは思う。
子供たちの誘導は順調で、どの子も怯えている様子は見られない。状況を理解していないからかもしれないが、それはそれでいいことだとは思う。
「そういえばリリーファ。お前の指示で伊織はずっとアレを持ってるけど…。なんか意味あんのか?」
俺が指さした「アレ」とは、伊織がお守りとして持っていたハンドベルだ。大きさはそこまでないが、見た目は銀色に輝いているため、重く見える。
「あれはね…、私たちの持っている武器と同じなんだよ。形状が違うだけで…」
「同じなのか!?」
「しっ! 静かに」
意外なカミングアウトについ大声を出してしまう。
「すまん…。ということは伊織はアレを拾ったってことだよな?」
「そうだね。着陸に失敗した機体もいくつかあるみたいだったし」
「そうか…」
少なくとも伊織は誰の命も手にかけていない。よな。
「テンシンwake up!」
すると急にリリーファのテンションが上がった。
「どうしたんだよ、急に…」
「元気出して。『あと少しのシンベエ』なんでしょ?」
どうやら俺を元気づけようとしてくれているようだ。少し空回りしているのが実にリリーファらしい。
「それをいうなら『あと少しの辛抱』だ。どこの1年は組だよ」
「やっとテンシン、笑ったね」
何か嬉しかったようで、リリーファも笑う。やはりリリーファには笑顔が似合う。
「天真さん、リリーファさん! 全員乗り込みました。お二人も急いでください!」
伊織が精一杯に声を張って呼びかけてくる。
「行こうか」
「うん!」
そうやって駆け出した。そして一つリリーファに質問をする。
「伊織の持ってるやつって何ができるんだ?」
「そうだね、"グリムケイン"は隠密と探索だね」
どうやら伊織の持っているハンドベルの名前は"グリムケイン"といううらしい。
これで今まで敵に見つからなかった理由が判明した。
船の乗り場に着いたとき、伊織がいきなり声を張り上げた。
「早く乗り込んでください! 何か来ます!」
その声と同時に数機の機体が急カーブを曲がってやってきた。
「よし、リリーファ。俺たちの仕事だ」
「先に行ってテンシン」
俺の言葉を遮るようにリリーファが指示を出す。何より、その内容に驚く。
「『先に行け』って、お前も行くんだよ! 今はここを脱出することを考えろ!」
「先に行ってても少しの距離なら私には関係ないのですよ。この距離の牽制なら私の方が向いてるしね」
そしてリリーファはピースサインをして見せた。だが、その紅色の瞳は厳しい光で俺を見つめる。
「…分かった。すぐにだ、すぐに来いよ!」
そして乗り込んだ船は港を出発した。
「残してきてよかったんですか?」
「分からん」
「今なら戻って連れ戻せますよ?」
「大丈夫だ」
「…本当にですか?」
伊織は波止場を見つめる俺の顔を覗き込んでくる。
「信じているからな」
伊織はその一言で落ち着いたようだ。それ以上の追及はなかった。
合計で5機を相手取ってリリーファは奮戦する。圧倒しているといってもいいレベルだ。
それでも不安は消えない。
港から数m離れたところで船は停止しており、その様子を見守る。
リリーファは依然と優勢ではあるが、勝てる気配もない。
「おい、早く決めてくれ! このままだと出発できねえ!」
洋司さんが操縦室から決断を迫ってくる。
「天真さん…」
沈黙を守っていた伊織が口を開く。
「どうした?」
「もう行きましょう」
「!?」
伊織の発言に、面食らってしまう。
「あの人、元々は敵だったんじゃないですか?」
「…」
返す言葉が見つからない。"元々が敵"だとするなら、伊織たちにとっては"敵"なのだから簡単には許せるはずもない。
「ほんの数日、数時間でしたけど、リリーファさんが悪い人ではないということは分かりました。でも許すかどうかは別の話ですよ。子供たちの中には親を殺された子だっているんです。その子たちはリリーファさんを許せるでしょうか? このまま"いいお姉さん"としてのリリーファさんで別れる。っていうのは私のわがままですか?」
「…その通りだと思う。実際許してくれ、なんてあいつも言うつもりはないだろ。俺も敵とはいえ、人を殺した」
「天真さんは自分が生きるために仕方なくで…」
「リリーファもきっと苦しんでいるんだ。だからあいつは一人残って"いいお姉さん"で終わろうとしているんだと思う」
「…」
今度は伊織が言葉を失う。
そして港の方向から大きな爆発音が聞こえる。
リリーファが5機あるうちの2機を粉砕したようだ。残るは3機。
爆炎煙る中、どこかで見た白いコートのシルエットを垣間見る。
足元から何かが這い上がる感覚、俺はそれを知っている。
同時に残りの3機を大きな火炎を上げて崩れた。
「伊織…」
難しい表情のまま固まっていた伊織に声をかける。
「俺は互いに傷つかない方法で、賢ぶって、円満に終わらせようとしているリリーファも伊織も否定する。どれだけ傷ついてもきっと分かり合えると信じている」
「でも、そんなの苦しいだけじゃないですか。何の意味があるんですか。知らないでいいことだってきっとあります」
「そうさ。でもそれを"知ってよかった"ってことに変えられたら、すごく素敵でハッピーだと思わないか?」
伊織の表情は一層険しくなる。
「そんなの詭弁です、理想論です」
「理想は叶えるためにあるんだぜ」
そこで伊織は反論を止めた。何か思うことがあるのだろうか。
「すいません! 船を出してください!」
大声で洋司さんに伝える。
返事の代わりに船のエンジン音がけたたましく唸る。
動き出した船から身を乗り出す。
「天真さん…」
「きっと帰るから、迎えに来いよ」
振り向かずに伝える。
伊織に何か反論されても理想論しか答えられない。
伊織が納得してくれたかは分からない。
「…信じてみます」
船から飛び出たとき、伊織の声が聞こえた気がした。
まっすぐに跳んだ俺は驚異の跳躍を見せ、燃え盛る火炎の中に飛び込んだ。
「リリーファ嬢。あんたがうちの隊相手にここまでやるとは思わなかったぜ」
炎の赤を受けて、ドグマのコートは赤色に染まる。だがそれは、きっと炎の赤だけではないのだろう。
健闘したリリーファは息を切らし、ドグマの前にひざまづく。呼吸は荒く、ドグマに刺された脚の傷が痛む。
「イレギュラーの用心棒もなく、あっけねー終いだな!」
カッカッカ。と個性的な笑い声とともに、小ぶりのナイフを振り上げる。
「あーばよ」
しかし振り下ろされたナイフはリリーファには届かず、何かに阻まれた。
ドグマのコートよりも炎を映す銀色のブートバスター。
颯爽と現れたのは、イレギュラーこと坂巻天真。
「久々だな、"極上のサディスト帝"? っだっけ? 名前」
天真の挑発が効いたのか、ドグマの額に数個の怒りの血管マークが浮き出る。
「墓場は選べると思うなよ、ド素人がぁぁ!」
発狂したドグマと天真の武器が火花を散らし、ぶつかり合う衝撃は火炎を払い、水面を揺らした。