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サバイバル・ビギン

イィィィン――。

 耳をつんざくような起動音で大型機械のアームが動く。持ち上げられた両腕のマシンガン、ガトリングの照準はしっかりと俺たちを狙っている。

「やべぇ!」

 すぐに方向転換をして店の中に逃げ込む。

 転がりながら店の中に飛び込むと、銃弾の雨が自動ドアに降り注いだ。

「あの高さなら店の奥までは届かない。今のうちに裏口から逃げるぞ!」

 同じように店の中に飛び込んだリリーファに叫び指示をする。

 リリーファ顔色から分かる。今回の相手はかなり厄介だ。いつもならリリーファは余裕を残した表情をしているが、今回はその余裕がない。

「テンシン、油断は禁物だよ」

「…?」

 リリーファの深鬱な声が俺の不安を煽った。そしてその不安が的中する。

 ドゴォン!!

「何だ⁉」

 大きな音と共に店舗が揺れる。

 その衝撃に驚き咄嗟に振り向くと、二重に驚いた。あの大型機械が店先を破壊しながら侵入してきたのだ。

 アームについている武装はハンマーに取り換えられており、あっさりと店を破壊する。

「テンシン! ともかく外に出ましょう! このままだと瓦礫の下敷きに…!」

 リリーファが俺の手を引いて裏口へ向かう。

 キッチンを駆け抜けて外に出る。路地裏からすぐに大通りに出て、建物と機械の挟み撃ちを回避する。

「リリーファよ。あいつは何なんだよ…」

「”四輪式多目的武装戦車”。コード”スパイダー”。今回投下されたヤバいやつの一つ」

「…そんなん聞いてねぇぞ」

 俺が肩を落とし、キーボードケースからブートバスターを正面に構えたとき、さっきまで俺たちがいた店を破壊してスパイダーが現れた。

「やるしかねぇのか?」

「あれから逃げれる自信があるなんて、さすがテンシンだね」

 嫌で嫌で嫌すぎた俺がボソッと愚痴を溢すとリリーファが苦笑いしながら答えた。

「嫌味な…」

 かくいうリリーファにも余裕はないらしい。無理に笑って見せた口角が硬く吊り上がっている。

 ウィィィン――。スパイダーが換装した銃器を連射する。

起動ブート切断スライス”! だぁぁぁ!」

 銃弾の雨あられ。俺の正面でブートバスターを振って銃弾を斬り落とす。そうしているうちに俺の影からリリーファが狙撃する。

 二,三発放たれた銃弾はスパイダーに命中するも、その動きは止まらなかった。

 残弾が切れたのか、銃器を捨てブレードに換装、四本の腕でハンマーとブレードを構えて突進してくる。

「おいおいおいおいおいおいおい! 力押しは禁止だろ!」

 巨大な機械と相撲をとるなら俺は確実に負ける。相手はそれを分かっているから近接戦を仕掛けるのだ。こうなったら距離を詰められる前にリリーファが狙撃してくれなければ俺は100%死ぬ。

「テンシンガンバッ!」

 頼みの綱であるリリーファは俺に激励の言葉を残し背中を押す。馬鹿野郎、それは激励じゃなくて死亡宣告だ。

「…っておい!」

 俺を送り出した(送り込んだ?)リリーファは手近な建物に入っていった。

「なるほど…。無茶言うなよ」

 リリーファの狙いは大体分かった。元々狙撃手は敵から離れてこそ大きな持ち味を発揮する。スパイダーから距離をとるなら高さで稼ぐつもりだろう。中々機転が利いているいい作戦だとは思う。俺が囮になること以外。

 などと言っていても始まらない。まだ数m離れている距離を生かすしかない。

「”打突スタンプ”」

 突いては引いて突く。単純ながらもスパイダーの姿勢を崩して時間を稼ぎたいが…。

「おっも!」

 スパイダーというよりアラクネ。比喩なしで化け物級のスペックだ。スパイダーだなんて言ったやつ蜘蛛知らねぇだろ。

 あっさりと距離を詰めてきたスパイダーもといアラクネ(今俺が改名した)は四本のアームで立体的な動きを描いて武装を操る。

「くっ! このチートが…!」

 ヘビー級の攻撃が高速で繰り返される。俺は受け流し後退するのがやっとで反撃が出来ない。

 次第に追い詰められ、とうとう退路を断たれた。ハンマーがブゥンと空気を裂きながら振られる。

「リリーファ!」

 本日最初、二日で三度目の死の間際、咄嗟にリリーファの名前を呼んでいた。その瞬間俺を狙う腕は本体から離れた。慣性で飛んでくる腕を受け流して反対側の腕にぶつけて、やっとアラクネが姿勢を崩した。

