リリーファ・K・ガウディ
「お前は誰だ」
その言葉を聞いたリリーファのさっきまでの嬉しそうな笑顔は消え失せ、深刻な面持ちに変わっていた。
「それって、シリアスな質問?」
「あぁ。大真面目な質問だ。今までスルーしてたが、誰だってどこから来たかも分からない美少女といたら疑問に思うだろうが」
「…そりゃそうよね」
項垂れたリリーファは苦笑いを浮かべながらも答えようとはしない。
「オーケー、質問を変えよう。『イェス』or『ノー』で答えろ。お前は襲撃者の仲間だったか?」
形を変えた質問にリリーファは再び顔色を変える。
「アハハ…。痛いところを突いてくるわね」
「悪いがこれ以上は譲れないぞ。俺にとっては死活問題だ」
「そのまんま『イェス』よ。『だった』っていう過去形まで正解よ」
バツが悪そうに一言ずつ慎重に答える。
「そうか、次だ。敵の計画を知っているか?」
「…半分『イェス』で半分『ノー』かな」
今度の答えは、先ほどよりスムーズに答えた。リリーファにとっても話したくないことhやはりあるようだ。
「テンシンって意外に勘が鋭いんだね。質問の一つ一つが的確すぎるよ」
リリーファは一旦話の流れを断ち切って苦笑いをする。
「ありがとう。これでも推理ミステリーとか好きなんだ。リリーファも安心しろ。次で最後の質問にしてやる」
「ふふっ。優しいね、どうぞ」
と言ってもリリーファの表情は硬い。かなり緊張しているようだ。
「襲撃者一同、まさかあそこから来たってことはないだろうな?」
語調はできるだけ静かに。それを意識して静かな動作で指さしたのは空。それも煙で霞んだ昼空に浮かぶ月。俺の予想が正しければこれが一番大きな質問だ。
「…………」
リリーファは長く黙る。俺もリリーファが答えるまで待つ。
そしてゆっくりを放たれた言葉は――、
「イェス」
だった。
「そうか、答えてくれてありがとう」
答え終わったリリーファはすっかり俯いてしまっている。
「どうしてそこまで分かっちゃうかな…。しかもこんなに早くに」
負けを認めたような清々しい笑顔のリリーファが質問をしてきた。
「機械のパイロットが同じダイバースーツを着ていたら疑いもするさ。それにリリーファは降ってきた機械に乗ってない、つまりは別の何かに乗ってきたとなると特別待遇を受ける階級、つまりは幹部クラスで計画の内容を知っているだろう。っていう感じの推理だ」
スラスラと並べた俺の自論にリリーファは驚いている。
「驚いたな…。そんなことも考えていたなんて意外だわ」
「馬鹿にしてるだろ」
「まさか。じゃあさ! 何で私が、月から来た、って思ったの?」
重要な部分を言いよどみながらリリーファが尋ねてくる。
「こればっかりは確証はなかったよ”降ってきた敵”っていう根拠からの突飛な憶測だ」
俺の返答を聞くとすぐにリリーファは吹き出した。
「そんな憶測をよくも真面目な表情とトーンで言えたわね! バッカみたい!」
「うっ、うるせえ!」
腹を抱える勢いで大笑いするリリーファにツッコみを入れる。
「他に何か質問はないなら急ぐぞ」
照れ隠しに話題をすり替える。
するとリリーファは笑いを止め、シリアスな面持ちをする。
「じゃあラストクエスチョンね。私の素性を知ったテンシンは私をどうするの?」
不安そうな声でリリーファは俺を見つめる。どこか捨てられた猫のような寂しい顔をしている。
「お前こそ馬鹿か! 『だった』んだろ? 今は違うわけだし信じてみるよ。さすがに裏切られたらヤバいけどな」
暗いリリーファの表情を吹き飛ばそうと豪気に笑ってみせる。
リリーファもそれにつられてかやや笑顔気味だ。
「本当にテンシンは面白いね」
「当たり前だ。そうでもしないと放棄された街でサバイバルなんてできるかよ」
そして俺は自然に心の底から笑みをこぼしていたことに気付いた。リリーファも楽しそうだ。
「行くか」
「うんっ」
停止しきった機械や瓦礫の山を抜けて船着き場を目指す。
「そういえば敵の目的とかって話してくれないのか?」
「二択じゃなかったの?」
「うっ…」
それを言われるとその通りだ。さて、何として言い訳をしようか…。
「まぁ、知っていることは多くないけど話すわ」
あっさり話してくれるらしい。
「マジでか?」
「大マジよ。私も軍団を裏切ったわけだし隠す意味がないでしょ」
それもそうか。じゃあ、あんなに遠回しな質問しなくてよかったじゃないか!
