二人一緒に
月面での戦闘が始まって3分も経過していない。しかしかなりの劣勢だ。
「……」
無言の圧力が俺を襲う。
覚束ない重力にバランス感覚を奪われ、ラルフの槍に対応出来ない。
ここが宇宙であると感じさせない槍捌きに加え伸縮する多角的な攻撃に翻弄され、全く攻撃に転じることが出来ない。
「……!」
空気の補給がないにも関わらず、ラルフは全力だ。スタミナ切れを感じさせない。
(駄目だ。こいつ、宇宙空間での戦いに慣れてる)
攻撃を数発弾くだけで体が浮いてしまう。その隙を確実に刺される。
「はぁはぁはぁ……。一旦コロニーの中に行くか…? 駄目だ。背中を向けると殺される。何とか急所を外しているんだ。タイムリミットを狙うしか……」
ヘルメットの中で荒い呼吸のまま独り言を呟く。補給のあるヘルメットの中と言えど、最早酸欠寸前だ。
「くそっ! 我慢勝負かよ!」
月面に脚を着け、ブートバスターを構える。
言葉のないラルフは顔色一つ変えずに涼しげな顔だ。俺の動きに合わせて長槍“ライナー”を構える。
そして仕掛けたのもラルフだ。地球の6分の1しかない重力の上で、しっかり地面を蹴った。
ライナーとブートバスターがぶつかり、俺が後ろに飛ばされた。
脚が地面から離れる。
それを見逃すラルフではない。伸ばしたライナーが襲い来る。
「くそっ……!」
振るえるだけの力精一杯で振って数発かわすが、弾けきれない槍先に体を打たれた。
丈夫に出来た宇宙服越しに痛みが走る。飛ばされた俺はコロニーの外壁にぶつかって止まった。
──パキッ!!
そしてヘルメットが砕けた。ラルフは攻撃の際にヘルメットを打っていたようだ。パーツが粉々に砕け、自由な動きで散っていく。
「……!!!!」
ヘルメットがなくなったことにより、体内の全てが外に出ようと暴れだす。
とてつもない嘔吐感と激痛に襲われ、俺の体は限界を超えた──。
「──嘘…。そんな……」
父親である月王から“月の真実”を聞かされたリリーファ。両手で口を抑え、瞳には涙が浮かぶ。
「これが…、月の真実だ。嘘偽りなく、この月は生き、そして死のうとしている」
複雑な機器に繋がれ、リリーファより遥か高所に位置する月王は全てを語った。
「古代より存在する月は、確かに呼吸を弱めている。この月の中の血液、つまりは“因子”が摩耗している」
「それってもしかして……」
「前の戦争が原因であろうな」
「そんな…。王族の身勝手で!?」
「お前も王族であろう。他人事ではない」
「……」
言葉をなくしたリリーファに月王はそれ以上言葉をかけようとしない。
「月が駄目だから、地球なの? 私たちのせいなら私たちが諦めたら駄目なんじゃないの!」
語調を強くして吐き捨てる。月王はリリーファの言葉を受け止める。そしてゆっくり口を開いた。
「だからこそ、だ」
「……え?」
リリーファは月王に問い直す。
「この装置は命を供給する、すなわち私の中の因子を月に与えているのだ」
月王の言葉に耳を疑うリリーファ。返答は出来ない。
「月で唯一、外部からエネルギーを吸収するクレーターを発見したのだ。そこに私の因子を流している」
「でも…、因子がなくなると……」
恐る恐る訊ねるリリーファ。月王の表情は変わらずにいた。
「まぁ、そうなるな」
そこでリリーファは脚の力が抜けた。その場にへたりこむ。
「まさか…、コロニーの中に兵士が少なかったのも──」
「あぁ、私の為に贄となった」
「──!」
頭を打たれたような衝撃がリリーファに襲う。人命を尊重していた自慢の父親が兵士を殺したことが彼女にショックを与える。
「もう…、人のいない国は滅びるのだ。もう時を待つしかない」
「そんな……」
例え月の因子が満たされたとしても復興は絶望的だ。今までの努力も何もかも無駄だったのである。
絶望に打ちのめされたリリーファは俯いたまま嗚咽を漏らしている。
そこに外から壁に何がぶつかる音がした。
「何!?」
咄嗟に顔を上げた。そこにはラルフと共に宇宙へ投げ出された坂巻天真がいた。
「テンシン!! 良かった、まだ無──」
聴こえるはずもない向こう側に歓喜の声をかけるリリーファ。今のリリーファにとっては坂巻天真だけが生き甲斐なのである。
しかし返事よりも先に坂巻天真の命の綱であるヘルメットが砕け散った。
「──事……、え……?」
そして口元を手で覆う坂巻天真の体は限界を超えた。