 その隙を見逃さず、四輪の下を転がってアラクネの後ろに立つ。そのときにもしっかりと斬ってやった。

「”切断スライス”!」

 がら空きになった背中に三振り、計九太刀浴びせる。するとやっとアラクネも動きを鈍らせてきた。

(なるほど。装甲は斬る分には固くないし、関節は脆いのか)

 やっと勝利の光が見えてきた。このチャンスを逃さないようにもう一度攻撃を仕掛ける。アームが一つ減った分攻撃のリズムに隙が生まれる。そこから他の腕を外していけば十分勝てる!

 ――だがアラクネは二つのブレードを換装する。そして装備したのは装填数一発のロケットランチャーだった。

「この距離でその武器チョイスはないだろ…」

 突進を停止して身を翻した俺は視界の隅に入った水路に飛び込んだ。

 水路に飛び込んだ俺の体を後ろで爆発したロケットランチャーの爆風が押し出す。

 勢いよく水路に叩きつけられ、体に強い衝撃が走る。しかしながらさすがは水都”港川湖市”、街中のあちらこちらに水路が張り巡らされていたのが、まさかこんなことで役立つとは思いもしなかった。

 そして水路から顔をだし、呼吸と状況の確認をしようと思った俺の目に飛び込んできたのは――。

「リリーファーー‼」

 アラクネのもう一つのロケットランチャーはリリーファがいたビルを吹き飛ばしていた。撃たれたビルは粉々に砕け崩れていく。

 水路から這いずってアラクネを睨み付ける。その腕にはすでにブレードが再装備されている。

「クソが…。テメェよくもリリーファを…」

 俺の腹の底からイライラが込み上げる。俺の人生の中でこんなに”怒り”を感じたことがあっただろうか…。

「ブートバスター、こういうときの主人公ってさ、怒り狂って覚醒したりするけどそんなのないよな?」

 呪文を唱えるようにブートバスターに語りける。もちろん返事はない。アラクネは隙アリと三つの武器で勝負を仕掛けてくる。

「クソッ! クッソォォ!」

 襲いくる武器を力任せに弾くが、力で勝てるはずがなく三回も弾かないうちに倒れてしまう。

「クッソォォォ!」

 今度こそ終わる。ハンマーの影が俺を覆う。徐々に大きくなる影に自分の終幕を悟った。思考回路はすでに死後に歩みだしている。

 ――パァン!

 だがその銃声に掴まれ、俺は眼を見開いた。聴き慣れたその音が俺を呼び戻した。

「テンシン立って!」

 ライフルを射撃体制で構えたまま少女が俺を呼んだ。彼女の銀色の髪が光を受けて輝く。スコープから除いた紅眼は確かにリリーファのルビーのような美しい瞳だった。

「リリーファ‼ お前、生きて…」

「テンシン、早くスパイダーを!」

「お、おう!」

 いかん。リリーファが生きていた喜びで声が裏返ってしまった。肝心のアラクネ、もといスパイダーはキャタピラーと本体の接続部を撃たれ、ハンマーが俺のすぐ横のコンクリートを打っている。

起動ブート切断スライス”‼」

 スパイダーの脳天に叩きつけたブートバスターは今までで最高の切れ味を発揮した。スパイダーの本体が真っ二つに割れて完全に機能を停止させる。

 中からよろよろと例のダイバースーツの人間が出てくる。操縦者であろう人間は数歩歩いて気絶した。俺はそんな”敵”を疲労困憊の眼差しで見つめながらも、思考のすべてはリリーファに向いていた。