あまり期待しないでね。と前置きを置いたリリーファはゆっくりと話し始める。
「まず軍団は、あ、”軍団”っていうのが襲撃部隊のことね。軍団は”前部隊”と”後部隊”に分けられて私たち昨日の軍団が前部隊。前部隊の任務は目標と定めた街を制圧することなのよ」
「その街っていくのが港川湖市だったのか」
リリーファは確かに頷く。
「でも偶然よ。偶然港川湖市が目標になって、そこの制圧は特に『殺せ』とか『捕えろ』とも言われてなかったわ。当初は考えてなかったけど、一般人が”ジエイタイ”だっけ? それに救助されたっていうのは皮肉にも互いにラッキーだったんじゃないかな?」
「俺にとってはそれ以上の皮肉はないよな」
本当に不運なこと甚だしい。もはや皮肉ではなくあてつけなような気もする。
「ただそれ以上は知らないわ。後部隊は前部隊より大きな機体で来るって聞いたけど、兵の数とかいつ来るとかの詳細は何も…。ごめんなさい」
「いや、十分だ。実質的に制圧した軍団は後部隊が来て”何か”するまでは大きく動かないってことが分かった」
なぜか謝ってきたリリーファにフォローを入れる。そしてまた物陰に隠れながら移動を始める。
やがて日が高くなってきころ、俺たちは昼食をとるために手頃な店を探すが…。
「ねぇテンシン! あそこにしよう!」
元気に俺の腕を引いてリリーファが指した店は、朝食をとったのと同じファーストフード店だった。
「お前も好きだな。何がそんなに気に入ったんだよ」
「いいから行こっ」
グイグイと引っ張られ店の中に入る。
店の中は以外にもきれいで、軍団の襲撃当時の的確な避難の様子が窺えてくる。
そしてリリーファは再びライフルをレジカウンターの脇に立てかけて脚長の椅子を運ぶ。
脚長椅子に腰かけてレジカウンターに肘をつく。
「マスター。ブラックを一つ貰おうかしら」
また何かのスイッチが入ったようだ。
この場合は俺がマスター役にならなければならない。これは今朝学習したことだ。
「お待たせいたしました、お嬢様」
今朝と同じ手順でカップに入れたコーヒーを出す。しかしコーヒーに関しては砂糖・クリームてんこ盛りのだだ甘コーヒーでブラックとは程遠い。これも今朝学習したことだ。
リリーファは俺の出したコーヒーをすすって満足げだ。
その間に店の奥からいくつか食べられそうなものを拝借する。すべての食材が冷蔵庫の中だから食べられるだろう。バーガー類もレンジを使って手を加えれば食べられるだろう。
「ほい、お待ち!」
出来上がったハンバーガーをリリーファに差し出すと「ありがとう!」と言ってすぐにがっついた。小さな一口で懸命に食べるリリーファは子犬のようで微笑ましい。俺も自分の分の料理を手早く食べる。
「このハンバーガーは朝のとは違うね」
「あぁ。朝からバーガーは驚いたが、便利なことに”朝バーガー”ってもんがあるんだよ。それに同じものは飽きるだろ」
「さすがテンシン。気が利く~」
などと呑気に言ってくれるがどれだけ俺が気を使っていると思っているのか、それを自覚しているのかはなはだ疑問だ。それに渋いバーの設定はすでにどこか果てに飛んでフライアウェイしている。そんなガバガバ設定持ち出すなよ。
黙々と食べる俺と小さな口で必死に食べるリリーファとの間に会話はない。
大量を早く食べ終わった俺と同時に小食のリリーファも食べ終わったようだ。
出したゴミを大雑把にまとめてゴミ箱に放り込んだ俺たちは武器を担いで店を出る。
「次はどういうルートで行こうか…」
そんなことを言うつもりで息を吸う。
だが大きな影に覆われ、次の言葉は出なかった。
「おい、なんだよこれ……」
「あー、これはちょっとヤバ…」
俺たちが見上げたのは今までの三m二足機械じゃない。その倍以上ある機体から伸びる四つのロードホイール、上がる煙に起動音、左右二本ずつのアームにはブレードにマシンガン、チェーンソーにガトリングと物騒極まりない。さらに背中には予備の武器等々…。
”火薬庫”目の前のそれにはその言葉以外浮かばなかった。