何だろう。懐かしく、頼もしく、それであって苦しい。体が内側から焼かれるような熱に侵されながらも、今は希望として目の前を照らす。
──もうどうにでもなれ。
吹っ切れた限界に死の間際、超えた常識は力の雲を掻き消した。晴れた空には陽光が射し込み、希望を示す。
「起動“光子”──」
音のない宇宙で言葉は無意味。それでも口にするのが引き金だった。
人智を超えた新たな起動は、かつてのシュナウザのように神域へ踏み込んだ証だ。
瞬く光を全身に纏った俺の体に苦痛はない。目の前には驚きを隠せないラルフがいる。
「言葉はいらない。もう終わりだ」
伸びてくるライナーを全て弾き返す。重力さえ気にならないパフォーマンスが出来ていた。
そしてコロニーの壁を静かに蹴る。抵抗なく進む体は不意に光速を越える。
「……!?」
一瞬でラルフの後ろを取ってブートバスターを大振りで構える。
「アウゼル様…!?」
ラルフは振り向き、口を開きパクついた。言葉はなくともそう言ったのは分かった。
ラルフに止めを指す。ラルフは月面に静かに散った。
「……」
地に伏せたラルフを見て思案を巡らせる。
そして手近にあるコロニーの壁が透けているのに気付いた。
寄ってみると複雑な機器と謎の男、リリーファがいた。
「……テンシン、だよね?」
「一応な……」
コロニーの中に入るや否やリリーファが抱き付いてくる。そんなリリーファの頭を撫で、軽く会話を交わした。それだけで十分だった。
「自分の娘泣かせるなよ」
機器の頂上で黙する男に言うが、返答はもちろんない。
「……お父様」
リリーファが涙を流しながら呟いた。大粒の滴がポツリポツリと落ちる。
「どうする? 俺はお前に従う。もう俺にもお前にも、帰られる場所はないだろ?」
腕の中のリリーファに問いかける。
「この時からお前が月王だ」
「…でも」
迷い、苦しむのは誰にでもあることだ。リリーファはそれに苛ませれている。
「今の俺なら月の腹を満たせるはずだ。リリーファの願いなら断れねぇよ」
暗に意味する。「俺に死ねと言ってくれ」と。
「出来ない。テンシンは帰るべきよ。私のワガママであなただけは殺せない」
俺の服を握りしめ、リリーファは訴える。
何が正しいのか。俺は守るために戦った。リリーファは月王の暴挙を止めるべく戦った。その挙げ句は命を賭けた、犠牲の生だ。
──もう迷わない。覚悟は出来ている。
「済まない、俺は行く。この問題は二人だけのもんじゃない」
「テンシン!!」
リリーファを突き放し、機器の山へ歩み寄る。
そして一払い。山がスッパリ斬れ、光を呑み込むクレーターが姿を現した。
その淵に脚をかける。
「テンシン!!」
後ろから俺を止めるリリーファ。巻ついた腕を出来るだけ優しくほどく。リリーファの腕は震えていた。
「私も行く」
「っ!? お前何言って──」
「私が決めたことよ! テンシンの行く道に、私がたまたま偶然、奇跡的にいただけ! ……でしょ?」
紅色の双眸が俺を見つめる。そこに写っていたのは酷い顔をした俺だった。
自分一人命を賭けて正義の犠牲者ごっこ。建前ではあるが満足していた自分に恥じる。
「そうだな。今まで色々とあったが、結局は二人一緒だった。たった一週間の付き合いとは思えない」
「それは同感よ。毎日濃い日々だったしね」
微笑みながら談笑。いつまでも続けという淡い祈り。互いに見つめ合い、言葉がなくなり唇を交わす。
細身ながらも荷物の多いリリーファを、精一杯壊れないように抱き締める。リリーファもそれに答えてくれる。
甘い時間は終わるが、唇に感じた柔らかい感触はまだ温かく残っている。
「行くか」
「うん」
二人手を繋ぎ飛び込む。光を呑み込む大穴は次第に塞がり、鼓動を取り戻す。これからは誰にも荒らされない平和を願う。
──さぁ、これからは二人で他愛ない話を今まで以上にたくさんしよう。今度は時間は腐るほどある。
──そうだね。私、私でよかった。
襲撃者が行動を沈黙化させて二日後、満を持して自衛隊が港川湖市に突入した。
残る生存者は0、遺体と機体の回収が自衛隊の主の仕事となった。
そこで一人の隊員が一つのスマホを拾う。
壁紙には、明るく笑う銀髪の少女と仏頂面で視線を逸らす少年が写っていた。
「何だこれ」
隊員は遺品と捉え懐へ仕舞う。
──見上げた空は快晴。月が見守るように浮いている。