「リリーファ、お前、生きてたんだな…」

 一気に緊張の糸が切れて、力の入らない脚を動かしリリーファの元へ行く。

「狙撃手の基本は”ヒット&アウェイ”よ。…と言っても瓦礫はよけきれなかったけど」

 舌をペロッと出したリリーファの服はあちこちが破れており、下に着ていたアンダースーツからも白い肌からの出血が見られた。

「とりあえずここを離れましょう。あれだけ派手に戦うと他の機体が来ちゃうかもだし、もしかしたらもっとヤバいやつが来ちゃう…」

「…?」

 一難去ってまた一難。正にその言葉を恐れるようなリリーファの表情は特定の”何か”に不安感を感じる。

 ここはリリーファの言うとおりに出来るだけ離れて身を潜めるのが得策だろう。傷の手当はそのあとからでも遅くない。

「よし。道を戻ることになるが近くに隠れるにはうってつけの場所が――」

 俺が道を確認して視線をリリーファに戻したとき、リリーファが”何か”を発見し固まっていた。

「カッカッカ! スパイダーが派手におっぱじめたと聞いて何かと思えば、やられてんじゃねーかよ!」

「――!」

 不意に上がった嘲笑の声は背後から。声の主は純白のコートをなびかせ、今さっき粉砕したアラクネ、スパイダーに座っていた。

 外にはねた金髪のくせ毛と吊り上がった眼、何が楽しいのか口角も吊り上がっており、その笑顔が逆に不気味だ。

「あいつは何者なんだ?」

 小声でリリーファに問いかけるが返事はない。質問に答えるどころかガクガクと震えている。

「う、うぅ…」

 すると立ち上がったのはスパイダーのパイロット。ツリ目の男はそのパイロットに声をかける。

「よー。スパイダーで派手に暴れた感想はどうだ? 楽しかったか?」

 軽く。本当に軽い問いかけ。まるで子供に遊園地の感想を求めるような優しささえ感じられる問いかけでも悪寒が走る。パイロットの人間もヘルメットで顔は見えないが膝が泣いている。

「あ、あ、ああ……。どうか――!」

 震えた声が意味を成す前にパイロットの首が飛んだ。

「…」

 男の優しい表情は消え、代わりに手に二〇㎝ほどのナイフが握られていた。

(まさか、あのナイフで斬ったのか?)

 嫌な予感が頭をよぎる。

 男はパイロットに向けていた冷酷な眼差しをこっちに向けてきた。

「久しいな、リリーファ嬢」

 冷め切った声は本物の威圧を含んでいる。当人であるリリーファは蒼白になりながらも精一杯相手を睨み返す。

「あなたこそ部下の命を何だと思っているの。部下はあなたの玩具じゃないのよ、ドグマ帝」

「裏切ったあんたには言われたかねーよ。ま、おかげでリリーファ嬢の部下も俺の指揮権に入ったわけだしな」

 ここでやっと男が微笑んだ。一瞬だった微笑みは、今度は悪魔のそれだった。

「リリーファ嬢が部下を連れずに裏切ったのは、そっちの方がやつらにとって安全だったからだろ? 上司としてはいい判断だが愚考だぜ」

 男の微笑みは嘲笑となりリリーファをあざ笑う。

「てめぇ、さっきから聞いていれば好き勝手言ってくれるじゃねぇか! お前が誰だか知らんが、そのパイロットはお前の仲間だろ! 何で斬ったんだよ!」

「…お前は軍員じゃねーな。運よくイレギュラーと出会えてよかったな、リリーファ嬢!」

 男は更なる高笑いを響かせる。

「俺の質問に答えろ!」

「落ち着いてテンシン。挑発に乗らないで!」

 リリーファが服の袖を掴んで俺をなだめる。

「おーおー、リリーファ嬢は相も変わらず冷静でいらっしゃる。さすがは月のお――」

 男が最後まで言い切る前にリリーファが銃撃を行った。狙ったのは男ではなく下のスパイダーだ。見事命中した銃弾によりスパイダーは派手に爆ぜた。

「逃げよう!」

 一目散に走りだし、叫んだリリーファの後を追う。

「どこでもいいから逃げよう。あいつから離れなきゃ!」

「お、おう…!」

 顔を真っ赤にして叫ぶリリーファに押されながらも必死に走る。横から見るリリーファの顔はどんどん赤くなる。

(出血がひどいのか? だったらいち早く止血した方が…)

 状況がいまいち分からない俺だが最善の策は考えなければならない。出血したままで走り続けると後で手遅れになってしまう可能性がある。しかしリリーファが「逃げろ」と言う。どうしたものか…。

「リリーファ、あいつって誰なんだ⁉」

 リリーファは俺の問いに振り向く。しかしその問いをしたことは失敗だったのだ。愚かだったのだ。俺はすぐに思い知らされた。

 リリーファが舞い上がる鮮血と共に倒れてやっと――。

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